21歳で初出場を果たした北京2022冬季オリンピックでは、悔しい思いをしたと語る谷地宙選手。ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックへの思い、自らの将来像について話を聞いた。
――3年前に、北京2022冬季オリンピックで、初めてオリンピックに出場されました。実際に体験したオリンピックはいかがでしたか。
オリンピックに出場することは競技を始めた当初から目標にしていたので、実際に出場できたことで自信にはなったのですが、オリンピックでメダルをとるという目標については、団体のメダルメンバーに入ることができず、すごく悔しい思いもしました。それと同時に、「メダルを獲得する」という本当に強い気持ちを持って臨めていなかったと感じる部分もあるので、次のオリンピックでは「絶対にメダルをとる」という揺るぎない気持ちで、最後までやり切りたいと思っています。
――オリンピックを実際に経験したことで、イメージがより具体化されたのかもしれませんね。
はい、やはり経験してみないとなかなか分からないものですよね。オリンピック特有の雰囲気もありましたし、いつも出場しているワールドカップとは準備の仕方が全然違ったので、まだ経験値が足りなかったように感じます。一度経験したことで、次はもう少し余裕を持ってオリンピックに挑めると思います。
たとえば、ワールドカップは週末に2試合連戦したり、練習する機会はそれほどなかったりするのですが、オリンピックはノーマルヒル、ラージヒル、それぞれの前に数日間練習できる期間があるので、そういった場でジャンプ台の特徴などを把握することが重要になります。また、会場への行き方、食事、コンディショニングやピーキングの仕方など、オリンピックとワールドカップとでは全然違ってくると感じたので、夏の段階からしっかりイメージしながら練習することが大事だと考えています。
北京2022冬季オリンピックでは、本当にさまざまな国や競技の選手たちがいて、「これがオリンピックか」と実感しました。ただ、それに対して難しさを感じるのではなく、むしろ楽しんでいくことが大事かなと思っています。結局のところ、競技の中ですべきことが大きく変わるわけではないので、どんな環境にも臨機応変に対応できる力こそがもっと大事なのだと思います。
――谷地選手のアピールポイントを教えてください。
競技におけるアピールポイントは、ジャンプが得意なので、ダイナミックなジャンプをしてヒルサイズを超えてしっかり着地を決める、というところまでを観てほしいです。また、私は小学生の頃にタレント発掘事業に参加したことがきっかけで、ノルディック競技に出会いました。ですから、当時の私のように他の競技に挑戦の場を移した子どもたちをはじめ、いろいろな人たちに、夢を追い続ければさまざまな道が開けるということに気づいてほしいと思いますし、それを体現できるように頑張りたいです。
――異なるスポーツを経験していたことが、今プラスに働いていると感じる部分はありますか。
そうですね。私は、サッカー、陸上競技、アルペンスキーなど他の競技をいろいろとやっていたことで、「これをやってみて」といわれた時に意外とすぐできたり、応用できたりする力があると感じていました。また、一つのことだけしてきたわけではないことで、「こういう考え方をしてみるとどうだろう」といった思考の引き出しがあるのかなと思っています。
――学業も相当頑張られてきたと思うので、スポーツに限った話でもなく、さまざまな経験や知見が組み合わさってくる話なのかもしれませんね。
学業もそうですし、さまざまなことに興味を持ってチャレンジしてきたことが、後でつながって競技にも生かされていると感じます。学んだことや、誰かに教えてもらったことは、たとえすぐには結びつかなくても、いつかどこかでつながってくると感じることは多いですね。
私の体感としては、時代の流れによって、スポーツの世界が徐々に縮小している感覚があります。だからこそ、スポーツやスポーツ選手の価値を改めて定義していくことが必要だと感じています。スポーツそのものだけではなく、さまざまなことに興味や関心を持つこと、社会に貢献する活動にも目を向けていくことなどが大事になってくると思います。
私は元々サッカーをしていたこともあって本田圭佑さんがすごく好きなのですが、アスリート出身の人たちがさまざまな分野で活躍することで、スポーツに取り組む子どもたちがもっと増えたり、スポーツの価値そのものを高められたりするのではないかと考えています。だからこそ、私自身もいろいろなことから学び、吸収し、それを競技につなげていきたいです。
――TEAM JAPANネクストシンボルアスリートにも選ばれました。どのようなお気持ちですか。
ノルディック複合のコーチからTEAM JAPANネクストシンボルアスリートに推薦していただき、その後面接などを受けて、最終的に認定していただきました。日本を代表する選手の一人としてこのように選んでいただいたことは本当にうれしいことですし、スポーツで結果を残すことだけではなく、スポーツを通じて社会に貢献したり、次世代の子どもたちに向けて何か与えたりできるような選手になりたいと思っています。
――TEAM JAPANシンボルアスリートには、同じノルディック複合のレジェンド、渡部暁斗選手がいらっしゃいます。認定式では同じステージに登壇することになりましたが、谷地選手にとって渡部選手はどんな先輩なのでしょうか。
一緒に合宿や遠征などで長い間一緒にいることが多く、暁斗さんがいつもおっしゃっている「プラスマイナスゼロ理論」をはじめ、いろいろな話をしていただきます。暁斗さんはよく自然体の大切さを説いていますが、まさに今日も自然体でしたよね。そうした身近な先輩が、今日はシンボルアスリートとして登壇していて、改めてすごく尊敬できる方といつも一緒にいるんだなということを実感したというのが率直な感想です。暁斗さんに続いていけるように、私も頑張りたいと思います。
また、普段はなかなか他の競技の選手と関わる機会がないのですが、今日控え室で一緒になったときに、さまざまな刺激的なお話を聞くことができて、今後の競技や人生に役に立つような学びがたくさんありました。
――そういう中で、印象的だったことはありますか。
シンボルアスリートとネクストシンボルアスリートの対談がすごく面白かったです。とくに、ネクストシンボルアスリートで登壇していた玉井陸斗選手と島田麻央選手の二人はまだ10代ですからね。若さとか関係なく、トップアスリートとしてすごい選手がたくさんいるなと感じましたし、私自身、もっと先輩らしい姿を見せていかなくてはと刺激をもらいました。
――ノルディック複合は「キングオブスキー」と呼ばれます。谷地選手は、この競技自体のどんなところが魅力だと感じていますか。
ノルディック複合はふたつの種目を組み合わせた競技ですが、ジャンプは瞬発系、クロスカントリーは持久系と、「動」と「静」のような感じで、そのバランスをとるのがすごく面白いと思います。ジャンプは飛ばなくてもクロスカントリーがすごく速い選手がいたり、逆にジャンプはすごく飛ぶけど、クロスカントリーはちょっと苦手という選手がいたりするので、最後まで勝負の行方が分からないというところが魅力だと思っています。とはいえ、実はどちらかに特化した選手が多いわけでもなく、両方を総合的に強化していかないとならず、それだけいろいろな選手にチャンスがある競技だといえます。
たとえば、クロスカントリーのトレーニングを多くしていると、足が太くなってきて速い動きがしづらくなったりしますし、逆にジャンプばかりやっていると、クロスカントリーの練習時間をとれず持久力がなくなっていったりします。ですから、バランスをいかに保ちながら両方のレベルを上げていくかを考えて取り組んでいくところは、やっていても大きな魅力だと感じています。
――そして来年は、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが開催されます。イタリアに対する思いはありますか。
イタリアは料理も美味しくてすごく好きな土地ですし、何より私がワールドカップデビューした大変思い入れのある場所でもあります。そのような地で開催されるオリンピックでメダル獲得できたら本当に最高だと思います。これもまた運命だと思っていますし、もちろん暁斗さんにも負けないように頑張って、いいストーリーを見せられるようにしたいですね。
――私たちもワクワクしながら応援したいと思います。大会に向けて、現時点ではどのような手応えや課題を感じていますか。
一番の課題はクロスカントリースキーです。走力が圧倒的に足りない現状をふまえて、ここからかなり力を伸ばす必要があると感じています。ジャンプに関しては、昨シーズンすごく良くなってきたので、それを継続してさらに良くしていきたいですね。いいジャンプを決めて、後半のクロスカントリーをいい位置でスタートできるようにしたい。ヒルサイズを超えてトップでスタートできるようなところまで来れば、クロスカントリーでもなんとか粘れるのではないかと思います。
――谷地さんのように広い視野で考えて、しかも言葉の力で発信できるアスリートがますます増えていくとうれしいです。最後に、将来的にこういうアスリートになりたいという目標を教えてください。
私自身スキーというスポーツがすごく好きですし、一方で、スキー界も徐々に競技人口が減っているという問題もありますので、スキーをはじめとするウィンタースポーツに親しんでもらい、体験してもらいたいという気持ちを持っています。
そのためにもまずは、競技を通して結果を残すということが第一の目標です。それも、最も注目されるオリンピック。今まで暁斗さんをはじめ先輩方が認知を上げてくださって、何大会もオリンピックでメダルをとることでつながってきているので、その流れを途切れさせないように頑張りたいです。
そして将来的には、何かを伝えられるようなアスリートになりたいなと思っています。スキーはまだまだマイナースポーツなので、結果だけでは多くの人に届かないところもあります。オリンピックしか注目しない、オリンピックしか観ないという方も多いと思うのですが、そのような方々にも思いを届けられるようなアスリートになりたいです。
谷地 宙(やち・そら)
2000年5月4日生まれ。岩手県出身。「いわてスーパーキッズ発掘・育成事業」を通して競技と出会い、中学1年時にノルディック複合を始める。19年、高校3年で世界ジュニア選手権に出場。21年、ワールドカップラージヒル団体で3位表彰台を獲得。22年、早稲田大学3年の時に北京2022冬季オリンピックに出場を果たす。25年、TEAM JAPANネクストシンボルアスリートに選出される。日本航空所属。
注記載
※本インタビューは2025年4月21日に行われたものです。
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