コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

アスリートメッセージ スキー・アルペン 皆川賢太郎



皆川には以前から、『考える人』という印象がある。自身で戦略を立て、何が必要なのかトレーニングを考え抜くことのできる選手というイメージだ。オリンピックの経験を重ね、そして怪我を経て感覚を研ぎ澄ますことで、おそらく、いっそう意識は深まっていった。

皆川は、こんなことを語る。 「人が感じる1秒を、アバウトであれば50分割、さらに100分割できれば、意図的にラインが通っているコースもみえるようになる。それをつかみたいですね」
「嘘みたいな話ですけど、ブーツは全部プラスチックで神経通ってないじゃないですか。でも通っているように感じることがあるんです」
そこまで突き詰めているからこそ、滑りに対し「表現」という言葉も出てくる。


2010年のバンクーバー冬季大会に向けて、 順調な手応えを感じた2008-2009シーズン
(写真提供:アフロスポーツ)

アルペン競技は、スタートしてポールをまわりゴールを目指し、その間のタイムで競う。
言ってしまえばシンプルな競技だ。だがシンプルな中に、0.01秒でも縮めようとする選手たちの試行錯誤がある。奥深い世界が広がる。だから日々の積み重ねがものを言う。積み重ねても、一瞬ですべてが終わる競技でもある。

その世界に、皆川賢太郎は生きてきた。
「スタートしていきなりポールをまたいだら4年間がパーになる。途中まで速くても、いいタイムで来ていても関係ないですよね。アルペンはリスクが圧倒的に高い競技だし、酷なところはあると思いますね」
スキーを考えない日はあるのだろうか。ふとそう聞いてみたくなった。
「考えない日? ないかもしれないですね。そうですね。ふだん旅行に行っていてもやっぱり考えますよね。考えることがもともと好きなので。まあいいかですまさないというか。考えちゃいます」

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バンクーバー冬季大会では
「自分の力を出し切る」ことを目指す

2006年12月には、右膝前十字じん帯断裂の怪我を負っているが、左膝のような絶望感はないと言う。
「2回目というのは経験もあるので、こういうふうに時間を使っていくと、少しずつ自分がよくなって、ほしい能力が手に入るという感覚がある。あきらめるという点が自分でもまだまだみえないですね。
 昨シーズンは、トップ30に入ることを目標にやっていたのですが、ぎりぎりクリアしたかなという手ごたえはあります。滑りに関しては毎年進化していて能力があがっていることを感じている。あと1年あれば間に合うんじゃないかと思っています」

そして4度目のオリンピックとなるバンクーバー冬季オリンピックまで、あと9カ月となった。
バンクーバー、そしてアルペンの会場となるバンクーバー郊外のウィスラーは、皆川にとってなじみのある街だ。
「ナショナルチームに残るか残らないかといった頃、ポイントを狙いに個人的にバンクーバーのレースに出かけていて、毎年カナダに行っていました。好きな町ですね。ウィスラー自体、世界で一番いいリゾートだと思っているので、すごく好きな町です。結果が出ればどの町も好きだと思いますが(笑)」

バンクーバーまでの道のりも、むろん描かれている。
「プランは当然たてていて、もう始まっているところです。11月までに自分がイメージしている滑りができるような体を用意しておかなければならない。体がまだ重いのと硬いのとがあるので、その部分のバランスもだし、体幹もだし、地上でやる練習もすごい多い。いろいろなことに複合的に取り組んでまず体を作りたいと思っています。
次のポイント改正でランキングが30番台になると思いますが、オリンピックまでにワールドカップやヨーロッパカップをあわせて15戦以上ある。オリンピックまでに第1シードに戻せれば。今はその確率は50%50%かな」

では、バンクーバーで皆川が目指す結果とは。
「数字とかメダルを目指します、獲りますというのは簡単な言葉であって、彩ってみえるけれど、いちばん重要なのは、これ以上やることないなというところまで準備できて、あとは精神論だなっていうところまであげられれば、黙っていても自分の記録は出るだろうなと思います。スタートからゴールまで自分の力を出し切れば、あとはもう天気みたいなもんなので」

そしてこうも語った。
「僕は世に言うスターの道筋ではないと思う。でも、どんなストーリーであるにせよ、山の登り方と一緒で、ぐるぐるまわる人もいれば、直線で頂上まで行ける人もいる。その人に必要なストーリーと必要な時間があると感じられるようになりましたね」

子どもの頃からオリンピックでのメダルを夢見た。結果を追い求めすぎて、呑み込まれた長野とソルトレークシティー。さまざまな経験からつかみとったものが発揮されたトリノ。
バンクーバーで、皆川賢太郎はどのようなストーリーの続きを描くのだろうか。
登りつめるべき山は、あと少し先にある。

(2009.6.5掲載)

インタビュー風景
皆川選手からのビデオメッセージ!!
「バンクーバーでは・・・」

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皆川賢太郎(みながわ けんたろう)/スキー・アルペン

1977年5月17日生まれ。新潟県出身。チームアルビレックス新潟所属。
幼少期からスキーを始め、常に日本スキー・アルペン界の第一線で活躍。1998年長野冬季大会、2002年ソルトレークシティー冬季大会は予選敗退に終わるが、2006年トリノ冬季大会では4位に入賞。50年ぶりの日本人選手の入賞を果たした。現在は2010年バンクーバー冬季大会に向け、トレーニングの日々を送っている。
トリノ冬季オリンピックのプロフィールページ



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