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【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】安藤美希子:ここは私の国だ、今日は私の日だ……と安心感や強みを感じていました

2021.11.09  カテゴリ:オリンピック

 JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、東京2020オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。

安藤 美希子(ウエイトリフティング)
女子59kg級 銅メダル

■ケガを乗り越えた銅メダル

――車椅子を使われていますが、足のケガはいかがですか?

 痛いです。ちょっと……いや、かなり痛いです(笑)。

――ケガをされたのは1カ月くらい前ですよね。

 はい、7月の頭ですね。ケガした時は、正直「本当に終わったな」と思いました。

――今は歩くのもつらそうですが、よく試合に出られましたよね。

 試合の時は、歩くのも走るのもしゃがむのもどうにかできていました。試合の時に痛くならないように加減をして練習するのですが、でも、試合でパフォーマンスを発揮するための練習をしていかなくてはいけません。どの程度負荷をかければいいのか、すごく微妙なラインを見極めるのがそれはもう本当に難しくて……。
昨日も、スナッチが終わった時点で、普段の練習であれば「もう痛いからできません。明日できなくなるのでできません」と言ってしまうくらいの痛みで、もう本当に限界というくらい痛かったですね(笑)。

――そんな状態でもジャークに挑まなければなりませんでした。

 もうあと少しだけ、挙げなければいけない。ただそのためにも、痛みはどんどん増していきます。重量も少しずつプラスしていくんですが、重くなればなるほど痛い。「もう無理です」と言いながらも何とか頑張りました。

――最後に挙げた120kgというのは火事場の馬鹿力という感じだったんですか。

 練習で自分がやっていたのは131kgでしたので、膝にケガがない状態であれば全く失敗するような重量ではないんです。練習でも2回、3回と挙げているような重量を失敗すること自体がもう恥ずかしいですよね。できて当たり前ですし、できないわけがないと思っていましたし、メダルもかかっていましたし……。複雑な思いのなかで、何とか銅メダルをとることができたと思います。

――ご自身の体との闘いというところが大きかったですね。

 そうですね。相手は鉄の塊だから何も喋らない。結局はもう自分と闘うしかないという感じでした。

――メダル争いということで考えると、自分が設定する記録をクリアすることはもちろん、ライバル選手たちがバーベルを挙げるか、挙げないかも影響してきます。競技の特性上、「失敗してくれたらいいのに」と相手の失敗を願ってしまう心理の働く競技ですよね。

 そうなんですよ。試合のなかで、ターゲットにする選手というのがいます。事前にスナッチ・ジャークのベスト記録、トータルのベスト記録や平均記録がどれくらいで、どこに特徴があるのかなど、あらかじめ全て調べてデータとして持っています。この選手をターゲットにすると、この選手はおそらくこのくらい挙げてくるだろうから、私はどれくらい挙げなくてはいけないのか、と考えるわけです。
ただ今大会では、ターゲットとして想定していた選手の一人が失格になり、さらにもう一人ターゲットにした選手も成績が振るわず、結果的に想定とは全然違う流れになりました。スナッチが終わった時点で、流れや運が自分に向いているとも感じましたし、「おそらく、今日はメダルがとれるだろう」とは思いました。とはいえ、やはり結局実力どおりにバーベルを挙げられるかということで、その点は結局自分次第ということになりました。

■ネガティブ思考をポジティブに変えて

――リオデジャネイロオリンピックも経験されていますが、地元・日本での開催、東京開催ということで違いを感じたことはありましたか。

 リオデジャネイロオリンピックの時は初参加でしたが、4年後に東京で開催されると分かっていたので、オリンピックという舞台の経験を積むという気持ちで行きました。成績にはこだわりもなくて、本当に純粋にオリンピックに行けて良かったという大会でした。そして今回は自国開催。ウエイトリフティングという競技についても、前回、前々回とメダルを獲得しているその流れをつないでいかなければいけないという気持ちもありました。私自身のなかでオリンピックとの向き合い方が180度違うなか、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で1年延期という出来事もありました。そう考えるといろいろありましたね。
今回、日本に滞在している間の練習拠点だった大学の学生さんたちが、競技会場でボランティアをしてくれていました。彼らが応援してくれるということも知っていたので、ここは私の国で、今日は私の日だ……と安心感や強みを感じていました。

――試合の流れも含めて、自国開催をうまく追い風にできましたね。

 はい。台風も来て、天候までもが「嵐を呼ぶ女」といった感じで味方をしてくれたと思います(笑)。全てをプラスに考えていました。

――ポジティブマインドで考えられるのは安藤選手の長所ですね。

 いえ、実はむしろポジティブに考えるのが苦手なんですよね。すぐネガティブになってしまいます。韓国にいる金度希コーチは私のことを「あんちゃん」と呼ぶのですが、直前に電話したところ、「今日はあんちゃんの日だよ」と言われたんです。だから、「あ、そうだ、私の日だ」と考えるようにして試合に臨んだら、周りの選手たちがバーベルをポロポロと落として、私はメダルがとれてしまった……。そんな感じでしたから、本当に私の日なんだろうなと思いましたね。

――コーチのそのメッセージがすごく刺さったんですね。

 そうですね。試合前、体重の計量をしてから2時間後が試合なのですが、その間は音楽を聞くことにしています。自分で決めた曲のリストで聞いていると、ちょうど1時間前ぐらいになるんですね。その聞いている曲のテンポが、緊張している時はすごく遅く聞こえますし、逆にダメな時はすごくテンポが速く聞こえます。ちょうどいいのがベストなのですが、ある意味こういう曲の聞こえ方も調子のバロメーターになっています。昨日は、イライラしていたのか平常心なのか分かりませんでしたが、とにかく曲に自分が入り込んでいました。もちろん、盛り上がるための曲を自分で選曲しているわけですが、不思議なことに「できそうな気がする」と思えていましたね。

――ちなみに、どんな曲を聞かれるのでしょうか。

 基本的に歌詞がある曲は聞かないんです。歌詞の意味を考えてしまうタイプなので、歌詞があるといろいろ考えちゃうんですよね。私の姉はピアノをやっているので彼女に頼んで弾いてもらった曲だったり、ゲームのサウンドトラックから選曲したり……。最初はゆったり目にして、だんだん激しくなっていくような感じで、約1時間分のリストを作って聞いています。

――それが安藤選手のルーティンということでしょうか。

 そうですね。毎回そうしています。昔は、その空いている2時間で聞けるように曲を選んでいたのですが、自分がウォーミングアップする時間などを差し引いて考えると2時間フルに聞くことはできません。そこで、少しずつ削除していったら約1時間弱の曲数で仕上がり、これが一番しっくりくるという感じになりました。

膝のケガを押して出場した東京2020オリンピックで銅メダルを獲得した安藤選手(写真:アフロスポーツ)

■オリンピック開催への葛藤

――先ほど、新型コロナウイルス感染症拡大の影響についても話が出ましたけど、1年延期してもなかなか収束せず、東京2020オリンピックの開催については賛否両論がありました。安藤選手はそれをどのように受け止めていらっしゃいましたか。

 そもそも練習拠点にしていた韓国から帰らざるを得なくなったのも、新型コロナウイルス感染症拡大の影響でした。延期が決まった当初から中止を訴える意見もありましたよね……。競技者としては頑張ってきたので、もちろん開催してほしいのは当然です。ただ、一般の方の目線で考えた時には、自分の生活の方が大事でしょうし、そんなことに割いている時間はないと考える気持ちも分かります。もし自分に子どもがいたら、その子どもたちの修学旅行などいろいろな行事が中止になっているのに、オリンピックは開催されるといえば疑問を持つのも当たり前かなと思うんです。開催してほしい気持ちもありつつ、でも、中止されても仕方がないという二つの気持ちを持っていて、どちらになってもいいように心の中では整理していたつもりでした。それでも、オリンピックを本当にやっていいのか、やるべきなのか、ということはずっと気になって考え続けていたことでもあります。
代表に内定してからは、中止についてメディアで騒がれようが何も気にならなくなりました。それだけ、自分の心が不安定だったということかもしれません。それまではニュースやインターネットで見たこと全てが気になってしまっていたわけですから。
ただ、こうしてオリンピックが開催されている間も感染者数は増えていますし、いろいろな行事が中止されているのも事実です。私の周りにいる人たちは、私を応援してくれる人しかいないので「開催した方が良い」と言ってくれる人ばかりですけど、開催しない方がいいという方が一定数いるのも事実ですので、開催を喜んでいいのか微妙で、本当に難しいなと思っていました。

――お話を伺っていると、そういう葛藤を通して安藤選手の心が鍛えられてきたように感じます。オリンピックに向かう過程で、ご自身と向き合いいろいろと考えに変化がもたらされてきたのですね。

 仮に、1年前にオリンピックが開催されていたら、果たしてメダルがとれただろうかとも思います。このコロナ禍があって、いろいろな人のいろいろな気持ちだったり、東京2020オリンピックという舞台の中で競技をする理由だったり、そこでメダルをとる価値だったりをよくよく考えました。それによって自分の中でも成長でき、気持ちが落ち着いたのだと思います。

――無観客だったことは影響しましたか。

 無観客だともっとシーンとしているものだと思っていたのですが、案外たくさん人がいましたね(笑)。もっとも、すごく暗くて人はちょっとしか見えませんでしたが。この時代、インターネットが便利に活用できるようになり、いつでもどこでもつながれるようになっています。多くの皆さんがリアルタイムで見て応援してくれていたので、無観客でも良かったなと思いました。

――これまでにいろいろな競技を経験されてきましたが、いろいろなスポーツを体験されたことはプラスに働いていますか。

 おそらく最も活かされているのは、バランス感覚や体の柔らかさなどを身につけた器械体操だと思います。もともと体を動かすことが好きでしたが、もしいろいろなスポーツを体験させてもらったことがオリンピックのメダルという結果につながったのだとしたら、母に感謝ですね(笑)。

――本当におめでとうございます。今後の目標はありますか。

 まずは今年中に結婚したいです(笑)。時期はまだ決めていないのですが、今年はそれが一番の目標ですかね。環境を一新して、今後は二人三脚で頑張りたいなと思います。

――それは素晴らしい。ますます頑張ってくださいね。

 はい、そうですね。ありがとうございます。

(取材日:2021年7月28日)

■プロフィール
安藤 美希子(あんどう・みきこ)
1992年9月30日生まれ。千葉県出身。小学校までは器械体操をし、中学からは陸上競技を始めた。埼玉栄高校に進学し、ウエイトリフティングに出会う。平成国際大学1年だった2011年、全日本選手権に初出場して女子58kg級を日本記録で制した。15年の同大会でも頂点に立ち、この時出したスナッチ(93kg)・クリーン&ジャーク(124kg)・トータル(217kg)は現在も日本記録。16年のリオデジャネイロオリンピックでは、初出場ながら女子58kg級で5位入賞。翌年の世界選手権では4位入賞。19年の世界選手権では、新設された女子59kg級で5位入賞。21年東京2020オリンピックでは女子59kg級で銅メダルを獲得した。FAコンサルティング(株)所属。

成功したらメダル獲得となる最後の試技、120kgを見事に挙げ切った(写真:アフロスポーツ)
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