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トリノ2006


スペシャルコラム

冬季大会の個性とは・・・・・・

長田渚左さん

'06年トリノ大会が、余情を残しながら閉幕した。
日本のスポーツファンには、序盤、中盤とメダル獲得に至らないフラストレーションが続いたが、終盤フィギュアの荒川静香選手が大輪の花を咲かせた。
心に残るしなやかな演技は氷の女王にふさわしく、文句のつけようのないゴールドメダリストの誕生だった。
アルペン男子回転では皆川賢太郎選手が50年ぶりの4位入賞。印象的だった。
またいくら口で説明しても理解しにくかったカーリングも独特な面白さを伝えた。


写真提供:アフロスポーツ

ただし全体的にみて、やや無理が目立つ大会だったように思う。
それは夏季大会に負けまいとするがゆえの商業主義の波なのだろう。
ハデにして人の気を引こうとするあまり、新種目を増やした。
60年代〜80年にかけて40に満たなかった種目は大会ごとに増加し、今回は84にも及んだ。
その中には、かなり首をかしげたくなる新種目があった。
例えば、オートバイのモトクロスに似ていることから名前のついた「スノーボードクロス」
全長900メートル、標高差213メートルの中にジャンプ台やごつごつしたコブ、急カーブがあり、それをスノーボードで滑る。
特に決勝は4人が同時に争いながら滑るので、転倒者が続出する。
テレビ中継が、それらを空撮する。何が起きたか分からない様子だから目が離せない。
勿論、スノーボードを操るテクニックは大切だとしても、空中で4人がダンゴ状態になったりして、ボードが他の選手の頭部を直撃しそうになる。
スリルを楽しむというよりは、危険そのものをテレビカメラが映し出すことに主眼が置かれているようにさえ感じた。


写真提供:アフロスポーツ

冬季大会のベースには、雪や氷の自然がある。その自然の中で、重力や遠心力を味方にして、いかに人間が卓越したものをみせるかが焦点だ。
中心にいるのが人間でなくて、テレビカメラのための競技のようなものは、オリンピックにふさわしいと言えるのか?
夏季大会を意識するあまり、生煮えで大味な種目を増やすよりも、種目の個性を際立てる工夫がほしい。
コンパクトでシンプルだけど、夏季にはないものが冬季には感じられる・・・・・・そんな大会であってほしい。

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