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2026.07.09 Milano Cortina2026 Medalists’ Voices

栄光をつかみとった絆
りくりゅうペア、7年の歩みが結実した金メダル
(三浦 璃来・木原 龍一)

三浦 璃来・木原 龍一(スケート/フィギュアスケート ペア)

運命の出逢いから7年。数々の苦難を乗り越えてきた「りくりゅう」ペアがミラノのリンクで見せた魂の演技は、彼らを大逆転の金メダルへと導いた。世界最高のパートナーとなった二人の本音に迫る。

想像もしなかった金メダルの高み

――メダル獲得おめでとうございます。団体では銀メダル、そして、ペアでは金メダルでした。

<二人> ありがとうございます。

――日本では、お二人の活躍が大変大きな話題として取り上げられています。

<二人> へー!

<木原> ミラノにいると、全く実感が湧かないですね。

<三浦> 本当に全然ないです。

<木原> でも、ありがたいことですね。

――ペアフリーでは世界歴代最高得点での金メダルでした。改めてどんなお気持ちですか。

<三浦> 試合が終わってから1時間しか寝られていないので、現時点では本当に実感が湧いていないです。ショートプログラムの大きなミスから立て直すことができて、「諦めなければ夢をつかむことができるんだ」と思いました。フリーで自己ベストの得点が出るとは思っていませんでしたが、出すことができて良かったです。

――本当に素晴らしい演技でした。木原選手はいかがですか。

<木原> 僕も1時間も寝られませんでした。試合が終わって1時間も経っていなくて、寝ようとしても、興奮のせいなのか、生活リズムの乱れなのか分からないですが、全く寝られないまま今に至るので、まだ実感がないです。記者会見や取材を受けていて、自分たちが金メダルをとった実感がようやく少しずつ湧いてきているところです。

――2019年に、三浦選手が木原選手へ声をかけに行ったところからお二人のストーリーが始まったと伺っています。三浦選手はどのような思いで木原選手を訪ねていったのでしょうか。

<三浦> どんな思いだったんでしょうね。9歳年上ですし、しっかりと敬語でお話ししたことは覚えています。ただ、龍一君の人柄も知りませんでしたし、強面なフェイスじゃないですか(笑)。

<木原> 強面ではないよ!(笑)

<三浦> 怖い人というイメージがすごく強くて、声をかけることも躊躇しました。共通の友人だったアイスダンサーの小松原美里ちゃんから「龍一君ってすごくいい人なんだよ」と背中を押してもらったことが、龍一君に声をかけるきっかけになりました。

――それに対して木原選手はどのように感じていらっしゃったのですか。

<木原> トライアウトをしたのですが、その時に直感的に「絶対これはうまくいくな」という感覚がありました。ですから、そのお話をいただいた時に、やっぱりお互い一緒に滑るべきだろう、一緒にチームを形成するべきだと感じました。

――そうやってお互いに「この人だ」と直感した時点で、オリンピックでメダリストになる、金メダルをとるというところまでのイメージが湧いたのでしょうか。

<木原> イメージ……

<三浦> そこまでは全然なかったよね。

<木原> 結成して1年目だったと思いますが、コーチから「お前たちは、すぐ世界トップに入れる実力を持っている」と言われました。ただ、その時点ではそういう未来までは思い描けなかったというのが正直なところです。「本当に?」と疑っていたというのが、二人の率直な気持ちだったと思います。

数々の壁を乗り越えて

――金メダルを獲得したペアの試合からお聞かせください。鍵山(優真)選手や佐藤(駿)選手にお話をお伺いすると、シングルは「団体とは違って仲間たちがいなくて寂しかった」とおっしゃっていました。お二人はその点いかがでしたか。

<三浦> 4年前の北京2022冬季オリンピックでそのことを本当に痛感していたので、今回も絶対そうなるだろうなとは思っていました。ですから、チームボックス(団体でチームメイトが応援していたスペース)があった場所に、TEAM JAPANのみんながいるとイメージして滑っていました。

――木原選手から先ほど話がありましたが、ショートプログラムのリフトでミスが出て、5位スタートとなりました。リフトは得意だったはずですが、振り返ってみてどのような部分が問題だったのでしょうか。

<木原> 言い訳ではないのですが、テクニカルエラーというより、衣装のスカートとパンツの部分が滑ったんですよ。本番でその土台がずれ落ちるようなリフトになってしまいました。技術的に失敗したリフトではなかった分、ショックが大きかったですね。なんともやるせなく、心にすごく響いてしまったというのが正直な気持ちでした。

――三浦選手は、どう受け止めていたのでしょうか。

<三浦> このようなミスはいままでになかったです。手が滑って失敗してしまった時に、「ここからは完全にノーミスでいかないと上位に残ることはできない」と思って、でもそこですぐ切り替えられたことはこれまでの経験が活きたところだと思います。

――そして迎えたフリーでは、世界歴代最高得点の完璧な滑りでした。三浦選手はどのようなことを考えながら滑っていたのでしょうか。

<三浦> 龍一君は、フリーの当日練習からずっと大泣きしていたんですけど、私は「自分が強くならなくては」と思って、逆に自信を持って挑んでいきました。最初から最後までオリンピックを楽しんで終わりたいと思っていたので、ショートプログラムの失敗はすべて忘れて、今日はとにかくフリーを楽しんで滑ろうと。私たちらしい滑りができて、本当に良かったなと思います。

――木原選手はいかがでしたか。終始、泣き顔が強く印象に残る一日でした。

<木原> 十数年分の思いが詰まっていた分、「ショートプログラムで全部終わってしまった」という気持ちが出てしまいました。でも、フリーが近づくにつれて、璃来ちゃんだったり、コーチだったり、トレーナーだったり、本当にたくさんの方々が僕の心を立て直してくれました。
 本番では、意外と冷静でした。フリーの際に自分たちが気をつけないといけないことを一つ一つ気にかけながら集中できていたかなと思います。

――本当に素晴らしい滑りでした。表彰台のてっぺんから見えた景色はいかがでしたか。

<三浦> 二人で組んで7年間、壁にぶつかってうまくいかないことだらけでした。でも、それがあったからこそ、ここまでたどり着けたという思いが一番強かったです。

<木原> 本当に璃来ちゃんと同じです。

Naoki Nishimura/AFLO SPORT

みんなでつかんだ団体銀メダル

――団体の話も伺いたいと思います。TEAM JAPANの決起集会で、木原選手が「ちょっとまじめに一回締めてもいいですか」といって、みなさんを鼓舞する声かけをしていた様子を拝見しました。TEAM JAPANのメンバーに対してはどんな思いをもっていたのですか。

<木原> 僕自身4度目のオリンピック、4度目の団体戦でした。団体ができた当時から参加させていただいてきましたが、最初の2大会は、TEAM JAPANの力になることができず、シングルの選手たちに助けていただく機会の方が多かった。北京2022冬季オリンピックからは、もっと力になりたいという思いを持って大会に出場してきました。4大会経験させていただいたからこそ、今大会は「チームの力になりたい」という気持ちが一番大きかったと思いますし、今回のメンバーはいろいろな意味で本当に最強だと思える絆もありました。僕はキャプテンでもなく、自分が出過ぎたことを言うのも変かなとは思いましたし、普段ふざけていることも結構多かったのですが、そういうことを自分の中で強く感じていましたし、僕の正直な気持ちは共有したいと思ったので、ああいった形で伝えさせていただきました。

――鍵山選手や坂本(花織)選手がつくり出していた雰囲気もそうかもしれませんが、チーム全員の表情が明るかったですよね。観ている私たちもTEAM JAPANの一員のような気持ちで応援していました。どんな気持ちで戦っていたのですか。

<三浦> 本当に心から「みんなの力になりたい」と思って滑りました。最初のアイスダンスから、うたまさ(吉田唄菜選手・森田真沙也選手)の二人がすごくいいバトンをつなげてくれて、私たちもその流れに乗ることができて、次につなげることができました。最後の最後は駿君の強い気持ちの演技で、本当に感動しましたね。全員がベストの演技をできて、みんなでつかみとった銀メダル。本当に心からうれしかったです。

――今大会は、前回大会の北京2022冬季オリンピックの繰り上がりの銀メダルとは違い、最後の最後まで金メダルを競っての銀メダルでした。そのお膳立てしたのがお二人の演技だったと感じます。お二人を皮切りに、TEAM JAPANがトップの得点でバトンパスをしていったというのがすごく大きかったですよね。

<木原> いえ、本当にみんながいいバトンをつないでくれました。チーム全員が頑張って一丸となって勝ちとったメダルだと思います。誰か一人が頑張ったわけではなく、全員でつないでとったメダルだったと思います。

Enrico Calderoni/AFLO SPORT

すべての相性が合うパートナー

――けんかもすると伺ったのですが、宿ではゲームで遊んでいるというエピソードも含めて、お二人の息が合っているところが、日本でも大きな話題を呼んでいます。世界一のこの絆はどうやって築き上げられたのか、この絆を保つためにお互いどのようなことを心掛けているのか教えていただけますか。

<三浦> 先ほどもお話ししたように、龍一君が9歳年上なので、はじめは敬語で気を遣いながら生活していました。でも、彼の人柄もすごく素敵ですし、けんかをしてもその日のうちに謝るといったルールが自然とできあがっていきました。簡単な言葉で片づけてしまえば、「相性がいい」ということ。性格も違うからこそ一緒にいて苦じゃない。スケートもそうですし、本当にすべての相性がいいのかなと思っています。

――木原選手はいかがですか。

<木原> 二人で乗り越えてきた壁が、僕たちの絆をすごく強くしてくれました。これまでの日々の積み重ねを通して、より信頼感が高まってきたと思います。
 あと、お話に出たゲームの話でいえば、お邪魔系カードを使うとゲームを即終了させるということになってしまいがちなので、そういったところのコントロールは大事になるのかなと……(笑)。

<三浦> 違う、違う。ぺアのショートプログラムの日は、龍一君がボロ負けしたんです。

<木原> 自分はボンビーをつけてくるくせに、こちらがつけると……。

<三浦> 違う、違う。この人がキングボンビーをわざと……。

<木原> たしかにミスをしたのは僕なんですが、こういう通り方をするとボンビーがついちゃうということをあらかじめもっとはっきり言ってくれればいいのに……。

<三浦> ほら、すぐ他人のせいにするー!
 キングボンビーをつけると怒って、私のコントローラーを奪ってキングボンビーをつけ返してくるんですよ。

<木原> もう勝ちが確定していたんですよ。だからもう終わらそうと思って……。

<三浦> いやいや、あなたが言うなって!
 ……という、こんな感じのやりとりを、私たちはつねにしています(笑)。

――はい(笑)。途中から全く入っていけなくなりましたが、本当に微笑まし過ぎます。そんなこんなでお時間が来てしまいました。まだまだお話を伺っていたいところなのですが、まずは金メダル、そして銀メダル獲得、おめでとうございます。お二人の宝物をこれからも大切にしていただきながら、ますますのご活躍を祈っております。ありがとうございました。

<木原> ありがとうございました。すみません、ゲームの話で終わっちゃいまして(笑)。

<三浦> 本当にありがとうございました。

Naoki Nishimura/AFLO SPORT

■プロフィール

三浦璃来(みうら・りく)
2001年12月17日生まれ。兵庫県出身。15年、女子シングルからペアに転向、19年に木原龍一選手とペアを結成。21-22シーズンのグランプリシリーズでは、グランプリファイナルの出場権を獲得。初出場となった北京2022冬季オリンピックでは、団体で銀メダルを獲得。ペアではオリンピック日本人ペアとして史上初の入賞となる7位に。同年の世界選手権ではペア日本勢の過去最高成績、自己最高位となる銀メダルを獲得。22-23シーズンには年間グランドスラムを達成した。ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでは、ペアで日本勢初の金メダル、団体で銀メダルを獲得。同年4月、引退を発表。木下グループ所属。

木原龍一(きはら・りゅういち)
1992年8月22日生まれ。愛知県出身。2013年、男子シングルからペアに転向。高橋成美選手とコンビを組み、ソチ2014冬季オリンピックで初のオリンピック出場を果たした。19年に三浦璃来選手と新たなペアを結成。21-22シーズンのグランプリシリーズでは、スケートアメリカ2位、NHK杯3位に。自身3度目の出場となった北京2022冬季オリンピック団体ではSP、FSともに自己ベストを更新し団体初の銀メダル獲得に貢献。22-23シーズンはグランプリファイナル、四大陸選手権、世界選手権で初優勝、年間グランドスラムを達成した。ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでは、ペアとして日本勢初となる金メダルを獲得。また団体でも銀メダル獲得に大きく貢献した。同年4月、引退を発表。木下グループ所属。

Naoki Nishimura/AFLO SPORT

注記載
※本インタビューは2026年2月17日に行われたものです。

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