ニュース

JOCの就職支援「アスナビ」:企業説明会を実施

2022.10.04  カテゴリ:就職支援

 日本オリンピック委員会(JOC)は9月21日、味の素ナショナルトレーニングセンターウエストで、トップアスリートの就職支援ナビゲーション「アスナビ」の説明会を行いました。

 アスナビは、アスリートの生活環境を安定させ、競技活動に専念できる環境を整えるために、アスリートと企業をマッチングする無料職業紹介事業です。年間を通じて「説明会」を複数回実施し、企業に対してトップアスリートの就職支援を呼びかけています。2010年から各地域の経済団体、教育関係機関に向けて本活動の説明会を行い、これまでに213社/団体345名(2022年9月21日時点)の採用が決まりました。
 今回の説明会ではJOC主催のもと、14社15名が参加しました。

 最初に主催者を代表して岩渕健輔JOC理事が、アスナビ説明会が開催されることへ感謝の言葉を述べました。続けて自分自身が現役だった時にさまざまなサポートを頂いたことを振り返りながら、「どの競技にしても、選手たちは生活基盤や経済基盤などをサポートして頂くことでパフォーマンスを発揮して活躍することができます。ぜひとも皆様にはTEAM JAPANの一員となってアスリートを一緒に支えていただきたい」とアスリートの採用を呼びかけました。

プレゼンを行った5選手。左から大山廉織選手、小林かなえ選手、永野元佳乃選手、戸松大輔選手、田中大貴選手、(写真:アフロスポーツ)
岩渕健輔JOC理事(写真:アフロスポーツ)

 続いて、中村裕樹JOCキャリアアカデミー事業ディレクターがアスナビの概要ならびに、過去にアスナビを通じて採用されたアスリートと採用企業の担当者のコメント、アスリート採用を呼びかけるメッセージなどを動画で紹介。さらに資料をもとに、登録するトップアスリート、就職実績、雇用条件、採用のポイント、アスリート活用のポイント、カスタマーサポート、これからの進め方などを説明しました。

 続いて、フェンシング(エペ)の黒木夢選手を採用した株式会社タマディックの管理本部人事部広報Gr尾上宗治氏がトップアスリート採用の体験談を紹介しました。タマディックは、FAエレクトロニクスなどの設計/開発の会社で、アスリート採用は今回の黒木選手が初めてでした。黒木選手には原則、競技練習に専念してもらい、一般社員の労務規定で調整が難しい部分は個別に対応し、業務では社内報やSNSでの連載を担当したり、新年会などの社内イベントに参加するなど、積極的に社員と交流してもらっていることを話しました。それにより社員からも積極的な働きかけがあり、フェンシングの全日本選手権ではバルーンや横断幕の応援をしたり、自社の技術を活かして選手の競技用具(ヒルト)を製作するなど、アスリート選手を中心に会社として一体感が醸成されていったエピソードを紹介しました。最後に、選手というフィルターを通して接するスポーツは新しい発見ばかりなので、ぜひアスリート採用のご検討を、と呼びかけていただきました。

中村裕樹JOCキャリアアカデミー事業ディレクター(写真:アフロスポーツ)
株式会社タマディックの管理本部人事部広報Gr尾上宗治氏(写真:アフロスポーツ)

 次に、オリンピアンからの応援メッセージとして、体操競技・あん馬で2013年世界体操競技選手権で金メダル、2014年団体で銀メダルを獲得、東京2020オリンピックでは種目別あん馬に出場した、亀山耕平氏が登壇。亀山氏は選手時代の体験談と、直近で自身が指導者として経験したことを振り返り、「アスリートは目標設定と達成経験がとても多い。だから圧倒的な達成力があります。方法を教えれば成果を出す力があり、仕事においても価値と見通しを伝えれば負けない力がある」と強調しました。また、就職を希望するアスリートに向けて、「競技人生は学びが多く、アスリートには達成力が備わっている。あなた方は日本の宝であり可能性しかないから、自信をもって今に打ち込んでほしい」とエールを送りました。

 その後、就職希望アスリート5名がプレゼンテーションを実施。映像での競技紹介や自己PRスピ―チを行いました。

■永野元佳乃選手(アイスホッケー)

現在、私は西武プリンセスラビッツに所属し、日本代表スマイルジャパンにも選出され、日々、競技に取り組んでいます。私は、小学1年生の頃にアイスホッケーと出会い、2006年トリノオリンピック最終予選の女子アイスホッケーの試合に刺激を受けて、将来オリンピックに出場して活躍したい夢が芽生えました。その夢は、15歳でU18に選ばれて、世界選手権の経験を経てから、明確な目標に変化しました。私のモットーは、競技中、チームの中でミスがあれば、その分、私が必ず取り返すという強い執念を持ってプレーすることです。先月、デンマークで行われた世界選手権では、スウェーデンに3-0で得点を追う形になったのですが、最後まで諦めず戦い抜くことで、最終的には5-4で逆転勝利。私たち日本代表は、歴代最高順位の五位という結果で終わることができました。今後は自分の強みを活かし、2026年ミラノオリンピックに出場し、上位入賞を目標に活動してまいります。今回、サポートを頂ける企業様には、チームプレーで培った協調性と目標を達成する力を強みに貢献させていただきたいと思います。採用のご検討よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

元体操競技選手のオリンピアン・亀山耕平氏(写真:アフロスポーツ)
永野元佳乃選手(写真:アフロスポーツ)

■戸松大輔選手(アーチェリー)

私は10歳の時、兄の影響でアーチェリーを知り、静寂の中、放たれた矢が10点に吸い込まれていく感覚がとても楽しく、魅了されました。高校生では史上二人目となるインターハイ三連覇やアジアカップ優勝などの良い成績を収め、東京オリンピック出場も夢ではないと頑張っておりましたが、高校3年生の夏に怪我に見舞われ、左肘を剥離骨折しました。痛みは少しずつ増して、大学一年生の時に行われた東京オリンピック選考会を通過できず、成績はどんどん低迷しました。そこから悩みに悩んだ結果、出した答えは、ロサンゼルスオリンピックでメダル獲得の目標を掲げ、そのためなら一年をたとえ棒に振ってでも手術しようと決断しました。手術後はリハビリを通して、前向きに課題改善やメンタルトレーニングに取り組み、忍耐力や集中力も向上して、3年ぶりの日本代表復帰も叶いました。私のアーチェリーを通して得た経験や強みは仕事においても役立つものと思います。企業様にご採用いただけましたら、私は社員の皆様から応援される選手を目指します。戸松をみんなで応援しよう、戸松も頑張っているからこそ自分たちも頑張ろう。そんな社内の一体感が出せる存在になりたいと考えております。アーチェリーの戸松をどうぞよろしくお願いいたします。

■小林かなえ選手(フェンシング)

私は、小学校2年生の時、町の文化祭の体験コーナーでフェンシングに出会い、他のスポーツにはない動きやユニフォーム、普通の人がやらないことに魅力を感じ、どんどんのめり込みました。中学1年の時、フルーレからサーブルに転向し、中学2年生の時、初めて出場したサーブルの東日本大会ではいきなりベスト4に入り、同年の冬には海外遠征にも派遣していただきました。私は、新しいことへの挑戦が成長への鍵だと考えており、それはフェンシングだけではなく仕事に対しても同じで、この好奇心を自分の武器として活かして行きたいと思っています。今のコーチからは声が大きいからチームの盛り上げ役になって欲しいとも言われており、私はチームのムードメーカーでもあると自負しています。成績も上り調子で、世界ランキングが4月時点で122位から33位まで上がり、アジア選手権、世界選手権の日本代表にも初選出いただきました。皆様の企業にご採用いただきましたら、持ち前のチャレンジ精神で、社員の皆様と積極的に向き合って協力しながら、ムードメーカーとしても会社を盛り上げる核となって活動していきたいです。ご清聴ありがとうございました。

戸松大輔選手(写真:アフロスポーツ)
小林かなえ選手(写真:アフロスポーツ)

■田中大貴選手(サーフィン)

私は福岡県出身で、三歳の頃、両親の影響で自然の中で楽しめるサーフィン競技に出会いました。サーフィンは波がないと成り立たないスポーツで、地元の福岡県には普段あまり波がなく、平日はトレーニング、休日は波のある宮崎県まで通って練習に取り組みました。その結果、九州の大会で優勝を重ねられるようになり、中学を卒業した後はよりよい環境を求めて、サーフィン部のある宮崎県の高校へ入学しました。幼少の頃からずっと願っていた毎日サーフィンができる環境で練習に取り組めて、高校1~2年生の時は、初の全日本サーフィン選手権大会で優勝もできました。この経験により、どんな環境下においても決して諦めない気持ちで挑戦すると、必ず努力は報われることを学びました。仕事面においても、環境は常に変化する時代と思っております。私はそんな環境の変化に失敗を恐れずにチャレンジして、どんな仕事にも向き合い、会社に貢献する形で結果を出せるように精一杯取り組みます。競技面においては2024年パリオリンピック出場目標はもちろんのこと、世界で活躍できる選手になります。そして、サーフィンの知名度を少しでも上げて、次世代の子供たちが夢や希望を持てるような活動をしてまいります。どうか私のご採用をご検討いただきたいです。本日は、このような機会をいただきありがとうございました。


■大山廉織選手(パラバドミントン)

私は小学校高学年の頃、バドミントン部だった姉の影響でラケットを初めて握りました。中学でバドミントン部に入り、そこで先輩のプレーを見て「こんな風にシャトルを打ちたい」と思い、そこから競技として真剣に取り組みました。その後、2019年8月の大会で、普段より体に力が入らず調子を崩し、午後になると症状がさらに悪化して救急搬送されました。診断の結果を受けて、当時は何も考えることができず自暴自棄になりなりました。そんな中、サークルの仲間や知人からパラバドミントンという存在を教えてもらいました。「こんな風にシャトルを打ちたい」と入院中ながら体育館で練習に励み、初めてのパラバドミントン大会に出場すると、それがきっかけで次世代アスリートに選出していただきました。車椅子競技歴はまだ半年と短いですが、持ち前の負けず嫌いと貪欲さ、泥臭さで、もっともっと上を目指します。私が採用された際は、障害と競技を通して学んだ、自分のビジョンを達成するためには諦めないこと。自分の芯をしっかりと持つこと。そして困難なことがあっても、一歩一歩、忍耐強く乗り越えること。これらを活かしたいと考えております。応援して頂ける企業の皆様には、競技結果はもちろんのこと、社内では持ち前の明るさとムードメーカーとして社員一人ひとりとのつながりを大切にしていきたいと考えております。本日は、このような機会をいただきまして、本当にありがとうございました。

プレゼンテーション終了後には、企業の皆様へ向けて、アスリートたちに一言アピールをしてもらいました。

最後は司会進行を務めた広本順子JOCキャリアアカデミー事業アスナビプランニングディレクターが締めくくり、説明会終了後には、選手と企業関係者との名刺交換、情報交換会が行われ、企業と選手がそれぞれ交流を深めました。

田中大貴選手(写真:アフロスポーツ)
大山廉織選手(写真:アフロスポーツ)
ニュース一覧へ

前後のニュース