今年、TEAM JAPANネクストシンボルアスリートに選出された一戸くる実選手。トリノ2006冬季オリンピックに出場した父とともに二人三脚で成長を遂げてきた。笑顔で空を舞うヒロインが語る本音とは。
――TEAM JAPANネクストシンボルアスリートに認定されました。どのように感じていますか。
昨年11月頃、海外遠征中にオンライン面接をしていただきました。歴代のネクストシンボルアスリートはテレビで活躍しているような本当にすごい選手たちばかりです。話すこと自体は好きなので、面接で気持ちは伝えられたかなとは思いつつ、私の成績では「まさか選ばれるはずもないだろう」と思っていました(笑)。期待していなかった分、1月頃に選出されたと聞いた時は、率直にうれしい気持ちと、それ以上に身が引き締まるというか、釣り合うように頑張らないといけないという気持ちの方が大きかったですね。
選手にとって人間力、アピール力、発信力も必要だと思いますが、それも競技力が伴っているからこそ。成績が良くてなおかつそうした部分も備えているから「人間力が高い」といわれるのだと思います。現時点では、成績面で他の選手とはすごく差があると思いますので、ますます頑張らないといけないという気持ちになっています。
――とはいえ、一戸選手のコミュニケーション力は非常に頼もしく感じます。自ら発信することは、幼い頃から得意だったのでしょうか。
スキージャンプの選手は、学校のクラブ活動で始めたり、小学生で始めてから中・高・大学と部活で競技をしたりする人が多いのですが、私は千葉県で育ち、父がジャンプのオリンピアンだったこともあって、父にコーチをしてもらいながら競技に取り組んできました。中学時代はバレーボール部に所属しながら、ジャンプは個人的に練習し試合に出ていました。通っていた高校も、今通っている大学も通信制なので、一般的な「同年代の仲間と一緒に活動する部活」といった形ではなく、大人の方々とジャンプ台で関わるような環境で競技をしてきました。
自分から何か発信していかないと埋もれてしまう環境でしたし、自分で活動報告書をつくってスポンサーを集めるために説明しに行っていたこともあって、必然的に人前で話す力も身についていったのだと思います。元々、人前で話すことが好きなタイプではありますが、そういう環境に置かれていたからこそできるようになったし、ますます好きになったのだと思います。
――ご両親から、そうやって厳しく育てられてきたのでしょうか。
父は、「全部、自分でやりなさい」と厳しく言います。父は元々ジャンプ界にいた人なのでいろいろと教えてもらいますが、大会の申し込みなど、通常は誰かにやってもらいがちなことをすべて自分自身でやってきました。
妹は、「ジャンプはもうやめます」と父に言って競技をやめたのですが、私は父が怖すぎて言い出せずに続けてきた感じです。つらかったこともいっぱいありましたし、他の子たちがやっていないことを求められても困ると思っていたのですが、それに立ち向かってきたから今の私があるともいえます。一周回って今は感謝ですね(笑)。
――逃げ損なって良かったのかもしれませんね(笑)。選手としてオリンピックを体験したお父様がいて、TEAM JAPANネクストシンボルアスリートに選ばれると、オリンピックという大会の現実性が増してくるように感じますが、ご自身の実感はいかがでしょうか。
オリンピックは夢のまた夢みたいな感じでしたが、今年から会社に所属して競技に取り組む中でチームの方向性を含めてミーティングで聞く話や、オリンピックに出場した経験のある選手たちとお会いする機会をいただくと、「自分もその一員になりたい」「TEAM JAPANネクストシンボルアスリートとしてふさわしい人間にならないといけない」という実感が湧いてきました。遠いところから「すごいな」と見ている場合じゃない。自分も本気でその舞台を目指さないといけないと感じます。
――お父様の反応はいかがですか。
はい、喜んでいました。現代のアスリートは、成績だけじゃなく人間力も問われる中で、発信力のある場に参加していろいろな方に見ていただく。一人で夢を追いかけるのではなく、いろいろな人々を巻き込んで夢をかなえていく。そういう期待感も含めて、TEAM JAPANネクストシンボルアスリートに選ばれたことを「いいことだね」と喜んでいました。
――一戸選手が憧れたり、目標にしたりしている選手はいるのでしょうか。
TEAM JAPANシンボルアスリートでいえば、渡部暁斗選手です。ジャンプの世界でも近い存在ですし、成績はもちろん、競技に向き合う姿勢や考え方もすごいなと感じています。こういう注目される場で自分らしく話せるのも、いろいろな経験やさまざまな考えを持ってやってきたからこそと思います。今回のTEAM JAPANシンボルアスリート・ネクストシンボルアスリート認定式では、私も登壇してすごく緊張感を味わったから余計に、改めて人間としての素晴らしさを感じました。
――近いところに、お手本となる先輩がいるのは心強いですね。渡部選手との距離感はどのような感じなのでしょうか。
ジャンプとノルディック複合で種目は違うのですが、ジャンプ台は基本的に同じ場所を使うことになるので、規模の大きな大会に遠征で行った時など、TEAM JAPANとして試合会場や宿で一緒になることもあります。ジャンプ台で話していてもすごいと感じる人ですが、今日のように公式の場で見る暁斗さんは、普段とは違って新鮮な感じがしましたし、改めて多くのメディアのみなさんの前で話している姿を見て改めてすごいなと思いました。
――同世代のTEAM JAPANネクストシンボルアスリートに選ばれたみなさん、とくに異なる競技の選手たちとお話しする場でもありましたね。
テレビで観てきたようなすごい選手たちばかりで、みんなそれぞれ表彰式などで会ったことのある関係だと思うのですが、私は初めてなので、ただただすごい人たちに囲まれて驚いている感じです。みんな、本当にこの世に存在している人たちなんだ、って(笑)。
――でも、そういう仲間を代表してスピーチされていましたよね。
「なんで私なんだろう」と思ったくらいです。リハーサルで急に伝えられて、足もガクガクするほど緊張しながらコメントしていたので、話した内容も全然覚えていないのですが(笑)、無事に話すことができて良かったです。
――全然そんな風に見えなかったですし、すごく堂々として立派でしたよ。一戸選手は、どのようなところがご自身のアピールポイントだと感じていますか。
思いつくことは二つあります。
まずアピールしたいのは、ダイナミックで力強いジャンプです。ジャンプ界の中でも、私は身長が大きい方です。たとえば、ジャンプ競技というと髙梨沙羅選手が思いつきますが、沙羅さんは小柄でスッと飛び出していく感じですよね。私も沙羅さんを尊敬しているのですが、骨格上あの動きはできないので、力強くてダイナミックなジャンプを目指しています。そこをぜひ注目してほしいというのが一つ目です。
もう一つは、ジャンプを楽しんでいるところです。飛ぶ前はさすがに緊張して顔がこわばっているかもしれないですが(笑)、飛んだ後に笑ってカメラに映る事が多いので、その笑顔を「くる実スマイル」と呼んでいただいています。私がジャンプを心から楽しんでいることが伝わるとうれしいので、そこもぜひ観てほしいところです。
――競技をしながら、大学生との両立は大変ではないかと思いますがいかがでしょうか。
元々、早稲田大学に通学するつもりだったのですが、もし大学へ通うことになれば寮に入らないといけないし、私は友達や人と関わるのが大好きなので、それはそれでジャンプ以外の誘惑というか楽しみがたくさんあり過ぎて、競技がおろそかになってしまうと思いました。大学へ行くことを諦めて、企業に誘っていただいたので社会人として競技をやっていこうと考えていたのですが、このタイミングで学びをやめてしまったら、もう一度学ぼうと踏み出すのは大変になるとも思って、同年代が入学する同じタイミングでもし受かれば行ってみようという気持ちでeスクールを受けてみることにしたんです。思い返すと受験も大変でしたが、書類審査と面接だったので、ジャンプをはじめ、これまで競技から学んだことを全力で話して合格することができました。
海外遠征の際には時差の中でレポートに追われることも多いですが、同部屋の先輩がいると部屋でパソコンを打つのもうるさいこともあり、ホテルのロビーにパソコンを持っていって課題と向き合っていることもあります。学業との両立は大変ですが、何もやらないで暇を持て余しているよりタスクがあってこなしていく方が達成感を味わえますし、試合があるからその前にやっておこうと頑張る感覚が嫌いではないので今は大学に入って良かったと思うようにしています(笑)。
――素晴らしいです。過去にいろいろなスポーツをやっていたと聞きますが、それもマルチタスクと向き合うことに活かされているかもしれませんね。
かつて、ジャンプ競技の試合などで学校に行けない中で、体育祭実行委員を務めたことがあったように、学校の中でもできることならいろいろやりたいタイプなんです。みんなの前に出て話すことも好きですし、バレーボール部に入りながら土日はジャンプに行っていたように、さまざまなことに取り組んできました。今年からは、北海道の会社に入社して社員として本格的に競技を始めることになりました。大学もありますが、ようやくジャンプに集中できる環境になったかなと思います。
――ご自身でも話すのが好きとおっしゃるとおり、お話が上手ですよね。ナチュラルに分かりやすい話し方ができるところが素晴らしいと思います。
いえ、ナチュラルじゃないです(笑)。話し上手になりたくて本を読むことも多いです。どう話すと伝わりやすいか。また、相手が話したくなるようにはどのような聞き方をするといいか。話し上手も聞き上手もすごく大事だと思うので、自ら学ぶようにしています。
――なるほど、研究熱心ですね。何かオススメの本はありますか。
どの本に何が書いてあったかは詳しく覚えていないのですが(笑)、いろいろな本に書かれていることは共通していると感じます。
たとえば、質問されたらすぐバッと返すのではなく、一度「そうですね」といって時間をつくり、ちょっと自分の中で整理してから話すとか、先ほどのように二つの答えがあったら「二つあります」と先に結論を伝えてから、その後にそれについて説明をするとか。逆に、最初からダラダラと理由を話して最後に結論を言うと聞いている側が飽きてしまうとか、相手の話を聞く時も目を見てうなずくようにするとか。そのような感じで、強く記憶に残っている方法は取り入れて使うようにしています。
――素晴らしいですね。私も見習っていきたいと思います。ちなみに、プライベートでハマっていること、マイブームなどはありますか。
大学の授業が始まったらジャンプと勉強だけですごく忙しくてなってしまうので、基本的には、長い期間何かにハマるといったことがないんですよね。ただ、授業と授業の合間、夏休みや春休みなどの長期休みになると、編み物をしたり、カメラにハマったり、美容やネイルに力を入れたり……など、手先が器用なことを活かしつつ自分自身でいろいろなことを楽しんでいます。
――いよいよミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが迫ってきました。来年に向けて、今どのような課題意識を持っていますか。
私は比較的身長が高いので、空中を飛んでいる時の空気抵抗を受ける面積が広いんです。身体の大きな人が風を捉える力を持てば飛びやすい。その意味でも、空中の技術が現状の課題です。空中の技術を上げるには滑りが大切。うまく滑るためにはスタートから、……とすべてつながっている話ではあるのですが。ワールドカップを回っていても、同じような飛び出しをする選手と比較してみると、私の方が滑りの動きが良かったとしても、空中の技術があまりうまくないことが理由で世界と差をつけられているように感じています。次の冬に向けては、新しい企業に入社し、新しいコーチとともに挑戦していくことになるのですが、今までやってきたことを継続しつつ、新たな視点からいろいろなことを吸収して、空中技術を中心に力をつけていきたいと思っています。
オリンピックではもちろん最初からメダルを目指したいと思っていますが、オリンピック初挑戦の私が「メダルをとります」と簡単にいえるような甘い場ではないことも分かっています。本当の目標はさらにその4年後だと考えて、今回はまず出場しオリンピックという場を経験して、自分の位置を知り、次に活かすための経験をしたいと考えています。オリンピックに出場するにも、まだメンバーにも入っていない中で日本のトップ4人に入らないといけません。まずはこの4人に入るための技術力と成績を残して、「オリンピックに出ます」と自信を持って言えるくらい自分で納得できるようなジャンプをつくっていきたいと思います。
――イタリアで行われるオリンピックですが、何か特別な思いはありますか。
父がオリンピックに出場したのは2006年のイタリア・トリノでした。ジャンプ台こそ違いますが、同じ国で開催されるオリンピックということでストーリー性も感じています。だからこそ、このオリンピックに出たい。しっかり成績を出して、恩返しをしたい気持ちが強いですし、本当に出られたら感慨深いですよね。
――最高の親孝行を期待しています。最後に、あまり質問されることはないけど、これだけは伝えたいということはありますか。
ジャンプ競技をしていると、私たちが実際にやっている感覚に対して、みなさんは誤解していることが多いと感じます。それが、「怖いでしょ?」と聞かれることです。もちろん、実際あの高さから垂直に落ちたら怖いでしょうけど(笑)。
ジャンプ台を下から見ていると、上から私たちが真っすぐ落ちてくるように見えると思いますが、ジャンプ台を横から見ると、スタートから着地までの長さはすごく長いですし、どちらかというと斜面と並行して飛んで移動していくことになるので思っているほど怖くありません。内臓が浮く感じもないですし、よっぽど飛びすぎない限り着地の衝撃もありません。斜面に沿って、少ない風をちょっとずつもらって、ちょっとずつ飛距離を伸ばしている感じなので、みんなが思うほど危険でもないんですよね。道具も進化して、今は安全性も確保されています。みなさん、助走では雪の上を滑っていると思っているようですが、実際に滑走路にある溝に板がはまっているから転ぶこともありません。真っすぐ下へ縦に滑る動きなので、スノーボードのように回転する競技よりも怖くないですし、危険すぎる競技どころか楽しい競技だと思うんです。
とはいえ、ジャンプはやるのになかなか一歩を踏み出しづらい競技ですよね。道具も必要になりますし、場所もスキー場に行けば飛べるわけでもないですし。そしてやはり怖さもあるでしょうが、実際はそれほどでもないとお伝えしたいです。スピードも速い中で、空中で地に足がついてない状態でいろいろと操作しないといけないので、繊細で難しい競技ではあることはたしかですが、人が空を飛べるダイナミックで面白い競技だと分かってもらえたらうれしいですね。
――なるほど、ありがとうございます。これからも応援していきます。
期待に応えられるよう頑張ります。ありがとうございます!
一戸 くる実(いちのへ・くるみ)
2004年6月20日生まれ。千葉県出身。幼い頃は空手やフィギュアスケートに取り組み、小学5年の時にスキージャンプを始める。トリノ2006冬季オリンピックに出場した父・剛氏をコーチとして競技に取り組む。中学3年時に全国中学校スキー大会で優勝。23年1月、ワールドカップデビューを果たす。同年、早稲田大学人間科学部eスクールに入学。25年、TEAM JAPANネクストシンボルアスリートに選出される。雪印メグミルクスキー部所属。
注記載
※本インタビューは2025年4月21日に行われたものです。
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