2020年に最年少で日本代表に選出、2021年から全日本選手権で2度最年少で優勝を飾るなど、日本パデル界の第一線を走り続ける小澤琴巳。看護師・助産師としてフルタイムで働きながらトップを極めた異色のキャリアを経て、現在は、アジア人女性初のプロ選手として本場ヨーロッパでの長期海外遠征経験を踏まえ、現在はアジアを中心に世界トップツアーへ参戦している。さまざまな障壁さえも挑戦への価値に変えてしまう強靭な意志を持つ彼女。世界最高峰の舞台で「前人未到の夢」に挑み続けるプロ選手に、パデルが持つソーシャルな魅力、ペアとの超高速のコミュニケーション、そして次世代の子どもたちへ新たな選択肢を繋ぐビジョンを聞いた。
――パデルを始めたきっかけを教えてください。
幼少期からテニスをしており、中学で一度離れたものの高校で部活として再開しました。大学進学のタイミングで、先輩から『新しい競技がある』と紹介されたのがきっかけです。先輩や友人との繋がりで、最初は体験という形でパデルに出会いました。テニスではプロになりたいという思いはなかったのですが、何か縁があってパデルに出会ったという感じです。
――パデルを始めた当時の、周囲の環境はいかがでしたか?
私が始めたころはまだパデルがそこまで盛んではなく、場所も限られていました。当初は大学生で月に1回、10~15人程度の小規模な集まりでしたが、私が始めた年には、卒業した先輩も含め、20代の選手中心に大学対抗戦のトーナメントを作るほどになりました。大学別にグループができて、団体戦のような形で盛り上がっていきました。

――パデルの魅力はどんなところにあると思いますか?
まず年齢や性別を問わず、一緒にできるラケットスポーツだという点です。そして何より、パデルにはシングルスがなくダブルスであるため、必ずコミュニケーションをとるので、初めて会う人同士でもすぐに仲良くなりますし、ある程度レベルを分けてお互いに壁なく楽しむことができます。
私は始めてからすぐにパデルが好きになり、大学生のときに本場のスペインに修行に行きました。現地の文化や競技レベル、パデルの本質を自分の目で確かめに行ったところ、現地ではパデルが地域に根付いていることを知りました。どんなパデルクラブにもレストランやバーがあり、スポーツ・食事・コミュニティが和気あいあいと繋がっている様子に衝撃を受けました。私自身、医療やヘルスケアを学んできた背景があり、日本の生活習慣病やハードワークな労働環境、都市部で希薄になった近所付き合いなどの課題を感じています。それらの距離が縮まり、街が元気になってほしいと思っており、パデルはこうした想いを繋げてくれる競技だと感じています。パデルをしながらバーベキューやパエリアを楽しむ。プレーした後にはみんなで食事や飲み物を共にし交流するなど、食とスポーツを融合させたソーシャル(社交)の部分に、大きな魅力を感じています。
――交流の場にもなっているとのことですが、パデル選手以外の関りはありますか?
パデルは、テニスやサッカー、F1といった他競技の選手や俳優・歌手、ビジネスシーンでの交流だけでなく、時には海外の国王や行政機関の取り組みにまで関わるなど、普段会えないような多様な人々と国内外で急に繋がれる魅力があり、そうしたパデルを通じた繋がりや国によるスポーツの捉え方・文化の作り方の違いを実感することは、自身にとっても非常に面白く日々たくさんの勉強になっています。
――競技(プレー)面におけるパデルの面白さを教えてください。
パデルを始める入口としては広く、ラケットも小さく当たれば飛んでいくので、1時間ほど基礎を学べばすぐにゲームもできるようになります。競技としては、コートの周りがガラスの壁で囲まれているので、強いスマッシュを打っても、壁に跳ね返ってチャンスボールとなってしまうなど、一瞬で攻守が変わることもあります。ショットの種類がたくさんあり、ペアとどのように試合を作るのか、相手とのやり取りも含めて将棋やチェスと言われることもあります。1個1個の戦術が繋がって1ポイントになる『押し引き』のようなゲーム性が非常に面白く奥が深いです。

――観戦する際のポイントを教えてください。
パデルは壁に囲まれたコートで行われますが、プロの試合では壁を越えて外に飛び出したボールを追いかけてコート外から打ち返す場外プレーが認められています。決まったと思った瞬間からでも目まぐるしく攻守がひっくり返る、驚きとエンターテインメント性に満ちた大逆転のラリーは必見です。また、常時ダブルスで行われるパデルでは、プレー中もペアの間で相手の立ち位置や次の動きの指示が非常に短い言葉で絶え間なく交わされています。他の競技にはないこの独特な超高速のコミュニケーションに耳を傾けてみると、試合観戦がさらに面白くなると思います。
――ご自身の「ここを見てほしい」という得意なプレーはありますか?
男性に比べるとスピードや力強さは劣りますが、女性のパデルはラリーが長く続く分、ショットのセレクションや緩急の使い方が重要になります。私はその中で、立体的なロブで時間を作り、緩急とダイナミックさを意識したアグレッシブで魅せるプレーを心がけています。女性選手の中でも、そこは少し優れている方かなと思っています。

――医療職を辞めて、海外でプロになるという大きな決断に踏み切った理由を教えてください。
まだ道筋がないマイナーだったパデルだからこそ、『誰もやったことない道に挑戦して失敗や成功を積み重ねて道を作っていくしかない』という挑戦への大きな価値を感じ、自分の姿を通して次世代の若い選手たちの選択肢を広げたいという強い思いが第一にありました。競技を始めて1年ほどで全日本優勝や日本代表を経験して短い期間での成長が自信になり、実際に海外への修行で世界のレベルを見たことで、自分の可能性をもっと広げて追求してみたいと考えました。さらに、コロナ禍で医療職としての働き方に大きな制限や激しい葛藤を経験する中で、もっと国際的に活躍したいと思ったときに、この働き方では難しいなと痛感し、パデルという競技を大きくするためにも、自分が選手目線でできることを信じてこの決断に至りました。

――子どもや初心者がパデルを始める際、どんなアドバイスを伝えますか?
まずは楽しむことです。どんなスポーツも好きじゃなければ続けられないと思うので、とにかく楽しんでほしいです。パデルは、やってみたら『意外とできた!』という小さなステップをたくさん積み重ねられる競技です。できたと思ったらまた次の課題が見える、その『できる・できない』の繰り返しにみんなでハマっていけるのがパデルの素晴らしいところです。
――競技の発展に向けて、今後どのようなビジョンをお持ちですか?
選手としてパデルの魅力を伝えるプレーや誰もが挑戦できる体験の場を届けていくだけでなく、将来的には学校の部活への導入や奨学金制度の設立などを通して、親御さんが『パデル、やってみたらいいんじゃない』と背中を押せるような、子どもたちや若い世代がより始めやすい社会を作っていきたいです。
小澤 琴巳(おざわ ことみ)
1998年生まれ、鹿児島県生まれ、静岡県育ち。5歳からテニスに親しみ、慶應義塾大学在学中の21歳でパデルと出会うと、その才能を一気に開花させ最年少で日本代表に選出。2021年・2022年の世界選手権に日本代表として出場したほか、国内最高峰の全日本パデル選手権では2度の優勝を果たす。大学病院で看護師・助産師としてフルタイム勤務を続けながらトップ選手として活躍した異色のキャリアを持ち、現在は仕事を退職してアジア人女性初のプロパデル選手として本場ヨーロッパでの長期海外遠征を経て、現在はアジアを中心に世界トップツアーへ挑戦中。非オリンピック競技の壁や環境の差に臆せず「アジアから世界トップ100入り」という前人未到の夢に向かって突き進む姿は、日本パデル界のみならず多くの人々に勇気を与える精神的支柱となっている。
注記載
※本インタビューは2026年6月4日に行われたものです。