コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

アスリートメッセージ 完璧な状態で北京へ臨み、自分が持っている実力を5種目の全部で出し切って勝ちたい。

文:折山淑美


家内への誕生日プレゼントの意味でも、代表権を獲らなければと思ったんです。

近代五種の北京オリンピック出場権がかかった近代五種のアジア・オセアニア選手権。男子個人が行われた5月10日は、村上佳宏の妻・慶子さんの33回目の誕生日だった。

「結婚して4年目ですけど、その時期は海外遠征だったり、大会へ向けての合宿だったりで家を空けていることが多かったんです。それで今まで、これといって大きなプレゼントはあげてなくて。でも今回は試合の日がタマタマ家内の誕生日だったんで、プレゼントの意味でも、何としてでも代表権を獲らなければと思ったんです」

村上は照れ臭そうに笑う。

射撃(エアーピストル20発)とフェンシング(エペ)、スイム(200m自由形)、馬術(障害飛越)、ランニング(クロスカントリー3000m)を1日で行って5種目の総合得点を争う近代五種。この競技で日本は、1992年のバルセロナオリンピックを最後に国別出場権を獲れずにいた。だが今年(2007年)5月に日本で開催されたアジア・オセアニア選手権で、最初の射撃で1位になった村上が4種目目の馬術までトップを維持。苦手のランニングで順位を落としたものの、ギリギリで踏ん張って5位になり、北京オリンピックの出場権を獲得したのだ。

今までの自分と違い、失敗があせりに結びつかなくなった。

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2007年5月、近代五種のアジア・オセアニア選手権でのランニング
(写真提供:アフロスポーツ)


「射撃も試射の時点では『調子悪いのかな』と思ってたんです。けど、本射に入ったら1発目から5発目までが全部センターに入ったんで。途中、何発かポカをしたけど、『このくらいなら』と気持ちも切り換えられて。ただ、目標にしていた自己ベストを出すこともできたけど、自分よりレベルの高い選手がことのほか成績がよくなかったんで。それで1位になれたんです」

フェンシングはこれまで苦手の部類に入る種目だったが、今年3月のワールドカップエジプト大会で勝ち越して1000点近い得点を獲得した。そこで「こうすれば7割近い勝率(7割=1000点)を上げられるんだ」という戦い方のコツのようなものをつかめた。

今までは1敗すると『この負けを取り返さなくては』という気持ちになっていたが、『26試合あるうちの1敗だ』と、気持ちを切り換えることができるようになり、技術も高く経験も豊富な海外の選手を、うまくかわせるようになったのがポイントだという。

アジア・オセアニア選手権では19勝7敗で2位になることができた。調子のよくなかった水泳も、最低ラインと考えていた2分6秒台で泳げた。馬術は最後から2個目の障害で馬に2回ストップされて1028点に止まった。

「本当なら馬術で満点の1200点を取って、40秒差をつけてランニングに入りたかったんです(それまでの得点差4点につき1秒で換算する)。でも失敗したからその差が8秒差になってしまって。それまでの自分だったらランニングが苦手だから『逃げなきゃ、逃げなきゃ』という気持ちになっていたけど、今回はそこまでハラハラすることもなく、周りの人に『これで面白くなりましたね』といえるくらいの余裕もあったんです」

後ろにいた同僚の藤森勇希(自衛隊)や斎藤英之(警視庁)の存在は気になった。彼らの方が、自分より走力は上だとわかっていたからだ。だが韓国と中国選手の4人に抜かれても、カザフスタンを抑えて日本人トップでゴールすれば北京オリンピックの代表を手にできる。その思いだけで5位を死守したのだ。 得点は5460点。1日を費やした5種目のゴール、優勝した李春憲(韓国・2004年世界選手権2位)とは44点・11秒差、4位の銭震華(中国・2005年世界選手権優勝)とは僅か8点・2秒差であった。

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