コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

村田由香里新体操は1984年のロサンゼルス大会よりオリンピック競技となった。
5人で演技する団体競技は1996年のアトランタ大会から加わった。音楽に合わせてロープ、フープ、リボン、クラブ、ボールの器具を使って演技する。

村田選手が最初に新体操と出会ったのは小学校1年生のとき。母親が通っていたバドミントンスクールの隣で新体操のクラブが練習していたのに魅せられ、いつしか見様見真似で新体操に近づいていった。
「4歳からバレエを習っていたので、柔軟はある程度できていました。新体操を真似しているうちに、宝塚サニー新体操クラブの田名網陽子コーチから“やってみない”と誘われ、本格的に新体操の練習をするようになりました」

村田選手はその後メキメキと才能を発揮し、1997年16歳の時、並みいる大学生選手を抑えて全日本選手権2位に入賞、高校生で日本のトップレベル選手の仲間入りを果たした。そして1997年、1999年の四大陸選手権優勝、2001年から2004年の全日本選手権4連覇と、確実に日本のトップとしての実績を固めていった。

村田由香里17年間新体操を続け、さらに現役を続ける決心をした村田選手。彼女にとって新体操はどんな魅力があるのだろうか。
「練習は辛いし、しんどいですから、ここでやめられたらどんなに楽だろうと思います。でもそんな時、試合で成功したときの達成感、仲間に応援してもらって演技ができたときの幸福感を求めているのだと思います。アテネ大会の時のように、他の競技の日本人選手が世界で活躍しているのを見ると、私も少しでも長く世界の舞台でトップを目指したいと強く思います」

新体操はオリンピック終了後にルール改正が繰り返し行なわれてきた。最近では高得点を得るために、柔軟性や難易度の高い技が要求される傾向がある。そんな今の新体操について村田選手は次のように語った。
「今回改正されたルールでは、難度や技が重視されすぎて、昔みたいに曲にあわせて演技をすることが難しくなってきています。私自身、難度の高い技も取り入れますが、そればかりが目につかないように、ダイナミックさなど自分にしか出せない演技をしたいと常に思っています。
私がもう一度見たいと思うのは、1985年前後に活躍したブルガリアのビアンカ・パノバ選手や世界選手権3連覇したブルガリアのマリア・ペトロバ選手、アトランタ大会銅メダリスト、ウクライナのエレーナ・ビトリチェンコ選手のように難度の高さだけではなく、曲に合わせた優雅で優れた表現力のある演技を見たいと思います。彼女たちの演技は何度見てもワクワクしましたから」

村田由香里もはや村田選手は自分のためだけに演技をしているわけではない。
「特に今の新体操は柔軟性の高い選手が世界的に活躍していることで、新体操を始めたいと思う気持ちがあったとしても、体が硬いからダメだと諦めてしまう人もいるのではないかという気がします。でも私のように体が柔らかくなくても、新体操はできるということをアピールし、自分の可能性を求め、新体操を楽しめるように後輩を育てていきたいと思っています」
と語った村田選手の目は大きく輝いていた。

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村田由香里(むらたゆかり)

1981年10月9日兵庫県宝塚市生まれ、23歳。身長165cm、体重46kg。
宝塚サニー新体操クラブで新体操を始め、1998年全国高校総体優勝。1997年、1999年四大陸選手権優勝。1998年アジア大会個人総合4位。2001年シドニーオリンピック団体5位、2004年アテネオリンピック個人総合18位。2001年〜2004年全日本新体操選手権優勝。東京女子体育大学研究生。


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