公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)は11月20日、味の素ナショナルトレーニングセンターウエストで、トップアスリートの就職支援ナビゲーション「アスナビ」の説明会を行いました。
アスナビは、アスリートの生活環境を安定させ、競技活動に専念できる環境を整えるために、アスリートと企業をマッチングする無料職業紹介事業です。年間を通じて「説明会」を複数回実施し、企業に対してトップアスリートの就職支援を呼びかけています。2010年から各地域の経済団体、教育関係機関に向けて本活動の説明会を行い、これまで243社/団体442名(2025年11月20日時点)の採用が決まりました。今回の説明会ではJOC主催のもと、25社33名(うち18社26名はオンライン参加)が参加しました。
はじめに柴真樹JOCキャリアアカデミー事業ディレクターがアスナビの概要を、スライド資料をもとに紹介。アスナビが無料職業紹介事業であることや登録するトップアスリートの概略のほか、就職実績、雇用条件、採用のポイント、アスリート活用のポイント、カスタマーサポートなどを説明しました。
続いて、株式会社河合電器製作所Public Relationsご縁づくり担当の神谷友芽氏による採用事例紹介が行われました。はじめに企業説明を行った後、2023年にアスナビを通じて採用を行った小林かなえ選手(フェンシング)の社内報の作成やSNSの更新作業などといった業務内容や、勤務状況などを紹介しました。続いて、アスリート社員採用の目的および雇用を通じて得られた効果について述べ、さらに入社前と入社後に分けて行ったアスリートを生かすための施策について説明しました。最後に神谷氏は「アスリートが秘めている可能性は無限大であり、今後は地域の子どもたちに向けた体験教室やワークショップなど、アスリートを通じた地域貢献をしていきたいと考えております」とアスリート社員の魅力を語りました。
その後、就職希望アスリート7名(うち2名はビデオ参加)がプレゼンテーションを実施。映像での競技紹介やスピーチで、自身をアピールしました。
■岩本鈴菜選手(フェンシング)
「私が今までの競技人生の中で大切にし、継続してきたことは、静寂の中でも自分を出すことです。試合中、会場には張り詰めたような緊張感が漂い、観客、選手、そして審判でさえも、一瞬の動きを見逃さないように集中しています。その静寂の中で、私はただ技術を出し尽くすだけでなく、自分自身の覚悟を全力でぶつけています。自分の剣に今まで積み重ねてきた努力や挫折、挑戦への思いを乗せ、ここだけは絶対に譲れないと強く訴えながら戦っています。1点を取るために、自分のすべてをかける。その積み重ねこそが、私のフェンシングです。私はこれまで、勝つことだけでなく、どう戦うかについても向き合ってきました。以前の私は、自分のやりたいように戦うだけで、相手を感じることを忘れていました。しかし、フェンシングが静寂の中での対話であると気づいたとき、自分の剣を通じて本当の自分を出す戦い方へと変わっていきました。静寂の中で自分を出すということは、変化の激しいビジネスの世界でも活きると確信しています。常に環境に適応しながら自分の軸を保ち、最善の選択を重ねていく。それはまさに、私がフェンシングで培った力です。また、私は国際大会を通じて、世界中の選手たちと戦い、多様な価値観に触れてきました。言葉も文化も異なる相手と向き合う経験は、競技力だけでなく、人間としての器を広げてくれました。コミュニケーション力、異文化理解、そしてどんな環境にも適応する力は、社会で働く上でも必ず活かせると確信しています。私は、この静寂の中でも自分を出すという姿勢を競技の中だけで終わらせず、ビジネスの世界においても、目に見えない努力を惜しまず、力強く結果を掴みにいきたいと考えています。そして、私が1点にすべてを懸けてきたように、社会の中でも本当に大切な1つにこだわれる人間で在りたいと思います」
■西岡隆成選手(体操/トランポリン)
「私は小学1年生の頃にトランポリンを始めました。2歳の頃から家の近くのスポーツクラブでマット運動を行っていましたが、そこでトランポリンを教えているのを見て、率直に楽しそうだなと思い始めました。家の近くだった事もあり、2歳の頃から週6日通っていました。本格的に結果に結びついてきたのは小学6年生の頃です。ジュニアの全日本大会での優勝をきっかけに、中学3年生ではジュニアの日本記録を出し、高校2年生で初の全日本選手権で優勝、高校3年生で世界選手権2位とワールドレコードを獲得し、大学3年生でオリンピックに出場しました。このようにオリンピックまでは順当に結果を残し、オリンピックのメダル候補としてメディアにも取り上げていただきました。しかし、ここで人生のどん底を味わいます。出場したオリンピックで最下位となり、今まで試合でほとんど失敗することがなかったのですが、オリンピックで予選から大失敗をし、選手村を後にします。今でもオリンピックの記憶が無いほど人生のどん底に落ちました。しかし、この失敗を踏まえて学んだ事があります。それは仲間やチーム、組織の助け合いは時に個人の力を上回るということです。オリンピックに出場するまで、私自身1人が強ければいいのだと思っていましたが、オリンピックを経験して個人だけでできることには限りがあることを身に染みて感じました。今では良い意味で周りを巻き込み、チーム一丸となって物事を遂行する楽しさ、やりがいを感じています。それに加え、自分の強みである小さい頃から培ってきた目標に対する強い意識とそれに対する計画力は誰にも負けないと思っています。今の目標はロサンゼルス2028大会でトランポリン史上初となるメダルを獲得することです。これまでは、学校・クラブ・協会・サポート企業・友人・両親など、様々な方にサポートされてばかりでした。皆さんのサポートは本当にありがたく、これからも必要です。しかしこれから社会人になるにあたり、自分自身が競技をすることで社会や会社という組織の中で自分なりの役割を果たせる存在になっていかなければならないと感じています。もしご採用頂けましたら、今までの経験と自分の強みを活かして、競技だけでなく企業の一員として必ず貢献出来るように、そしてこれから先壁にぶつかる時もあると思いますが、トランポリンのようにむしろ飛び越えるつもりで頑張ります」
■中村優里選手(フェンシング)
「私はロサンゼルス2028大会出場、そしてブリスベン2032大会でのメダル獲得を目標に、日々競技に取り組んでいます。中学3年時にフェンシングを始め、それまでは陸上競技に打ち込んでいました。小学6年生から参加した地元福岡県のタレント発掘事業で『君ならフェンシングで世界を目指せる』というお言葉をいただき、15歳の時に人生を懸けてフェンシングに挑戦することを決めました。高校進学を機に上京し、競技を始めて約1年半で全国4位に入賞。国際大会にも出場しましたが、その後は思うように結果が出ず、学生時代は挫折の連続でした。社会人となった後は滋賀県に所属しながら、海外遠征費をアルバイトで捻出して実戦経験を重ねました。さまざまな国の選手と戦う中で、スピードや瞬発力、フィジカルの強さを軸にすれば力を発揮できると気づきました。その気づきをもとに、課題を1つに絞り込み、身体が自然に動くまで反復する練習法を確立しました。日々のプレーと内面の変化をノートに記録し、映像分析によって得点・失点の傾向を整理しながら改善を続けた結果、昨年の全日本選手権では3位となり、大学卒業時22位であった国内ランキングを現在3位まで上げることができました。そして先月、開催県である滋賀県代表として臨んだ国民スポーツ大会では、優勝することができました。自分のためだけでなく、応援してくださる方々に恩返しをしたいという強い想いが原動力となりました。この経験を通じて、競技力の向上だけでなく、人との繋がりや感謝の大切さを改めて実感しました。フェンシングを通して、どう勝つかだけでなく、どう在るべきかを学びました。信頼される人であることが応援につながり、その応援が新たな挑戦への原動力になります。今後も、技術や成績だけでなく実直に努力する姿で、周囲に勇気を届けられる存在でありたいと思います。ご縁をいただけた際には、選手としてだけでなく、一社員としても、自分を深く理解し、何事にも真摯に向き合いながら最善を尽くすことで貢献してまいります。そして、競技と誠実な行動を通して、会社の魅力や信頼を広められる存在を目指します」
■原口篤志選手(陸上競技)
「私が棒高跳びを始めたきっかけは、小さい頃に見に行った陸上競技の試合でした。生身の人間が見上げるほど高く飛んでいる姿に心が踊りました。棒高跳びを始めた当初は、自分の背丈を越えるのがやっとだった記録が、徐々に上がっていくのが楽しくなり魅了されていきました。高校に入り、本格的に棒高跳びの練習に打ち込み、大台となる5mを跳ぶことができました。大学1年生では、初の海外試合を経験し、普段とは違う環境に圧倒されながらも7位という記録を残すことができ、世界で戦える可能性を強く感じました。大学4年では1人での海外遠征を経験し、様々なコーチとコミュニケーションをとりながらアメリカでの練習を重ねました。その結果、5m57cmの関西学生新記録、近畿新記録を出すことができ、FISUワールドユニバーシティゲームズの出場権も獲得しました。結果は決勝進出止まりでしたが、次の課題や目標に繋げられる経験となりました。私がこれまでの経験を通して培った強みは2つあります。1つ目は、コミュニケーション能力です。海外遠征に行った際には完璧に英語を話すことができない分、積極的に話しかけ、多くの情報や支援を得ることができました。2つ目は、目標に対して諦めずに努力することです。日々練習に取り組む中で、自分の目標に対する課題を発見し、努力を惜しむことなく取り組んできました。私の目標はロサンゼルス2028大会への出場、そして日本人では12年ぶりとなるオリンピックで入賞することです。もしご採用いただけましたら、競技者として競技のレベルを向上させるとともに、自分の明るく行動力のある持ち味を活かし、企業の一員として全力を尽くし貢献してまいります」
■深尾美萌彬選手(カヌー/スプリント)
「私がカヌーに出会ったのは小学1年生の頃です。地元滋賀県の琵琶湖で行われた子供向けのカヌーイベントで、水を感じながら風を切って艇を進ませる楽しさの虜になりました。その楽しさが忘れられず、高校1年生から本格的にカヌースプリントを始め、それ以来ずっと続けています。私の強みは、やると決めたことには、コツコツと継続して努力することができることです。高校卒業後、カヌー強豪校の武庫川女子大学に入学したものの、入学当時は特待生やスポーツ奨学生ではなかったため、練習についていけず、苦しい時期を過ごしました。しかし、早く追いつけるようになりたいという思いから、全体練習だけでなく、自主練習時間を増やし、何が足りなかったか、何を強化すればよいかを自分なりに考え、コツコツと取り組みました。そのようにコツコツと取り組んだ結果、大学2年生の全日本インカレでは目標であった全国大会で初めて優勝することができました。その後は、より視座を上げて、積極的に先輩や後輩とコミュニケーションを取ることを心がけ、より柔軟に練習に取り組んだ結果、3年生と4年生の時にはU23 世界選手権大会に出場することができました。日本代表選手として世界の舞台を経験しことは大きな自信に繋がりました。さらに、先月行われた滋賀国民スポーツ大会でも優勝し、今年は、大きな成長を実感できたシーズンになりました。私の今後の最大の目標はオリンピック出場です。オリンピック出場は簡単な道ではありませんが、私の強みである継続力で努力を積み重ね、競技面と精神面を更に成長させることで必ずオリンピックに出場します。もしご採用いただけましたら、 社員の皆さまとともに成長し、世界に羽ばたく強い選手として活躍できるように努めます。目標に向かって突き進む私の存在が、社員の皆様の活力や感動に繋がればと思います。これからも私は挑戦し続けます」
■松本恋選手・松本隠選手(バレーボール/ビーチバレーボール)※ビデオ登壇
「私たちは姉妹でペアを組み、2026年に地元愛知県で開催される愛知・名古屋アジア大会、ロサンゼルス2028大会で金メダルを獲得することを目標に、毎日トレーニングしています。ビーチバレーはランキングポイント制であるため、出場するためには多くの条件のクリアが必要ですが、まずはポイントを獲得するため、海外の大会に多く出場し、その中で結果を出してポイントを獲得することが大事になってきます。海外ではメジャーなビーチバレーを日本の方々にも知っていただけるよう練習に励み、結果を残していきたいです。そして、ビーチバレーで中部エリアだけでなく、日本を盛り上げていくことが目標です。たくさんの方に応援していただけると嬉しいです」
説明会終了後には、選手と企業関係者との名刺交換、情報交換会が行われ、企業と選手がそれぞれ交流を深めました。
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