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アスリートメッセージ スケート・フィギュアスケート 安藤美姫



燃え尽き症候群から長期目標へ

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2007年に世界チャンピオンとなったが、「トリノの悔しさをバンクーバーで果たしたい」と心に強く思った

世界チャンピオンにになった翌年というのは、選手にとって一番難しいシーズンと言われる。いわゆる燃え尽き症候群だ。安藤にも、期せずしてそれはやってきた。しかも大切な存在だった祖母の死も重なり、スケートへの意欲は再び薄れた。

モロゾフコーチは、こいうった選手のモチベーションコントロールが得意だ。ともすると引退しかねない心境の安藤に、モロゾフコーチは言った。「ここで終わるのか?私たちのゴールはオリンピックではないのか」。はっとした。トリノオリンピックが終わったときに誓ったことを思い出した。「あの悔しさをバンクーバーで果たして、応援にこたえなくては」。

ここで安藤は、初めて長期目標という考え方を持つことになる。それまではシーズンごとの目標はあっても、しっかりとした将来図を描く練習の仕方をしていなかったのだ。目標をバンクーバーオリンピックに置き、「22歳という年齢で迎えるオリンピックにふさわしい持ち味を伸ばす」という方向性が決まった。それは具体的には、女性らしい表現力の開拓だった。

そこでモロゾフが与えたプログラムは「カルメン」。子供のままの気持ちでは踊りこなすことが出来ない、妖艶で、強気で、集中力の必要なプログラムだ。これまで数々のトップスケーターが踊り、色が付いているぶん比べられがちだが、名曲ならではの迫力は魅力。「私はカルメンをずっと踊りたかった。だから表現することに挑戦しようと思ったんです」と興味を引き立てられた。

妖艶で色っぽい表現は新境地だった。特に恥ずかしがり屋の日本人はこういった演技は苦手だ。演技の途中で、観客席に流し目をしながら投げキスをするシーンがある。なかなか役に入りきれない安藤を見てモロゾフコーチは言った。「日本の女の子は、感情を表に出すのは悪いことだと教えられているようだ。しかし、感情を表現しなくて、どうやって満場の観客を感動させることができるんだ?」。すると何かが吹っ切れた。「どこまでカルメンになれるか。恥ずかしいとか思わなくなった」。

そして2007年12月の全日本選手権では、見事に役に入りきった演技をする。「初めて、『なりきれた!』と思いました。誰もが、あのカルメンは良かったと言ってくれる。人の心に残る演技を、一度でも出来たことが自信になりました」。日本では数少ない、感情を表現できスケーターへの扉を開いた演技だった。


2007-2008シーズンは、「カルメン」がテーマ。役に入りきり、見事な演技を披露した
写真提供:フォート・キシモト

ところが、シーズン最終戦の世界選手権では、再びアクシデントに襲われた。フリースケーティング当日の朝、足をひねり、力が入らなくなってしまった。足をテーピングし、痛み止めの注射を打って試合に臨んだものの、演技途中で棄権したのだ。「本当は滑りたかったけれど、あの時は無理でした。悔しかったです。自信を持って準備してきたカルメンだったから」。

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2009年世界選手権では銅メダルを獲得。「ジャンプだけがフィギュアスケートじゃない」と気づいた
写真提供:アフロスポーツ

2年前同様、失意のシーズンを終えた安藤だったが、精神面はまったく違っていた。棄権したことを批判されても、周りの意見に左右されることはなかった。「自分の人生の中には、スケートの安藤美姫というものがいるんだと、受け入れることができていたから。だから一時は『こんなに波がある自分が、氷の上に立つ資格はあるのか』と考えましたが、すぐに次のシーズン頑張ろうと思えました」

感情表現から音楽表現へ

08−09シーズンは、さらに表現力について幅を広げるシーズンとなった。ショートプログラムは「SAYURI」、フリースケーティングはサン=サーンスの「交響曲第三番」。SAYURIでは、手の振付を自分で行うことに挑戦。「曲を感じて思ったように動きました」。曲を理解したいという姿勢がより強まっていった。

ところが順調にシーズンが終わらないのが安藤らしさかもしれない。表現力を磨くという方向性を見失ったエピソードがある。2年ぶりのメダルが期待された世界選手権前、日本で1人で練習した。その際に、「もっと技のつなぎの要素を入れることで、プログラムコンポーネンツ(表現面)を伸ばそう」と考え、技の間にステップやターンを盛りだくさんに入れて練習。また3回転+3回転ジャンプも、「3+3でやらないと、周りから批判されるという気持ちがあった」といい、こだわって練習していた。

ところが、いざ試合直前にアメリカに渡りモロゾフコーチの前で演技すると、怒鳴られた。「何をやっているんだ?慌ただしく手足を動かしているだけで、何を表現したいのか分からない」と。ジャンプについても、FS当日朝の練習で調子はいまひとつだったが、「やりたい」と主張し、やはり怒鳴られた。「今の美姫なら、3+3がなくでも十分に魅力的なプログラムを踊れる。今まで一緒に練習してきたコーチのことが信じられないのか?」。

試合直前、ひとりで部屋にこもり考えた。この世界選手権で自分はどんな演技をすればいいのだろうか。「スッと納得がいったんです。曲を理解して、自分が何を表現したいか、自分がどうありたいかを示すのがフィギュアスケート。ジャンプだけがフィギュアスケートじゃないと納得できたんです」。

氷に乗った安藤は、シンプルに考えていた。周りの目を気にしてジャンプの種類を決めていた自分に気付き、「3+3」ジャンプへのこだわりは消えた。無駄なステップも減らし、心の底から音楽を表現する道を選んだ。以前なら勇気のいる選択だったが、迷いはない。するとフリースケーティングはノーミスで、「交響曲第三番」の曲調を身体全体で表現。会心の演技で銅メダルを手にした。「曲を本当に理解して踊ったという気持ちになれたのは初めてでした」。表現することの心地よさに酔いしれた夜だった。

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