東京オリンピック1964

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シリーズ連載「東京オリンピックから40年」

日本中が応援、そして感動した女子バレーボール「東洋の魔女」(2)
根性の戦いの末に獲得した金メダル

 モスクワでの世界選手権で勝利した後、東京オリンピックに向けて激しいトレーニングにより河西以下代表候補選手は、さらに強さに磨きをかけていった。1日10時間の練習はあたりまえで、そのことは報道により全国民の知るところであった。
 河西は当時を振り返り言った。
 「厳しかったですよ。でも大松先生には厳しさと同時に優しさもありました。だから皆んな付いていったのです」

河西昌枝。コーチ兼選手を務め、大松監督の元で選手をまとめた。10月11日のオリンピックフェスティバル・バレーボール教室にて。
河西昌枝。コーチ兼選手を務め、大松監督の元で選手をまとめた。10月11日のオリンピックフェスティバル・バレーボール教室にて。

 ソビエトと金メダルをかけ、コートに立った日本代表の女子チームには大いなる自信があった。それこそ厳しいトレーニングに耐え抜いたことにより生まれた「根性」に繋がるものだった。

 第1セットを15-11、続く第2セットを15-8と連取した日本。日本中は勝利を確信しつつも、さらに熱い応援を送り続けた。第3セット、14-13からサーブ権を得た日本は、ソビエト選手のオーバーネットにより、「赤い旋風」とも呼ばれたソビエトの挑戦をはね除けた。

 今年10月11日、駒沢のオリンピック公園総合運動場において、東京オリンピック40年記念大会「オリンピックフェスティバル2004」が開催された。多くのオリンピアンが集まる中、屋内球技場ではバレーボール教室が行なわれた。指導するのは「東洋の魔女」たちだった。

 金メダルを獲得してからちょうど40年。東洋の魔女は、あの金メダルを獲得したコートに再び立った。そして真剣な眼差しの子供達に囲まれた。バレーボールが好きで好きでたまらない子供たちが、東洋の魔女からの教えを受けた。
 およそ3時間にわたるバレーボール教室は子供たちにとっては生涯忘れることのできない思い出となり、誇りとなった。

ソビエトを破り金メダルを獲得した東洋の魔女
ソビエトを破り金メダルを獲得した東洋の魔女

 子供たちがボールを追いかけ走り回るコートで、40年前、ソビエトに勝利した日本チームは喜びの涙を流した。選手の中でただ一人涙をこらえたのは河西だった。主将として試合が終わった後、対戦相手の主将と握手を交わし、主審にも挨拶をする大事な役目があって、泣いてなどはいられなかったという河西。それでも更衣室に戻った時、こらえていた涙が頬を伝った。

 大松監督は、「苦しかった。つらかった。選手たちの金メダルを見た瞬間、とめどもなく涙が出てきた」と第18回オリンピック競技大会の報告書に言葉を残した。そして「選手たちの根性に、わたしは敬謙な気持ちで頭をさげたい。今後、これだけの根性を持った選手が再び現れるかどうか、わたしには疑問である。日ソ戦の第3セット後半ーあれこそいい例である。あれはまさに根性と根性の戦いだった。その結果が3対0となって現れたといえるだろう」と回顧している。

 「大松先生の教えがあって今の私たちがいる。厳しいトレーニングの中で多くの事を学んだ」と河西は語る。その河西を中心にまとまったチームは、40年の時を超えて、今も堅い友情で結ばれている。

記事中・全て旧姓

掲載日:2004.10.21

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