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2023.06.30 Athletes’ Voices

Athletes’ Voices 【パリにかける想い】 世界一足の速い人間になりたい

栁田 大輝

 陸上競技男子短距離界に現れた新星として注目を集める栁田大輝選手。自己ベストの9秒台、そして、TEAM JAPAN入りを果たし、パリ2024オリンピックでの活躍をめざす若きホープの思いを聞く。

衝撃的だったリオの記憶

――いよいよ、パリ2024オリンピックまであと1年あまりですね。

 東京2020オリンピックが終わって間もないような気がしているので、次のパリ2024オリンピックは、本当にすぐにやって来るのだなと感じているところです。パリ2024オリンピックに出たい気持ちはもちろんありますが、昨年もリレーでしか日本代表に選出されていないので、今年個人でしっかり結果を残していくことが重要です。オリンピックは特別な大会だと感じています。世界選手権も毎回出場することを目標にしていますが、オリンピックは世界選手権以上に注目されます。世界選手権は観ないけどオリンピックは観るという方も多い。競技をやっている以上、一度は立ってみたい舞台がオリンピックです。

――最も印象に残っているオリンピックはどの大会でしょうか。

 初めてきちんと観たのが、2016年のリオデジャネイロオリンピックでした。中学1年の時でしたが、ちょうどその時、男子4×100mリレーでTEAM JAPANが銀メダルを獲得したので強く印象に残っています。当時、僕は部活動があったため、リアルタイムで観ることができなかったのですが、帰宅してから観てすごくびっくりすると同時に、本当にいい意味での衝撃を受けました。それがきっかけになって、もっと陸上競技にのめり込むようになったと思います。

――昨年はご自身も10秒15という素晴らしいタイムを記録されました。現時点での手ごたえや課題についてはどのようにとらえていらっしゃいますか。

 昨年自己ベストを出した時は、もちろん調子が良くて記録が出たのは自分でも分かっているのですが、でも完全に出し切れてはいなかったというか、もっと速いタイムを出せたようにも感じています。 10秒16を出して、その後に、10秒15を出して自己ベストを更新したのですが、これらのベストタイムを出したのは、どちらも準決勝。もちろん集中して走っているのですが、決勝に向けてちょっと余力を持って走ろうと準決勝で臨んでいたので、その時点では力を全部使い果たして出し切ったタイムではないとも思っているんです。余力を残しながら走ってベストが出ているので、もう少しタイムも出せそうな手ごたえがありました。ですから、タイムを出したい時に出し切れていないという部分は、課題でもあるといえますよね。

意識と無意識の間で

――陸上競技の100mというと、約10秒間で本当にあっという間に終わってしまうわけですが、本当にいいパフォーマンスを発揮するためには、その短い時間に考えるべきポイントが数多くあって、アスリートたちの頭の中は実は忙しいというようなイメージもあります。実際のところ、栁田選手はどんなことを考えながら走っているのでしょうか。

 おっしゃるとおり、たしかに忙しいです(笑)。スタートはこうして、その後はこう注意して……といったように、もちろん本当にいろいろあるのですが、ただそれを考えながら走るのはダメ。やるべきことを無意識でできなくてはいけないと思います。ただ、コーチからも言われているのですが、無意識で走りつつ冷静に落ち着いて、レースの中でもどういう動きをしているかを自分自身で客観的に見ているような感覚を少しだけ持って走るように心がけています。

――考えるのは練習の時に徹底的に済ませておき、本番では薄っすらとした意識の中で、できる限り自然に走るのが最高ということですね。90%くらい無意識。10%くらい自分をチェックしているカメラを見ているくらいの感覚でしょうか。

 はい、そうです。考えているのは練習までだと思います。 うとうととまどろんでいて、目が覚めているのかまだ寝ているのかわからないような時ってあるじゃないですか。そのようなわずかに薄っすらという意識で、自分の事を気にしながら、100mを走る感覚といえばいいでしょうか。なんとなく、「あ、スタートよかったな」程度の感覚なんです。実際にベストタイムが出た時も、自分は本当にそのくらいしか考えていませんでした。逆に悪い時ほど、走っている最中もいろいろと考えてしまっていて、結局最後まで自分らしいいい走りではない動きになってしまいます。考えることは大切ですが、考えすぎるのもよくないということですね。

――リオデジャネイロオリンピックも一つの潮目になったと思うのですが、陸上競技の短距離界は劇的に進化しているように感じています。かつて日本人選手は10秒の壁が破れずにいたわけですが、ここ数年で9秒台のタイムを記録した選手も一気に増えて、選手層もすごく厚くなりました。そういった現状を栁田選手はどうとらえていますか。

 基本的に、周囲のことはあまり考えないですね。誰が相手だとしても同じレースで走れば勝ち負けはつくものなので、他の選手を意識したり、比べたりはしないようにしています。ただ、陸上競技に詳しくない方でも、「この選手は知っている」というような選手がいると思います。ただ、そういった選手に勝たなければ自分がTEAM JAPANに入れないので、この選手に勝てば代表だ、という意味では少し意識することもありますし、そういった選手たちにも負けないようにしたいと思います。

――栁田選手にとって理想や目標としている選手はいるのですか。

 それもあまりないですね。参考にすることもほとんどありません。 ただ、走高跳のムタズエサ・バルシム選手(カタール)はすごく好きで、彼が競技する動画をいつも見ています。彼の地元であるカタール・ドーハで行われた19年の世界選手権で、途中、2本失敗し追い込まれた状況で跳躍をクリアするシーンがあるのですが、それがすごく印象的でした。地元ファンの大歓声の中、絶体絶命まで追い込まれた場面で、バーを跳んでクリアしてしまうところはすごいと感じます。

かけっこの速さへの憧れ

――栁田選手が、陸上競技を選び、夢中になったきっかけを教えていただけますか。

 両親が陸上をやっていたのがきっかけです。とくに強制はさせられていなかったので、親の影響があったというのも厳密には微妙ですが(笑)。母が指導を受けていた先生が、地元で陸上を教えてくださっていたので、そこへ連れていってもらって走っている内に、「走るのって楽しいな」と思って徐々にハマっていった感じです。自分の記憶の中では、周りより足が速かったですし、「走り始めた幼い頃から他人より速かったよ」と両親からも言われます。

――なるほど、校内レベルでは負けることはないという感じだったのですね。

 いえ、それが小学生の時は学年の中では比較的速いというだけで、他に速い子もいたんですよ(笑)。当時は今ほどいろいろと考えていませんでした。自分で出場できる記録会に出たり、中学教師として陸上部の顧問をしていた父について行ったりしていました。無理に陸上競技をやらされることもなく、自分がやりたい時に好きなようにやらしてもらったので、本当に楽しみながら走っていた記憶があります。

――競技に取り組む上で、大切にしていることはありますか。

 陸上競技が楽しくなくなってしまったら辞める時だと思っています。調子が悪いことや記録が停滞する時期もありますが、悪い時があればいい時もあるもの。陸上競技を楽しむことを一番大切にして練習に取り組んでいます。中学でも高校でも、「走ってばかりいて何が楽しいの?」と、常に言われていました。みんなの言いたいことも分かりますけどね(笑)。日本選手権で優勝すれば、日本で一番かけっこが速いということ。世界選手権やオリンピックで優勝すれば、世界で一番足が速い人間になれる。かっこいいじゃないですか。それこそが一番の魅力だと思います。

――他の選手のことは気にしないという栁田選手ですが、一方で、ライバルがいるから切磋琢磨できたり、自らを奮いたたせることができたりする要素もあると思います。栁田選手にとってライバルとはどのような存在ですか。

 同世代の選手には負けたくない、同じ世代の中では一番でいたいという気持ちはずっとありましたし、今でも誰にも負けたくないとは思っています。つい先日、日本学生陸上競技個人選手権大会があったのですが、同郷・群馬出身の同世代である井上直紀選手が10秒19という記録を出しました。彼は高校時代、ケガでだいぶ苦しんできたと思うのですが、ベストタイムも本当に変わらなくなってきました。自分も負けていられないという気持ちになりましたし、今年は一緒に走る舞台があると思いますが、絶対に勝ちたいという思いが強いです。同世代に、U20世界陸上競技選手権大会で金メダルを獲得して世界一になったレツィレ・テボゴ選手(ボツワナ)がいます。彼とは昨年同じレースを走り、ボコボコにされました(苦笑)。自分が練習できつい時、コーチから「テボコが今、何をやっているか考えてみろ」と言われることがあります。自分より速い人がいるなら、その人よりも練習をしないといけない。そう考えると自分を高める原動力に、ライバルたちがいるということも実感します。

栁田 大輝選手(写真:アフロスポーツ)

かけっこの速さへの憧れ

――22年6月、TEAM JAPANネクストシンボルアスリートに選ばれました。その点については、どのような思いを持っていらっしゃいますか。

 他競技の方々もいますし、世界の舞台ですでにメダルをとっている選手も沢山いますので、劣っていてはいけないというのが初めに思ったことです。選ばれたからには結果を残して、その価値を高めていかないといけないなと感じています。また、自分自身が成長してきたからこそ、こういう称号や役割を与えていただいたり、こういう場や機会をいただけていたりすると思うので、速くなりたいと思って今までやって来たことが間違っていなかったのだと認めていただけてうれしく思うところもあります。

――未来に期待してのことであると同時に、ここまでの努力に対する評価でもあると思いますので、それは自信にもなりますね。

 はい。もちろん結果を残さないといけない思いもありますが、認めていただけるくらい力がついてきたという自信もできたので、さらに成長していきたいと思っています。

――栁田選手が感じる陸上競技の魅力を教えてください。

 陸上競技の短距離種目は、駆け引きがほとんどありません。100mであれば、音が鳴った瞬間スタートしてゴールまで走り抜ける競技で、いかに自分の持っている力を発揮し切れるかに尽きると思っています。周りがどれだけ速く走ろうが、その人よりも先にゴールにたどり着けば勝ちなので、観ていても本当に分かりやすいシンプルな競技であるところが魅力だと思います。自分自身もそうなのですが、球技が苦手なお子さんもいると思います。陸上競技はシンプルゆえに、そういう人でも楽しめますよね。また逆に、野球やサッカーをやるにしても、ほとんどの球技に走る動作が必要になりますので、陸上をやることは絶対に損はないのかなとも思います。

――いろいろお話を伺ってきましたが、最後にあらためてパリ2024オリンピックに向けての意気込みをいただけますか。

 はい。今年の早いうちに9秒台を出して、個人としても世界選手権に出場して、決勝の舞台で今の自分がどのくらい通用するのかを体感して来年につなげたいですね。来年は本当に決勝に残ることを前提としながら、メダル争いができるように力をつけていきたいと思っています。

――ご自分の中で、ベストパフォーマンスが発揮できるとどのくらいのタイムが出せそうという手ごたえはあるのでしょうか。

 まず手ごたえとして、去年の10秒15よりは速く走れる自信はあります。記録が出る時は本当に出るものだと思いますし、10秒も切れると思っていますが、具体的なタイムまでは考えていません。それなりに追い風が吹いて、夏になって体にキレが出てくれば自然とタイムもついてくると期待しています。

――パリで素晴らしい走りを見せていただくことを楽しみにしています。

 はい、ありがとうございます。ぜひ応援してください。

栁田 大輝選手(写真:アフロスポーツ)

■プロフィール

栁田 大輝(やなぎた・ひろき)
2003年7月25日生まれ。群馬県出身。陸上競技をしていた両親の影響で小学生から陸上競技を始める。18年8月、全日本中学校陸上競技選手権大会100mで2位、走幅跳で優勝を飾る。21年6月、日本選手権100m準決勝で高校歴代2位タイとなる10秒22をマーク。22年6月、日本選手権で10秒16、同年8月、U20世界選手権で10秒15をマーク。23年6月、日本選手権で10秒13と自己ベストを更新。22年6月からTEAM JAPANネクストシンボルアスリートを務める。東洋大学所属。

注記載
※本インタビューは2023年4月26日に行われたものです。

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