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HOMEコラム/インタビューアスリートインタビューCLOSE UP!第9回 栃本翔平選手

CLOSE UP!

栃本翔平選手(スキー・ジャンプ)

写真提供:フォート・キシモト

写真提供:アフロスポーツ

冬季オリンピックの歴史において日本ジャンプ陣は、札幌大会(1972年)における金銀銅独占、長野大会(1998年)でのラージヒル団体の金メダル獲得等、ウインタースポーツが盛んな欧州勢の中にありながら、メダルに絡む活躍を見せてくれました。

長い間ベテラン選手が中心となり牽引してきたジャンプ界ですが、近年は、トリノオリンピックに出場した伊藤謙司郎選手や、原田侑武選手といった若手選手の活躍が光っています。 今回は、次代の日本ジャンプ界を担う選手として要注目の、栃本翔平選手を紹介します。

「8歳の時、父親に無理矢理やらされて」と、ジャンプを始めたキッカケを話す栃本選手。「高くて怖かったから、ジャンプは好きではなかったんです。でも12歳の時にTVh杯で3位に入賞して、初めてトロフィーをもらいました。それがすごく嬉しかった。それからは急にジャンプが楽しくなりました(笑)」

その後栃本選手は着実に実力をつけ、全国中学校スキー選手権ノルディック・スペシャルジャンプの部(2005年2月開催)で優勝を果たします。北海道尚志学園高校2年次には、弱冠17歳で2007年FISノルディックスキー世界選手権札幌大会の代表に選出され、個人では日本チーム最高位の16位に、岡部孝信選手・伊東大貴選手・葛西紀明選手と臨んだ団体戦では見事銅メダルを獲得し、日本史上最年少でのメダリストという快挙を成し遂げました。また、昨シーズンはFISサマーグランプリ白馬大会第8戦で、高校生として初優勝を飾る等、最年少記録を更新しています。

3月に高校を卒業し、今年度からは「子どものころから憧れていた」という『チーム雪印(※)』に所属。「施設や道具も揃っていて、トレーナーもついてくれるので、今までに比べてずっと競技に集中できる環境になりました。」

長野オリンピックで金メダルを獲得した斉藤浩哉監督・原田雅彦コーチといった強力な指導者の下、岡部選手らトップ選手と共にトレーニングに励める環境を「とても刺激になるし、恵まれています」と栃本選手は語ります。
(※正式チーム名称は「雪印スキー部」)

2008年7月19日に開催された札幌市長杯宮の森サマージャンプ大会から、栃本選手の今シーズンが開幕(同大会の記録は8位)、翌日の大倉山サマージャンプ大会では3位に入賞して表彰台を飾り、順調なスタートをきりました。

続く7月26日から始まったFISサマーグランプリジャンプ第1戦ドイツ大会では、個人で16位に(団体6位入賞)。その後、第2戦スイス大会は8位、第3戦フランス大会は16位、第4戦イタリア大会では14位と、堅調に成績を残しましたが、その後日本で行われた第7戦は21位、第8戦は29位、チェコでの第9戦は40位、最終戦では予選落ちと調子を崩します。「後半はジャンプの感覚がズレてしまった」と、現在は、次の目標であるワールドカップ(2008年11月27日〜2009年3月22日)に向けて調整を繰り返しています。

長く続くシーズンの中でも特に2月に開催されるノルディックスキー世界選手権(チェコ・リベレツ)を見据え、「昨年よりもいい成績を残したい。そのために今は日々精一杯やるだけです」と、午前・午後と一日2度の練習と過酷な遠征をこなしています。

栃本選手は昨シーズンの活躍が評価され、全日本スキー連盟におけるナショナルチームのランクがBからAに昇格しました。日本ジャンプ界の最有力選手として、その活躍が益々期待されます。 今シーズンの戦いは、いよいよ1年4カ月後に迫ったバンクーバーオリンピックへと続いています。

(編集部 2008.10.24掲載)


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