コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

アスリートメッセージ

人生を振り返ったときに有意義だったと思えるものにしたい。
そう思ったとき、まず浮かんだのが射撃だった。

静止した標的を5分間以内に5発撃つ精密射撃と、指定された3秒間ごとに下方から銃を上げて一発ずつ、連続で5つの標的を撃つ速射。このふたつの合計点(600点満点)を争うスポーツピストルで、福島はソウルオリンピックの銀メダルを獲得した。(ファイナル99点 合計686点)

しかし彼女は、どんな結果になろうとこのオリンピックで競技をやめる、と決めていた。大会後には結婚する予定だったからだ。相手は同じ射撃選手。当時の風潮は、女性が引退して男性の競技生活を陰で支えるというものだったこともあり、彼女自身も「やめるのが当然」と思っていたのだ。それを機に大阪府警も退職した。

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競技用ピストルのグリップ。自分の手になじむまで、
専門の職人と共に調整をくり返す。手前は弾薬とカートリッジ。


だが、離婚したことをきっかけに、再び競技に対する意識が頭をもたげてきた。
「どうせ1回きりの人生だから、振り返った時に有意義だったと思えるものにしたい」

そう考えた時、まず浮かんだのは唯一大好きなものといえる射撃競技のことだった。

「やはりどこかに『やり残したことがある』という気持ちは残っていましたね。ソウルオリンピックでも2位で上がいたわけだし、自己記録も更新したかったし…。それに、それまでは得意だと思っていたエアピストルは予選落ちだったから。『銀メダルは獲ったけど、ぜんぜん良くなかったな』という思いはありましたね」

警察官ではなく一般人となれば、銃を取り扱う面でも制約が多い。競技にかかる費用だけでなく、生活を維持する手段を見つけなくてはいけない。そのため、関係者に相談しての復帰は、1997年になってからだった。

目標は当然、シドニーオリンピックだった。出場権獲得の必要もあって時間がないため、射撃フォームはかつての我流のものではなくオーソドックスなスタイルにした。競技を休んでいる間に体が忘れてしまったタイミングとリズムを取り戻すには、時間がかかると考えたのだ。それでもシドニーは2種目とも5位入賞を果たした。

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2006年12月、アジア競技大会(2006/ドーハ) 競技中
(写真提供:アフロスポーツ)


「メダルを期待されるプレッシャーはありましたけど、それは覚悟の上で復帰したので。メダルを意識しすぎてしまったというのはあるんですが、入賞ということで…。満足はしなかったけれど、まぁいいかなと思ったんです」

福島は再び引退を決意した。だが今度は国際舞台からは退くだけで、競技は趣味で続けて国体出場を目指して楽しもうかと思った。かつてのようには練習をできない現実を考えたことと、射撃以外のこともやってみたいという気持ちがあったからだ。再婚したこともあって所属していたミズノを辞職。2001年には訪問介護士の資格を取り、実際に訪問介護の職にもついた。

だがそのうちに、日本ライフル射撃協会から復帰を求める話がきたので、もう一度オリンピックを目指そうとした。


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