コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

アスリートメッセージ

自分にはついていって粘りきるしかない。
誰からも遅れないでついていきたい。

photo
インタビュー中。飄々とした受け答えの中に、強い意志を感じる。

「アテネも、選考レースが3月だったからあっという間に本番になってしまったみたいで実感がないんですよね。いつものレースの時と同じように中国合宿へいったから、普通の海外遠征のような感じで」

とりあえずは力を出し切りたい、アテネはそれだけ考えて走た。結果は日本人2番目の5位入賞。優勝した野口みずきを見て、日本人がトップでゴールしてくれたことは嬉しかったが、完全燃焼しないものも感じた。自分では30?以降に勝負するつもりだったが、序盤に集団の中で動いてしまって脚を使い、野口が25?でスパートしてレースが動いた時に付いていけなかったからだ。

「5位って微妙な順位ですからね。それに後半も全然勝負できなかったし。トップから離された時は『やっぱり世界は厳しいな、自分じゃまだ無理なんだな』と思って走っていました」

アテネが終わった後もマラソンを続けた理由を聞くと、土佐はしばらく考え込んでからこう答えた。

「もうちょっと自分の中で戦いたいっていうか、最後までちゃんとメダル争いに加わりたいっていう感じですかね」と。

そして、「あそこでメダル争いをしていての5位なら満足してたかもしれないけど、マラソンは止めてないでしょうね。結婚はしてたでしょうけど」と付け加えて笑った。

2004年12月に結婚した土佐は、北京へ向けてマイペースで走り出した。出られる大会には出て、それがオリンピックへつながればという以前からのスタンスを崩さなかった。だからこそ、猛暑の中のレースでのダメージを考えれば回避する道もあった世界選手権も、当然の道のりとして出場することを選んだのだろう。

photo
2007年9月、第11回IAAF世界陸上競技選手権大阪大会
(写真提供:アフロスポーツ)

「2回目のオリンピックといっても、あまり変わったことをすると故障したりするから、今までとあまりスタイルは変えないでいきたいですね。目標とすれば前回の順位以上だけど、4番となってもそれは微妙な順位だし(笑)。やっぱりメダルってことになるんですかね」

と、人ごとのように笑う。
まさに自然体。

それは積極的に集団を引っ張るレーススタイルも同じだ。
「別に作戦じゃないんです。他の人の後ろにいるのが不安なだけなんです(笑)。前にいた方が自分の気持も乗ってくるというか、遅れるのが怖いんです」

遅れることを怖がる。それこそが土佐のマラソンの本質だろう。自分にはスピードがなく、遅い選手だと思うからこそ「自分にはついていって粘りきるしかない」という思いが強くある。誰からも遅れないでついていきたい、その思いで練習も試合も走り続けてきたからこそ、マラソンランナー・土佐の今があるのだろう。

「北京でこれが本当のゴールだなって思えるような走りができたらいいなと思ってるけど、そこで満足しても、まだ走りたかったら走ると思いますね」

それこそが土佐礼子だ。

(2007.11.1)

インタビュー風景
土佐選手からのビデオメッセージ「マラソンの面白さは・・・」を見る

 

土佐礼子(とさ れいこ)
1976年6月11日愛媛県生まれ。松山大学卒業。三井住友海上火災保険(株)所属。
2004年、名古屋国際女子マラソン1位。2時間23分57秒。アテネオリンピック女子マラソン5位入賞。2時間28分44秒。
2006年、東京国際女子マラソン大会1位。2時間26分15秒。
2007年、世界陸上競技選手権大阪大会銅メダル。2時間30分55秒。これにより、北京オリンピックマラソン代表に内定。
趣味・特技は「まったりすること」(アテネオリンピックプロフィールより)。


アスリートメッセージ一覧へ


ページトップへ