コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

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願いは常に自己新記録

2005年1月30日に行われた大阪国際女子マラソンで、小まり選手(ノーリツ)が2時間23分59秒で日本人最高の2位でゴール。8月にフィンランドのヘルシンキで開催される世界陸上競技選手権大会の女子マラソン代表に一番乗りで内定した。

笑顔でゴールした小選手のアームウォーマーにはたくさんの寄せ書きが書かれていた。
「主力選手がアメリカに遠征していた時に出場した一昨年の初マラソンで、後輩が私のことを心配して書いてくれたのが最初でした。その時とても心強かったので、今回もみんなに書いてもらいました。私のアームウォーマーは違うのよ、と他の選手に自慢していました!」

明るく話す小選手は小学生の時から走ることが大好きだった。
「小学校ではソフトボールをしていました。ソフトボールはあまり続けたい気持ちになれませんでしたが、走ることは大好きでした」

「中学校で陸上部に入部しましたが、顧問の先生が陸上競技を生涯スポーツにしたいという考えをお持ちの方だったので、部活動が楽しくて・・・・・・。陸上部の友だちとおしゃべりをするのも目的の1つでした。中学1年生の時の記録会で、負けたことがその場ではっきり分からない100m走か幅跳びに出たかったのですが、ジャンケンで負けて800mに出て2着か3着、ビリじゃなくてよかったな、と思ったことを覚えています。それくらい勝つことにこだわりがありませんでした。今でもその気持ちはあまり変わりません」

「高校は陸上競技の名門校、京都の宇治高校(現・立命館宇治高校)に入学し、陸上部に入部しました。さすがに陸上の名門校だけあって、中学で私が経験してきた陸上競技とはまったく別のものという印象でした。私で通用するのかどうかわからないまま入部したところ、部活動は厳しく、陸上競技の常識もわかっていなかった私はついて行くだけで精一杯でした。なんとか続けることができたのは、優しい先輩がたくさんいて私を支えてくれたことと、先輩達が築いてきた輝かしい歴史に傷をつけてはいけないという思いがあったからでした」

「高校卒業後は大阪短大(現・大成学園大学)に入学しました。陸上部に籍はありましたが、世の中一般の同じ年代の人たちがしていることを私も経験してみたくて、クラブ活動よりもアルバイトに熱心でした。短大の陸上部は自主性が尊重されていて、友人にも恵まれました。就職先のノーリツは、監督が何度も学校まで勧誘に来られ、その熱意に打たれて決めました」

ノーリツは兵庫県で唯一実業団の陸上部を持つ会社で、上岡監督のもと、小﨑選手をはじめ10名の選手が所属している。
「走ること以外では後輩がよく私の面倒をみてくれます(笑)。本当にお世話になっています!」

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