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アスリートメッセージ

アスリートメッセージ 水泳・競泳 中西悠子

新しい泳ぎ方を追求。
苦しみながらも努力の末、進化を遂げる。

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2005年モントリオール世界選手権(写真中央)
写真提供:フォート・キシモト

競技続行を決めた2005年、日本選手権200mで5連覇を果たした中西は、世界選手権でも再度銅メダルを獲得した。だが感じたのは、満足感ではなく危機感だった。彼女の記録は2分09秒40と自己記録にはほど遠いもの。逆にアテネ優勝のイエドルジュイチャクは、自身が持つ世界新記録を2分05秒61まで伸ばし、前年までのベストが2分09秒台だったシッパー(オーストラリア)も2分05秒65で2位に入った。3位といえど、ふたりとの差は4秒近い。「何とかしなければいけない!」と思った中西は、新しい泳ぎ方の追求を考え始めた。

「シッパーを最初に見た時、汚い泳ぎだなと思ったんです。でもよく見ると、上下動が小さくて抵抗が少ないというか。ああいう泳ぎがいいのかな、と思ったんです」

オリンピック、世界選手権のメダリストである上に、24歳という年齢。新しい泳ぎに挑戦するというのは勇気が必要なことだった。だがあえてそれに踏み切れたのも、29歳でアテネオリンピックへ出場した大西順子という存在がいたからだ。彼女は2004年に100mバタフライの日本新記録を樹立。年齢に関係なく進化できることを証明していた。

最初は個人メドレーをやっていた中西は、平泳ぎが苦手だったこともあり、速く泳げるバタフライを専門にするようになった。だがバタフライの練習は他の種目に比べてもきつい。コーチから与えられたメニューをこなすのでヒーヒー言う状態だったが、その中でも「最初のキャッチの部分を長めにとったらどうかな?」とか「フィニッシュで強く押してみたら?」など、力を使わないで楽に速く泳ぐ方法をいつも考えていたという。

「国際大会へ行けるようになってからは、165cmの自分がどうやれば大きい選手に勝てるかと考えていましたね。そうじゃなければ、190cm近い女の人と泳ぐことを考えただけで嫌になるから(笑)。そのためには練習量でカバーするしかないんですね。向こうがひと掻きで進むところをふた掻き必要なら、それをやるしかないですから」

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新しい泳ぎ方について説明する中西選手。

そんな彼女の努力を後押ししたのが、天性の体の柔らかさだった。特に肩甲骨周りの柔軟さは、より遠くの水をキャッチできる原動力だ。柔軟な体をグライドさせて水の中を滑るように進み、柔らかく回転させた腕で水を掻く。それに加え、豊富な練習量で磨き上げられた持久力を武器に記録を伸ばした。

だが、上下動が少ない新しい泳ぎを目指すとなると、柔軟性だけを武器にはできない。「体が柔らかいと、どうしても力が逃げてしまう所があると思うんです。ウエイトトレーニングでもそうだし、100mが遅いのも柔らかいから力が逃げるのかなと。例えばスタートの飛び込みでも普通はシュッと入るのに、私の場合は背中がグニャッと曲がってしまったりするくらいなんです」

上下動を小さくするためには、水の中で上体をなるべくフラットに保たなくてはいけない。体が柔軟で背中が反ってしまう中西は、それを抑えるために体幹部の筋力アップも必要だ。新しい泳ぎにしてから彼女は体幹部の疲労が激しく、疲れも抜けにくくなったと苦笑する。

そんな新たな取り組みの結果が早い時期にでた。2006年7月のパンパシフィック選手権で、それまでの日本記録を1秒47更新する2分06秒52という世界レベルのタイムを出せたのだ。


2008年4月、日本選手権バタフライ100m決勝 写真提供:フォート・キシモト

「でもあそこで油断してしまったというか。追求している泳ぎは間違いじゃなかったとわかり、『良かった』と思ってホッとしちゃったんです」

まだ体に新しい泳ぎが染み込んでいないうちに出てしまった記録が、不振を呼び込んでしまった。2007年3月の世界選手権200mは2分09秒台を出すのが精一杯で6位に。どうして速く泳げないかもわからなくなってしまった。

苦しみながらも「方向性は間違っていない」と続けた努力。それがいい方向に動き出したのはオリンピックイヤーに入ってからだ。体幹部を意識した練習をしてきたお陰で力の入れ方もわかり、ウエイトトレーニングでも挙げた重量をしっかりと体で支えることができるようになり効果も出てきた。泳ぎもやっと体に染み込み、2月の日本短水路選手権では短水路世界記録(2分03秒12)も樹立。

 

さらに4月15日からの日本選手権でも、苦手と意識していた100mで58秒52の日本新記録を出して優勝。200mでもその時点の世界ランキング1位となる、2分06秒38の日本新記録を樹立して優勝と、北京へ向けての準備も整ったのだ。

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