コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

バスケットボール 田臥勇太



“NBA再挑戦”と“日本を背負う誇り”の両立

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2009年4月 日本代表入りを果たし公開練習に姿を見せる
写真提供:アフロスポーツ


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2010年7月、トーマスウィスマン男子日本代表ヘッドコーチ就任試合に参加
写真提供:アフロスポーツ


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「オリンピックに出てみたい」。日本代表として


昨年、辞退した経緯からも分かるように、田臥はNBAでプレーするという自分の夢を大切にしてきた。そのために、これまでは日本代表としての活動はなかった。今回、加わることにした理由を、このように説明する。

「正直、今までは自分のNBAへの挑戦を優先してしまっていました。日本代表の活動と両方できるとは思えなかったからです。余裕がなかったんでしょうね。NBAの方でいっぱいいっぱいでしたし。でも今になって両立できるやり方が分かるようになってきた。NBAでプレーするためには、ただアメリカに行けばいいというものじゃないことが分かったし、ナショナルチームに入って世界選手権などで活躍できれば、サッカーのワールドカップじゃないけれど、目をつけてもらえるかもしれない。自分のアピールの仕方にも色々あることが分かったんです。そして日本のバスケットボールのために誇りを持ってやらなきゃいけない。自分はやれる立場にいるし、そういう選手は限られていると思いますから、チャンスがあるうちはやっていきたいと今は思っていますね」

自身の夢のためでもあるのだ。だから、NBA挑戦も、「機会が訪れれば再び臨む」という。「次は、今までより自信をもって戦いたい。あとはより楽しみたい。今まではすごく余裕がなかったりして、張り詰めている時が多かったので、次に行くときはリラックスしてやりたい」

日本代表、オリンピック出場への課題

むろん日本代表で活動する以上、オリンピックも意識している。「オリンピック、出てみたいですね。国と国との戦いになってくると違ったものになると思いますから。国のために戦うというのはやっぱり嬉しいことですから、ぜひ経験してみたいと思います」。オリンピックに出たい気持ちも強くなっているのか尋ねると、「はい」と即答した。

しかし、日本代表は長年、世界の壁に阻まれ近年はオリンピック出場を果たせずにいる。最後に出場枠を獲得したのは今から24年前のモントリオールオリンピック。世界選手権は、日本開催だった2006年に開催国として出場したが、グループリーグラウンドでわずか1勝にとどまり、敗退。アジア競技大会でも、90年代前半までは表彰台を争える位置にいたが、2002年、2006年ともに6位にとどまっている。日本代表が強くなるためには何が必要なのか。

「正直、僕もあまり日本代表で出場したことがないので、今のところは分からない。やってみてそれを発見してみたいと思いますね。どう考えても今は順位が低いですから、何が良くないのかというのを、自分なりに課題を見つけたいなと思っています」

日本代表としての経歴は浅くても、NBAに挑む中で、海外の選手と戦うための課題は身に沁みている。もっとも大きいのは、体格の差だった。「大きい選手と同じことをやってもかなう訳がない。自分で生きる道、得意なものを見つけることでした。基本的にスピードをいかすプレーは得意なので、そこを見せつけようと思っていました。それに、日本人というか自分にしか出来ないという気持を持って、小さくてもやれるという処を意識していましたね」

日本代表が直面するのも、海外との体格差だ。それは共通する。である以上、田臥が得てきた経験は、日本代表にも生かされるはずだ。ましてや、「リンク栃木で一緒にやっていたから何を考えているのか分かるのでやりやすい」という日本代表ヘッドコーチ、ウィスマンの目指す方向は、日本選手のスピードとクイックネスをいかしたバスケットボールだ。田臥にとっても打ってつけだろう。

そして自身、チームを引っ張ろうという意識を抱いている。「率先して声を出したりとかは意識しています。ただ、みんな選ばれた選手達ですから、その辺はプライドと自覚を持ってやっている。逆にみんなが言い合ったり声を出していけるチームにしていかないといけないとは思っています。目標はオリンピックと世界選手権に出ることなので、そこに向かって結果を出せるように、自分のスキルをあげて、チームのレベルアップをしていかないといけないと思います」

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