大会







第29回オリンピック競技大会(2008/北京)

【スペシャルコラム 第2回】 オリンピックの楽しみのひとつ

文:折山淑美

日本フェンシング界の幸福な一瞬


写真提供:アフロスポーツ
これまではさほど認知されていなかった競技へ一気に注目が殺到する。そんなことが起こりうるのも、オリンピックの楽しみのひとつである。
今大会、その代表となるであろう競技がフェンシングだ。国立スポーツ科学センターを拠点に「500日合宿」を行うなど、北京へ向けて思い切った強化策を打ち出した協会にとっては、競技自体の存在を掛けて臨んだといってもいい挑戦だった。まずはそれに、大会3日目の11日、女子個人フルーレの菅原智恵子が7位入賞で応えた。そして13日には、男子個人フルーレの太田雄貴が銀メダル獲得という快挙で応えたのだ。


写真提供:アフロスポーツ
世界ランキング10位の太田の組み合わせは厳しかった。1回戦こそ格下の選手が相手だが、2回戦は世界ランキング8位で、5月の高円宮杯で敗れているチェ・ビョンチョル(韓国)。勝ち上がれば、世界ランキング1位のペーター・ヨピッヒ(ドイツ)、同7位でアテネオリンピック銀メダリストのサルバトーレ・サンツォ(イタリア)と強豪が続く。
本人もメダル獲得を口にし、関係者もそれを期待していた。だが冷静に見れば、その実現は極めて厳しいものだった。
だが彼はそんな予想を鮮やかに覆した。その第一幕目は、対チェ・ビョンチョル戦だった。連続得点を挙げながらも、連続失点を許すという悪い癖が出た戦い。13対10とリードした終盤、微妙な判定による失点も加わって13対14と逆に王手を掛けられてしまったのだ。


写真提供:アフロスポーツ
フェンシングは3分3ピリオド制。先に15ポイント先取するか、3ピリオドが終わった時点でリードしていた者が勝利するルールだ。あと一本取られてしまえば即敗戦になる、絶体絶命の危機。だが「最後の一本勝負には強いという自信があるんです」という太田は、その危機を凌いで勝利し、ベスト8進出を決めた。
その苦しい戦いで吹っ切れた太田は、これまで5連敗中のヨピッヒにも、終始先手を取られながらも守りを固める我慢のスタイルで逆転勝ち。「あの舞台に立つのが夢だった」という、準決勝以降の試合のみが行われるセンターピストでの試合も、ディフェンスを重視した我慢の戦いで最後の一本勝負を制し、決勝へ勝ち上がったのだ。
過去一度も勝利していないベンジャミン・クライブリンク(ドイツ)との決勝戦は、体力を使い果たしていたために敗れたが、その見事な戦いで日本フェンシング界に、史上初のメダルをもたらした。
その決勝は、日本でも急遽生中継された。贅沢をいえば、それまでの息が詰まるような戦いこそ観てもらいたかった。だが、太田は「フェンシングが、日本で初めて生中継されたという意義は大きいですよ」と笑顔を見せる。

今回のフェンシング会場は、極めて丁寧に作られていた。ピストはセンターステージを含めて5面あり。試合中は場内の照明が落とされて、ピストとコーチボックスのみにスポットライトが当てられる演出。試合の勝ち負けはともかく、そんな雰囲気の中で行われる試合を見るだけでも、観ている側はフェンシングの魅力を垣間見たような気持ちになったに違いない。

ヨーロッパ伝統の競技で、なおかつ丁寧に設営されたピスト。そこに日本人が立てた上に生中継もされた。それは日本フェンシング界にとって、この上なく幸福な一瞬だったといえる。

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