コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

落ち込む坂本選手を両親は励まし続けた。
「なんとかして元気にさせようと、父は休みの日には積極的に外に連れ出してくれました。両親は本当に大変だったと思います。昨年の世界選手権は初めて現地まで見に来てくれたのですが、嬉しかっただろうなと思いました。自分がレスリングをやっていることが励みになると両親も言っていましたので、優勝した姿を見せることができてよかったです」

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2005年世界選手権大会での坂本日登美選手(左)と妹の真喜子選手(写真提供:アフロスポーツ)

そして妹、真喜子選手もまた坂本選手を再びマットに上がる気持ちしてくれた。
「妹から、もう一度レスリングをやってくれないかと誘われ、今度はサポートする側でオリンピックを目指そうと思ったのです。アテネオリンピックの最終選考では妹のセコンドにつきました。でも目の前で妹が千春選手に負けたのを見て、再び妹と一緒に、選手としてオリンピックを目指そうという気持ちになりました」

復活を誓い、自衛隊に入隊。
「実は中京女子大学を卒業する時に自衛隊に入らないかと誘われていたのですが、ずっと女子だけで練習してきましたから、男子がいる環境に行くことが怖くて、一度は断りました。しかしレスリングを離れていた時期に自衛隊で練習する機会があり、自衛隊体育学校という整った環境があることを知り、ここでならもう一度世界を目指してやれると思いました。
男子と練習することは刺激になります。高い技術も学べますし、男子のレベルに追いつこうという気持ちになるのもいいと思います。自衛隊という新しい環境で練習し、世界選手権で勝てたので、自分の選んだ道は間違っていなかったと思うと嬉しいです」

現在自衛隊には妹の真喜子選手と弟の将典選手も所属している。
とりわけ真喜子選手は坂本選手にとって大きな存在だそうだ。
「妹とは仲良しですが、練習ではケンカになるぐらいです。普段の練習も妹に負けたくない気持ちでやっていますし、おそらく妹も同じ気持ちだと思います。でも姉妹対決だけはしたくない。仮に妹と同じ階級でしか出場できないとしたら、自分は棄権するでしょう」
真喜子選手とは『二人で一人』という坂本選手。彼女の言葉一つひとつに家族や兄弟、他人を思いやる優しさがにじみ出ている。

『天才』と呼ばれ、どん底から這い上がる強靭な精神力を持つ坂本選手だが、
「小さい頃はセンスのない選手でした。今でも自分のことをすごいとは思わない」
と謙遜する。
「自分が強くなれたのは目標を持ち続けていられたからです。
目標を持ち、前向きに頑張っていると自分を変えてくれる出会いがあるのだと思います。例えば中京女子大学への入学、自衛隊への入隊も自分を変えてくれた出会いですし、そこでいろんな人に支えてもらっています。自分の力でできないことも、まわりの支えや協力があってできるのだと感じています」

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ジャパンビバレッジクイーンズカップ2006より
(写真提供:フォート・キシモト)

坂本選手の次なる目標は北京オリンピック。55kg級で出場するために現在調整中だ。
「今も吉田選手を想定して練習していますが、次の世界選手権が終わったら少しずつ体を大きくしていこうと思っています。吉田選手はスピードもありますし、攻めも強い選手なので、ポイントを取られないようにしたいです。海外よりも国内の試合で勝つことの方が難しいと思いますが、最初から諦めてしまうと何もできなくなってしまうので、自分はできると信じて頑張りたいです。北京オリンピックを最後に引退しようと思っているので、結果はどうであれ、満足できる終わり方にしたいと思っています。そして北京オリンピックには妹と一緒に出場するという夢も叶えたいです」

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坂本日登美(さかもとひとみ)

1981年1月4日生まれ、青森県出身。155cm、51kg。
八戸工大一高等学校から中京女子大学に進学。現在、自衛隊所属。
2000年レスリング世界選手権51kg級優勝。2001年レスリング世界選手権51kg級優勝。2004年女子ワールドカップ51kg級優勝。2005年アジア選手権51kg級優勝、レスリング世界選手権51kg級優勝。


< アスリートに質問! 坂本日登美選手からの回答 >

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