日本オリンピック委員会(JOC)は4月25日、日本スポーツ記者協会と共催で「2023年度スポーツジャーナリストセミナー」をJapan Olympic Square 14階「岸記念メモリアルルーム」で開催しました。本セミナーはオリンピック・ムーブメント推進事業の一環として、メディアと国内競技団体(NF)の相互理解を図ることを目的に開催しており、今年度は「スポーツとSDGs」をテーマに、国内スポーツジャーナリストやJOC加盟団体関係者などオンサイト、オンライン合わせて約100名の参加がありました。
はじめに、日本スポーツ記者協会の津崎勝利会長が登壇し、「この一年余り新型コロナウイルスのパンデミックに加え、ロシアによるウクライナ侵略のニュースに接し、生命の尊厳について考えさせられることが多々ありました。生きること自体が容易ではない時代の中で、スポーツは筋書きのないドラマを見せてくれる喜びや、マスクを外して身体を動かす喜び、また国境を越えて人々が理解し合える喜びというものを提供してくれているのではないかと思います。この難しい時代だからこそ、スポーツが希望の光をもたらしてくれるものと期待しています」と挨拶しました。
■第一部 基調講演「社会課題解決の手段としてのスポーツ」
第一部の基調講演ではJOCハイパフォーマンスマネージャーであり、JUDOs理事長も務める井上康生氏、モデレーターに共同通信社編集局運動部の田井弘幸氏を迎え、「社会課題解決の手段としてのスポーツ」についてトークセッションが行われました。
はじめに井上氏より柔道を始めたきっかけや11歳の頃に初めて出会ったJOC山下泰裕会長とのエピソードが披露されました。続いて引退後にJOC在外研修プログラムで参加した英国留学について話が及ぶと「自分自身を見つめ直すことはもちろんですが、日本から見る世界観や世界から見る日本観、日本から見る日本観や世界から見る世界観の視野を広げるきっかけになりました」と振り返り、「日本の強みをしっかり見ることにより、弱みは何なのかということを感じることができました。その視点を持った上で、世界とどのように我々は戦っていかなければいけないのか、世界はどういう視野のもとで世界を見たり、日本を見ているのかということを考えられるようになりました。単に一つの点の視点ではなく、多角的に物事を見る視野が広がった機会でした」と話しました。
次に“子どもたちのスポーツ離れ・次世代育成”という課題について井上氏は「私自身、柔道を通じて、勝つまでのプロセスを大事にする心や勝った後に驕らずに行う精神、また逆境や挫折を味わった時にどう乗り越えていくかというレジリエンス能力、生きていくために必要な要素を、柔道、スポーツから学ばせていただいたので、より一層、我々がフォーカスしなければいけない部分は、勝った、負けただけでなく、幅広い視野のもとで取り組むことが重要だと感じています」と話し、続けて自ら足を運んで各世代の大会を現場で視察することの目的と狙いについて説明しました。
そして、SNSが発達する現代において人と人とが会うことや話すことの重要性や意義、リモート取材とコロナ禍前の取材形式を比較して変わった点、また、過去の取材で印象深かったエピソードを振り返り、コロナ後のスポーツとの向き合い方について「これからスポーツの形というものも変わっていくのではないかなと感じるところがあります。スポーツは人と人との繋がりを持つ、例えばライバルが自分自身を成長させてくれるという効果もあれば、それだけでなく、私も世界に行くと本当に多くの方々が今でもいろいろとサポートしてくださる環境があります。それはスポーツが持っている大きな力でもあると感じています。言葉の壁や宗教だとか、さまざまなものを全て取り払った上で繋がれる力という、そういう魅力をこれからも維持しつつ、より発展していけるように取り組んでいく必要があるのではないかなと思います。今の形が全てとも思っていませんし、より一層、社会の背景というものを見ていきながら、形作りしていけるといいかなと感じています」と意見を述べました。また、他競技や他分野との関わり合いについて質問が及ぶと、「スポーツ界で横のつながりを持った上で、国内だけでなく、世界の視野を持って取り組むことが重要だと感じています。また、今のスポーツ界には、スポーツだけの枠組みではない世界観が広がっていっているので、いろんな視野を持った上で繋がりを持ち、活性化していけるかという視点をこれまで以上に持つべきだと思います」と話しました。
最後に、スポーツがこれから世の中に果たす役割について、「直近ではWBCやサッカーのワールドカップで本当にたくさんの方々、他競技の選手たち、コーチ、監督、関係者の方々も大きな刺激を受けた部分があると思います。そのような魅力をより一層伸ばしていくと同時に、運営の仕方やスポーツの普及的な観点の中で、健康や食事、運動、教育でもスポーツが何かの役に立てる部分があるのではないかと感じます。その点をより一層、我々が取り組んでいきながら、皆様にスポーツの魅力を感じ取ってもらえるよう努めていかなければいけないと思います」と話し、第一部の基調講演が締めくくられました。
■第二部パネルディスカッション 「スポーツにおけるSDGsについて考える」
第二部のパネルディスカッションでは、第一部に続き井上康生氏、独立行政法人国際協力機構(JICA)青年海外協力隊の勝又晋事務局専任参事、パラトライアスロン競技パラリンピアンの谷真海氏、公益財団法人日本財団ボランティアセンターの二宮雅也参与、読売新聞社の結城和香子編集委員によるパネルディスカッションが行われました。冒頭、モデレーターの日本スポーツ記者協会の正田裕生事務局長より「スポーツにおけるSDGsについて考える」という本日のテーマに合わせて、2015年に国連サミットで採択されたSDGsの歴史や設定された17のゴールと169のターゲットの中からスポーツと関連性の高い項目の内容について説明がなされました。
続いて、各パネリストが自身の活動を踏まえ、これまでスポーツとどのように接し関わってきたか報告され、パネルディスカッションが進行しました。
勝又氏からは、日本の開発協力の重点課題の一つとして、スポーツと開発という形で位置づけられていることに触れ、JICAがスポーツと開発ということに取り組む背景として、スポーツの持つ三つの特性、①する、見る、支えるという多様な楽しみ方ができるという点、②人々に楽しさや熱狂、感動といったようなものをもたらし、多くの人を引き付ける力、③言葉や文化、宗教などの社会的背景の異なる人や地域、これを繋ぐ力を挙げました。その上で取り組み実績として、南スーダンでの国民スポーツ大会の開催支援の事例として、半世紀に及ぶ内戦を経て独立した後の予断を許さない状況の中で、南スーダン政府がフェアプレイ精神に則り、スポーツを通じて南スーダンが一つになることを国民に呼びかけたいという思いを実現させるべく、JICAが全国スポーツ大会ナショナルユニティデー開催を2016年から支援し、大会だけでなくて、合宿生活やワークショップも織り込む中で、州や民族を越えた多様性の価値を認めて共存に繋がる大会になっていること等が紹介されました。井上氏からは基調講演を受けて、海外との交流や国際貢献について自身の経験を振り返りながら、競技の価値を高めていくことやそれを様々な活動の中で伝えることの重要性について意見が述べられました。
パラリンピアンで気仙沼市出身の谷氏からは、2013年の東京2020大会招致の最終プレゼンテーションでスピーチを行った経験や、3.11やコロナ禍でスポーツの力やその価値について改めて考える機会になったことに触れると、パラスポーツこそダイバーシティinclusionに貢献していけると強く思うようになったこと、パラリンピック・ムーブメントを推し進めることで、17のSDGsの課題のうち、11に貢献できること、東京2020大会で生まれたこの動きを止めないことが大事であると述べました。
二宮氏は日本国内でのボランティア活動の変遷や海外のボランティアの価値観との違いや、東京2020大会のボランティア活動について触れると、オリンピックのようなボランティアに参加することは、多様性を具体的に体感しながら一緒に活動することであり互いを認める重要なきっかけになること、オリンピック、パラリンピックにおいてアスリートだけでなくボランティアに様々なアプローチをしていくことで、その大会を通じたイノベーションが可能であることを今回実現できたことなど、社会的包摂をボランティアの側面から広められた成果や手ごたえについて述べられました。
結城氏からは、2000年頃からIOC「アジェンダ2020+5」までのスポーツの価値や社会との関わりについて模索が続けられてきた歴史や、ジャーナリストの立場で北京冬季パラリンピックで取材したウクライナ選手や国際パラリンピック委員会会長へのオンラインインタビューから垣間見たスポーツが社会にもたらす価値について紹介した上で、大会後もレガシーを育んでいくためにも、前提となるインテグリティがいかに重要かということ、一方で東京2020大会を通じてスポーツ界がスポーツの価値についてより深く考える機運が出てきていると述べました。
続いて「スポーツとSDGs」のテーマにおいて、それぞれの活動をより継続して広げていくにはどのようにすればよいかという質問について、勝又氏は「スポーツはいろんな方々に訴える力が強いと考えており、JICAの取り組みにスポーツの訴求力を生かしていき、多様なパートナーシップを結ぶことが可能だと思います。SDGsの17のゴールの中の17番目がパートナーシップとなっていますが、スポーツと開発に取り組む上で我々はパートナーシップを重視していきたいと思っています」と答えました。
次に東京2020大会で大きく定着したボランティア活動をどのようにレガシーとして残し、広めていくか、という点について、二宮氏は「コロナが明けつつある中で東京2020大会の経験が、またうねりとして上がってきていると感じます。スポーツに限らず、このエネルギーを各方面に展開していくことが、SDGsの様々な目標に貢献できるのではないかと考えています。課題として、10代・20代の若い人たちがなかなか参加できないという部分がありますので、若い人たちに対し、体験と教育を実践していけるような活動を展開しながら新しい社会貢献ができればと考えています」と話しました。
その後、スポーツ界に何が求められているのか、という点について井上氏は「皆さんのお話を伺って、多くの方がスポーツを心から愛し、皆さんが素晴らしい活動を着々とやられていると感じていますので、これから先もそれぞれの立場で意識を高めていきながら、やれることを一つ一つ積み上げていくことがスポーツ界において大きな変革となっていくのではないかと感じています。しかし、まだまだ課題というものは山積みであると思いますし、より一層、個々の立場のもとで横連携というものをしっかり図った上で、全体でスポーツの価値を高めていけるようにしていくことが重要になってくると感じています」と述べました。
続いて谷氏に対し、パラリンピックアスリートとしてどのように感じている点についてと投げかけられると「私が強く記憶に残っているのは2012年のロンドンパラリンピックなのですが、あの大会は過去最大で素晴らしく、パラリンピック・ムーブメント自体を大きく引き上げた大会だったと思っています。東京2020大会はコロナ禍ということもあり、不完全燃焼な部分もあったと思うので、このムーブメントを継続していくこと、そして経済成長においても、多くの方の意識を変えていく、正しい理解を育んでいくというところでも、スポーツというのは欠かせないツールです。井上さんがおっしゃっていたように、これからは横の連携を通じて、オリンピック、パラリンピック、そしてメディア、企業、地方と、みんなが手を組み合って、引き続きスポーツの力を社会に還元していくという意識を持って活動していけたらと思います。」と答えました。
最後に結城氏に対し、これまでの討議のまとめが求められると「私の考えというより、SDGsには根幹となる五つのPというものがあるそうです。その五つのPというのは“People・人”、“Prosperity・繁栄、深い意味での豊かさ”、“Planet・地球”、“Peace・平和”、そして“Partnership・パートナーシップ”だそうです。これらは実はスポーツの中にも多々あるものだと気付かれると思います。スポーツの価値とは何なのか?スポーツは多くの人を惹きつけ、一つにする。その根幹の価値に楽しさがあり、ただ楽しいというだけではないもっと深い意味があると思います。スポーツには人間性を魅せるドラマや涙や喜び、苦悩があり、それに私たちの心が共感し、その中核に選手たちの姿、輝きがあるのだと思います。選手たちが活躍する大きな舞台というのは、オリンピック、パラリンピックを筆頭にスポーツ大会であり、その一番根底にあるのは、実は選手たちの輝きであり、人間であるということを忘れずに、スポーツというものが持つ本当の姿、これをある意味で突き詰めて、日々の是々非々の原稿で生かしていただければと思います」と話して第二部のパネルディスカッションを締めくくりました。
閉会の挨拶ではJOC常務理事の籾井圭子氏より「今日は『スポーツとSDGs』というテーマを通じてさまざまなスポーツの魅力について、それぞれのお立場からお話をいただきました。そして、スポーツの魅力が多様だからこそ、スポーツ界がスポーツ界の中だけで閉じるのではなく、社会としっかり繋がって社会に還元していくことが必要だということが、今日いただいたメッセージかと思っています。スポーツを取り巻く環境が厳しい中だからこそ、東京2020大会のレガシーも含めてスポーツの魅力について、一人ひとりがそれぞれの立場から何が魅力なのかというのを考え、発信していくことの重要性を改めて感じました。加盟団体の皆さん、本日ご出席いただいた記者会の皆さん、スポーツ界の外で色々な活動をされている皆様と連携しながら、しっかり今後の発信に取り組んでいければと思います。それらがJOCの活動指針に掲げるスポーツを通じた社会貢献ということに繋がっていくと思いますので、単に横串を刺すだけではなく、自分たちの活動としてしっかり取り組んでいきたいと思っています。引き続きよろしくお願いします」と締め、セミナーが終了しました。
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