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フェアプレー

増田明美さん
「フェアプレーの精神を、子どものころからしっかり教えたいですね」

フェアプレーとは『武道の精神』そのものです

――ひと口にフェアプレーといっても、その意味するところは幅広いですが、増田さんにとってのフェアプレーを教えてください。

増田 私にとってフェアプレーとは、簡単にいうと『武道の精神』です。高校の恩師である瀧田詔生監督から「陸上競技にも『陸上道』があるんだよ」と教えられましたが、それがまさに武道の考え方だったのです。いつもお天道様が見ていることを忘れずに、競技相手を敬い、自分自身に恥ずかしくないプレーをすること。人として成長するために日々精進し、トレーニングに励む事が大切で、勝ち負けだけがすべてではない。結果は後からついてくるものだという教えでした。

――瀧田先生の教え、『陸上道』はすぐに実践できたのですか?

増田 いえいえ、高校に入ったばかりの頃は、フェアプレーどころの話ではなかったです(笑)瀧田監督のご自宅に下宿していた頃、同級生でライバルの樋口葉子選手と同居していたのですが、彼女を出し抜こうと秘密の特訓をしたり、こっそりご飯を大盛りにして太らせようとしたり・・・・・・。当時は勝つことばかりを考えて、毎日過ごしていました。

――現在の増田さんからは想像もできませんが、いつ頃から変わったのでしょうか?

増田 高校3年生で出場した日本選手権で、私は3000mと10000m、そして樋口選手は1500mで優勝したんです。その時初めて、お互いを認め合うことができました。そして、高校卒業後は一緒にオリンピックを目指す同志として、親友になることが出来たんです。この経験から私が言えることは、目標を持つことの大切さです。持っているエネルギーをライバルではなく目標に向けることによって、自らを高め、正々堂々と戦うことができるようになります。どの競技でも、一流と呼ばれる選手ほどそれができるのです。

――増田さんは現役時代、レース中にフェアプレーを実感された経験はありますか?

増田 選手同士で給水ドリンクを渡し合ったり、ドリンクを取り損ねた選手に自分のドリンクを譲ったりという光景は、国籍を問わずよく目にします。そうした行為を「フェアプレー」と呼ぶにはささやかすぎるのでは?と思われるかもしれませんが、激しく苦しいレースの中で、ライバル選手を助けるという余裕は、なかなか持てるものではありません。現役時代の私はついにできませんでした。もし私にその余裕があったら、オリンピックでメダルが獲れていたかも・・・と思っています。

1984年大阪国際女子マラソンで2位に輝き、同年に開催されたロサンゼルスオリンピックへの出場を決めた。
1984年大阪国際女子マラソンで2位に輝き、
同年に開催されたロサンゼルスオリンピックへの出場を決めた。(写真右)
写真提供:アフロスポーツ

ドーピングは、すべての人を裏切る行為にほかなりません

――そのようにフェアプレー精神に則ったレースを見せてくれる陸上界ですが、一方でドーピング問題が相次いで発覚し、大きな問題となっています。

増田 ドーピングはフェアプレーうんぬん以前の許されない行為です。高校の後輩である室伏広治選手が、アテネに続き北京オリンピックでも、上位選手がドーピング違反で失格となり、その結果メダルを獲得しましたが、室伏選手本人の心境を思うと、素直に喜べるものではありません。
 また、オリンピックを見ている人たちは何の疑いも持たず、選手たちが正々堂々と戦っていると思っているからこそ、熱心に応援するのです。ドーピングは応援する人をも裏切り、そのスポーツの価値を損ねる行為です。そしてなにより、選手自身の健康を害するということを、選手たちにはよく認識して欲しいと思っています。

――ドーピングを防ぐにはどうすればいいのでしょうか?

増田 やはり検査を厳しく行い、ペナルティを与えることでしょう。実際に国際競技大会でのドーピング検査は厳しくなる一方ですし、選手の管理も厳格になっています。しかし、それだけではドーピング問題への対処法としては十分とは言えないでしょう。
 国際的な課題として、子どもの頃からスポーツを通してフェアプレーの精神を教え、その中でドーピングについてもしっかり教育していくことが必要です。日本には道徳教育がありますから、子どもの頃からしっかりとした倫理観が形成されていますね。そのため日本選手の、アンチドーピングに対する意識は非常に高いのです。

――スポーツが子どもたちに及ぼす影響は大きいですから、ドーピングについても早くから教える必要がありますね。

増田 スポーツから学ぶことは多く、子どもたちが成長してスポーツから離れたとしても、その教えは人生をフェアに、そして美しく生きることにもつながるはずです。よくいわれることですが、人生は長距離レースのようなもの。子どもたちには自分らしく心豊かに夢を走り続けて欲しいですね。

子どもたちに伝えたい、スポーツのさまざまな顔

――フェアプレーの精神を教えるために、子どもたちを見守る大人たちにできることがあるでしょうか?

増田 スポーツには勝ち負けがつきもので、それは大切な要素です。しかし、スポーツの楽しみはそれだけではありません。現在はテレビでも、競技の結果を追うばかりでなく、選手自身の生き方等も含めさまざまな角度から伝える番組がありますね。一流の選手は子どもにとってヒーローそのもの。このような情報にも目を向けて、選手の生き方や、彼らのたゆまぬ努力といったものを、皆さんにも見て欲しいです。また、子どもたちに伝えていけたらと思っています。

――増田さん自身は、フェアプレーの精神を子どもたちにどのように教えたいとお考えですか?

増田 高校時代の私は、ライバルの足を引っ張ってでも勝とうと考えたわけです。子どもたちは、スポーツをする中で、時に私と同じような思いを持つこともあるでしょう。しかし私は、自分でも思いがけない感情や、未熟さを克服する過程で、豊かな人間形成の基礎が培われていくことを学びました。そしてフェアにスポーツをすることは、美しい人間を育むのだと知ったのです。
 私は年に何回か小学校を訪問する機会がありますから、その際にはぜひ子どもたちに、フェアに戦うことの素晴らしさ、フェアプレーは『武道の精神』であることを伝えていきたいと思います。

PROFILE
増田明美
増田明美

1964年、千葉県生まれ。私立成田高校在学中、長距離種目で次々と日本記録を樹立。1982年にマラソンで日本最高新記録を更新。1984年、第23回ロサンゼルスオリンピックに出場。1992年に引退するまでの13年間に残した記録は日本最高記録12回、世界最高記録2回更新。
現在はスポーツジャーナリストとして執筆活動・マラソン中継の解説に携わるほか、講演、イベント、TV・ラジオ番組の出演など多方面に活動中。


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