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東京オリンピック開催へ

vol.3 紆余曲折を乗り越え、迎えた10月10日

インドネシアと北朝鮮両選手団の帰国

 国際陸上競技連盟と国際水泳連盟のGANEFO参加選手への処置は徹底していた。それは東京オリンピック開催に至っても解かれることはなく、ひとりでも多くの選手を参加させたいとする組織委員会の意向はあっても、IFの決定には入り込めなかった。

 国際陸上競技連盟と国際水泳連盟以外のIFは、1964年の8月までにGANEFOに出場した選手への資格停止処分の解除を行ったが、インドネシアは資格停止処分を受けている選手を含めた選手団を結成し、さらに北朝鮮は国際陸上競技連盟が資格停止処分に関する決定を覆さない限り、東京オリンピックをボイコットすると表明した。

 インドネシアの代表選手団は9月28日、北朝鮮の選手団は10月4日に日本に到着した。それぞれの選手団には、参加資格のない選手が含まれていた。
 資格のない選手は選手村への入村が許されない。そこで組織委員会は両国の一部の選手のために別途宿泊所を用意したが、分離滞在をよしとしない両国は独自に用意した宿泊先に滞在。組織委員会は何度となく対象IFとの折衝を試みたが、資格停止処分の解消には至らなかった。

 この過程を見た北朝鮮は即刻全選手が引き揚げ、インドネシアは開会式当日に東京を離れていった。
 10月10日の東京オリンピック開会式、本来は96の国と地域からの選手団による入場行進が行われる予定が、インドネシアと北朝鮮の引き揚げにより、94の国と地域となったのである。

東京、神奈川、埼玉、千葉そして長野で行なわれた各競技

 東京オリンピックで使用された競技場数は30を数える。
 国立競技場のように拡充・改修・補修が行なわれた競技施設が8カ所、新設が17カ所、仮設が5カ所となっている。
東京都のほかに、埼玉県、神奈川県、長野県、千葉県の1都4県にまたがった。

 「オリンピック村は、主競技場、練習場、そのほかの施設からできるだけ近い場所でなければならない」とするオリンピック憲章第46条に基づき、選手村は東京の代々木選手村を本村に、自転車競技(八王子選手村)、カヌー(相模湖選手村)、セーリング(大磯選手村)、総合馬術競技(軽井沢選手村)の計4カ所が開村された。

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東京オリンピック1964