コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

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第38回世界体操競技選手権大会より
(写真提供:アフロスポーツ)

常に美しい体操を心がけているという冨田選手は"世界トップクラスのオールラウンダー"と評されることも多く、高校時代は全国高等学校総合体育大会で1997年、1998年と個人総合において2連覇し、1998年は高校総体、全国高校選抜、全日本ジュニア体操競技選手権の三冠を達成。ジュニア時代にもトップ選手として注目を浴びた。

体操を始めたのは8歳の時。母親に勧められ、1988年ソウルオリンピック、1992年バルセロナオリンピックに出場した池谷幸雄選手や西川大輔選手など数々のオリンピック選手を輩出したマック体操クラブに入る。体操を始めたいきさつについて、冨田選手は次のように話す。
「クラブに入ったきっかけは、近所の友達が体操をやってみたいと体操クラブに行き、自分もその友達について行ったことがきっかけです。もともと鉄棒も跳び箱も得意でしたし、"せっかくだから"と、親に勧められてやってみることにしました」

最初にオリンピックを意識したのは小学校卒業の頃のこと。
「実は小学校の担任の先生が西川大輔選手の担任だったそうです。西川選手はクラブの先輩でもあり、クラブも担任の先生も一緒ということで、体操を身近に感じることができました。卒業アルバムの文集に初めて"オリンピックに出たい"と書いたことを覚えています」

ジュニア時代から好成績を収め、数々の国際大会にも出場。常に世界を見てきた冨田選手だが、オリンピック出場が夢ではないと感じたのは意外にもアテネオリンピックの直前だったという。
「日々の練習から何が起こるかわからないので、あまり先の目標を考えないです。"オリンピックに出るために"とは考えずに、その年にある試合を一つずつ目標にし、その大会でどのような演技ができるかをきちんと考えていく。そうすれば、その先にオリンピックがあると思っています。」

体操競技に限らないが、トップアスリートの目指すところには常に怪我が隣り合わせにある。特に体操は落下や転倒が大きな怪我につながることもある。長年体操をやっていれば、怖い気持ちも薄れるのではないかと思うのは素人考え。冨田選手は恐怖心を持つことは必要と話す。
「恐怖心はあります。恐怖心がないと本当に怪我につながってしまうと思います。ですから常に恐怖心を持っています」

冨田選手は静かだけれども、強い。それはこれまで積み重ねてきた実績と努力によるものだろう。
そんな冨田選手も練習が休みの時にはテレビでスポーツ中継をよく観るという。そして出ている選手たちの動きを観るのが好きだそうだ。
「スポーツ中継はテレビで放送していたら観ます。一流の選手の技や動きは無駄がなく、すごいと思います。結果だけではなく、一流選手の動きや試合の流れを観るのが好きです。直接、それが体操に結びつくことはないけれど。それから、やはり日本選手の活躍は刺激になります」

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第38回世界体操競技選手権大会より
(写真提供:フォート・キシモト)

今後の目標については、
「今まで積み重ねてきたものを実行し、一歩一歩確実に進めて2008年の北京オリンピックを目指したいです。それから自分がメダルを取ったことで、体操をやりたいと思う子供たちが増えてくれればいいなと思います。また、体操を楽しむという気持ちも忘れずにいこうと思っています」
という冨田選手。
さらなる活躍を期待したい。

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冨田洋之(とみたひろゆき)

1980年11月21日生まれ 大阪府生まれ。166cm、62kg。
8歳より体操を始める。洛南高校から順天堂大学、同大学院に進学。現在、セントラルスポーツ所属。
第37回世界体操競技選手権大会(2003/アナハイム)個人総合3位、2004年アテネオリンピック男子体操団体総合優勝・種目別平行棒2位。第38回世界体操競技選手権大会(2005/メルボルン)個人総合優勝。


< アスリートに質問! 冨田洋之選手からの回答 >

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