東京オリンピック1964

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vol.1 開会式そして日本中を走った聖火リレー

聖火リレー、ヘラ神殿から空路日本へ

 開会式のおよそ2カ月前にあたる8月21日、東京オリンピックのための採火式がギリシャのオリンピアにあるヘラ神殿跡で行なわれ、さらに古代オリンピアの競技場で安川組織委員会会長、高島文雄聖火空輸派遣団長らに聖火が引継がれた。翌22日には聖火リレーによりアテネに到着した聖火は、聖火空輸特別機“シティ・オブ・トウキョウ”号(日本航空/コンベア880M型ジェット)により、一路東京を目指すこととなった。

 ギリシャから日本までは、イスタンブール(トルコ)→ ベイルート(レバノン)→ テヘラン(イラン)→ ラホール(パキスタン)→ ニューデリー(インド)→ ラングーン(ビルマ)→ バンコク(タイ)→ クアラルンプール(マレーシア)→ マニラ(フィリピン)→ ホンコン(ホンコン)→ 台北(台湾)と、11の中継地を経て、9月7日に沖縄に到着した。

聖火リレー国外ルート:1964年8月22日(アテネ)〜9月7日(沖縄)。
(第18回オリンピック競技大会・公式報告書より転載)

 記録では海外聖火リレーの空輸総距離は1万5,508km。地上リレー総距離は732km(リレー総区間は870区間)、参加リレー走者は870人となっている。

 国内聖火リレーは、当時アメリカによる占領下にあった沖縄だが、沖縄が日本体育協会に加盟していたことから、聖火リレー特別委員会により、国内聖火リレーは沖縄から開始されることが決定していた。その第1走者は宮城勇氏が務めた。

 9月9日、午前6時58分に沖縄を出発した“聖火号”(全日空)は、大観衆が見守る中、鹿児島に寄港後、宮崎を経由し千歳(北海道)に向かった。この鹿児島、宮崎、千歳が聖火リレーの3起点となった。

 国内における聖火リレーは全都道府県を回ることを前提に4つのコースが以下のように決定されていた。

第1コース 9月9日(水)〜10月9日(金)
鹿児島 → 熊本 → 長崎 → 佐賀 → 福岡 → 山口 → 広島 → 島根 → 鳥取 → 兵庫 → 京都 → 福井 → 石川 → 富山 → 新潟 → 長野 → 山梨 → 神奈川 → 東京

第2コース 9月9日(水)〜10月8日(木)
宮崎 → 大分 → 愛媛 → 高知 → 徳島 → 香川 → 岡山 → 兵庫 → 大阪 → 和歌山 → 奈良 → 京都 → 滋賀 → 三重 → 岐阜 → 愛知 → 静岡 → 神奈川 → 東京

第3コース 9月9日(水)〜10月7日(水)
北海道 → 青森 → 秋田 → 山形 → 新潟 → 群馬 → 埼玉 → 東京

第4コース 9月9日(水)〜10月7日(水)
北海道 → 青森 → 岩手 → 宮城 → 福島 → 栃木 → 茨城 → 千葉 → 東京

 この4コースの空輸総距離は2,692km、地上リレー総距離6,755km(リレー総区間4,374区間)、参加リレー走者は10万713名と記録されている。

 10月7日から9日にかけて東京都庁に集められた各コースの聖火は、9日に皇居前に設置された聖火台において集火式が行なわれた後、10日午後2時35分から、皇居前から国立競技場までの6.5kmの最終聖火リレーが行なわれた。この間、男子5名、女子2名によってリレーされた聖火は、最終聖火ランナーの坂井義則氏の手に託された。

 

安川第五郎オリンピック東京大会組織委員会会長・開会式での挨拶

 「待望久しい第18回オリンピック競技会が、本日より15日間にわたり開催されることになりましたことは、誠に喜ばしい限りであります。

 あたかも本年は、近代オリンピック復興70周年にあたりますので、これを記念し近代オリンピックの父クーベルタン男爵のありし日の声を皆様とともに拝聴し、氏の偉業を想起いたしたいと存じます。

 オリンピック東京大会はアジアで開催される初の大会でありますが、幸いに、これまでにない多数の選手団の参加をみましたことは、誠にご同慶にたえない次第であります。願わくば、オリンピック精神にのっとり、正々堂々たる競技が展開されることを期待いたします。

 最後に、ここにおられる国際オリンピック委員会のアベリー・ブランデージ会長に、天皇陛下より第18回オリンピック競技大会の開会宣言を賜りますようお願いいただきたく、ここにご依頼申し上げます」

 
故クーベルタン男爵のメッセージ

 「オリンピックの祭典を祝うことは歴史に訴えることであり、また、歴史こそ最もよく平和を確保するに役立つものであろう。老境に入った私は、大会の近づいたこの機会を利用して、青年と未来についての私の不動の信念を披歴したい」(フランス語録音の訳)

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