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【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】上野由岐子・後藤希友:東京2020オリンピックで金メダルをとることが使命だと思ってやってきた

2021.10.21  カテゴリ:オリンピック

 JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、東京2020オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。

上野 由岐子(ソフトボール)
後藤 希友(ソフトボール)
金メダル

■オリンピックを楽しむ

――金メダル獲得おめでとうございます。まずは上野選手、率直な感想をお願いできますか。

上野 ありがとうございます。自国開催である東京2020オリンピックで金メダルをとることが使命だと思ってずっとここまでやってきたので、本当にその夢がかなってほっとしています。

――私たちも感動しました。後藤選手も本当に大活躍でしたが、いかがでしたか。

後藤 中学生だった頃からの夢が実現できたということが、ただただうれしくて。夢に見ていたものが現実となるというのは、こういうことなんだなという思いです。

――北京オリンピックを最後にソフトボールはオリンピック競技から外れました。東京2020オリンピックでの復活が決まったと後藤選手が認識したのは高校生くらいの頃でしょうか。

後藤 はい、中学生か高校生ぐらいですかね。ただ、その時はオリンピックについて何も考えていなかったです(笑)。中学や高校でソフトボールを楽しんでいた時期でしたし、自分がオリンピックの舞台に立つことになるとは思いもしませんでした。

――チーム最年少でメンバーに選ばれて、一方でチーム最年長でもあるレジェンド・上野選手とチームメートになりました。後藤選手は上野選手のことをどのようにご覧になっていましたか。

後藤 北京オリンピックの時、自分は小学2年でしたし、ソフトボールのこともすごく詳しく知っているわけでもありませんでした。大人になって北京オリンピックの動画を見返してみて、このすごい方と一緒にプレーできるんだと思ったというのが正直なところです。今大会もそうですが、上野さんに学ぶことがいつもたくさんあるので、自分も上野さんのような存在になりたいと強く思うようになりました。

――上野選手から学んだことが具体的にあればぜひ教えてください。

後藤 上野さんのストイックさが真っ先に思い浮かびます。自分に足りないところはそこだと思っているのですが、ソフトボールでより上のレベルを目指していくのであれば、自分自身にももっと厳しくしないといけないと感じました。一方、上野さんを見ていると、毎試合すごく楽しそうだなと感じたので、自分自身ももっと心からソフトボールを楽しんでプレーしたいという気持ちになりました。

――上野選手が「今までで一番楽しいオリンピックだった」とおっしゃっていて、それがすごく印象的でした。13年前は悲壮感のようなものを強く感じていて、この13年の時を経た変化があった印象を受けました。上野選手はその点、どのように感じていらっしゃいますか。

上野 そうですね。自分自身のソフトボールに対する取り組み方や考え方が、この13年を経てかなり変わってきているのは事実です。北京オリンピックの時は、それまでアメリカに勝ったことがないなかでオリンピックを迎えていましたし、一方で今回はディフェンディングチャンピオンとして迎えたオリンピックでした。プレッシャーにしても、また違った形での重圧がありました(笑)。

――上野選手には2年前にお話を伺いました。その際、「自分の経験を活かしていきたいという気持ちがある一方で、若い人たちにこの経験を伝えていくのは難しいのではないか」とおっしゃっていました。実際、チームで戦っていくなかで何か伝えられたことはなかったのでしょうか。

上野 特別に何かを伝えたことはないと思います。ただやはり、一人ひとりがオリンピックという舞台の空気や雰囲気を肌で感じてくれていると思うし、とくに後藤選手も決勝という大舞台でプレッシャーを感じながら、緊張感を持ってマウンドに上がれたことは、大きな財産になると思います。そうした一つひとつが経験となって、また今後につながっていくのではないかと期待しています。

東京2020大会では上野由岐子選手、後藤希友選手のエース2人がマウンドで躍動し13年越しの連覇の原動力となった(写真:アフロスポーツ)

■オリンピック競技復活を期して

――上野選手と後藤選手のリレーが必勝パターンとなりました。後藤選手は大会を通してどんどん成長していたようにも見えましたが、上野選手から見てどのように映っていましたか。

上野 そうですね、予選はやはり投げるたびに、その経験が実になってきていると感じました。良い形で結果も出て、だんだん雰囲気にも慣れてきていたので、安心して後を任せられる存在だと思いながら見ていました。

――東京での大会、あるいは自国開催だからこそ、これまでの大会と何か違った点はありましたか。

上野 一番はコロナ禍の影響で無観客という形になってしまったことですよね。千葉で行われた世界選手権(2018年)の決勝で、上野コールの大歓声を聞いた時の鳥肌が立った感覚……あれは私のソフトボール人生でもおそらく一生ないだろうと思うような感動を覚えました。だからこそ、今回もそれをすごく楽しみにしていた分、無観客となってしまったことはすごく残念だったです。
ただ、自分自身のソフトボールに対する取り組み方も変わり、結果よりもとにかく楽しむこと、そのなかでいかに結果を出していくかという考え方に変わったことによって、試合をしながら、またボールを投げながらどんどん変化していきました。年相応ということなのかもしれないですが(笑)、「もっとこうしたらいいんじゃないか」というアイデアがどんどん浮かぶようになりましたし、そうした意味では今大会はすごく楽しめていたと思いますね。

――それは見ていても伝わってきました。皆さんワクワクしながら試合している感じがありました。おそらく、ソフトボールをやってみたいという小さな子どもたちも増えたのではないかと思います。

上野 そうやって感じてもらえることが、私たちにとって最も大切なことだったと思います。そう感じていただけてむしろありがたいです(笑)。

――後藤選手にとっては初めてのオリンピック、しかも東京での開催ということでしたが、参加してみて、そして日の丸のついたユニフォーム、オリンピックシンボルがついたウェアなどを着て、どのようなことを感じていらっしゃいましたか。

後藤 初めてウェアをいただいた時はなかなか実感が全然湧きませんでしたが、いざ選手村に入ってみると、世界各国からいろいろな競技の方や有名な選手もいらっしゃいますし、「ここが選手村なんだ」と初めて実感しました。私にとっては、出場することさえ難しいオリンピックという舞台を、自国開催としてこの東京で経験できたことがすごく大きな財産です。今回は無観客となってしまいましたが、「もし観客がいたらどうだったんだろうな」とも考えます。自分がソフトボールを続けていくなかで、今後いつかまたオリンピック競技としてソフトボールが復活できるように、もっともっとソフトボールという競技を広げていきたいと思います。

「夢がかなってほっとしています」と振り返った上野選手(写真:ロイター/アフロ)
決勝で先発登板した上野選手は強豪アメリカ打線を見事に抑えきった(写真:AP/アフロ)

■さまざまな葛藤を乗り越えて

――来年から、新リーグのJDリーグも始まります。今回の金メダルによって、きっと皆さん注目されるでしょうし、すごくいい流れで新リーグが始まる感じになると思いますが、お二人は新リーグについてどのようにお考えですか。

上野 初めての取り組みなので、どうなっていくのだろうという不安の方が大きいのが正直なところです。2つのリーグに分かれる(東地区、西地区)ことで、お客さんがどういうふうに割れてしまうのかなとか、逆にそのおかげで楽しさが増すのかもしれないとか、蓋を開けてみないと分からない状況だと感じています。ただ、今回こうして金メダルを獲得することができたことで、ソフトボール界にもいい風が吹いていると思います。それを無駄にすることなく、その勢いをしっかりとリーグ戦につなげて、一人でも多くの人たちにソフトボールの楽しさを知ってもらいたいと思っています。

後藤 新リーグになると試合数が増えると聞いています。ホームゲームや近場の試合がたくさん増えることは、個人的にはすごくうれしいです。私は愛知なので西寄りのチームですが、上位のチームは関東に多く集まっています。それらのチームと当たるには、決勝トーナメントに進まなければいけないということもあります。どうなるのかは全然想像がつかないのですが、これまでとはまた違う形で、決勝トーナメントを目指して戦うというのが楽しみだなと感じています。

――ぜひ、ますます盛り上げてほしいと思っています。コロナウイルス感染症拡大の影響で今大会は1年延期になりました。オリンピックを手放しで喜べない空気もお感じになっていたと思います。選手の皆さんはそのあたりどのように受け止めていらっしゃいましたか。

上野 そうですね、「本当にやっていいのかな」という思いは心の隅にありました。ただ、私たちができることはソフトボールを通して、一球一球、一挙手一投足を見てもらい、応援してもらい、元気を少しでも分かち合うこと。ただただそれこそが、スポーツにできることなのではないのかと思います。ですから、大会が開催されてほっとしました。
同時に、いろいろな声も耳に入りますから、いろいろな葛藤もありました。私たちは復興五輪の象徴として福島でスタートする大きな役割を担っていました。だからこそ、「本当にやって良かった」「スポーツって大事だね」と思ってもらえるような試合がしたかった。復興はもちろん、コロナ禍でどんよりしている世の中の空気を一掃したい気持ちで臨んでいました。金メダルでその勢いをつけることができたことは本当に良かったと思います。

後藤 コロナ禍ということもあって、賛否両論がありました。現状、たくさんの方が大変な思いをされていると思います。一方で、選手としてオリンピックに出場する人たちは、オリンピックのために人生を尽くしてここまでやってきていると思います。まずは、こうして大会を開催していただいたことがすごくありがたいことですし、自分たちもソフトボールを無事に最後までプレーできたことがすごくありがたいことだなと感じています。
オリンピックが終わり、パラリンピックへと続いていきますが、国民の皆さんに「応援したい」と思ってもらえるようなオリンピックにしたいという気持ちをオリンピック開幕前から持っていました。世界中の人に元気や勇気を与えられるのもスポーツの魅力だと思います。自分自身もたくさんの方々に笑顔、勇気、元気を届けられるようにしたいと思って試合に臨んでいました。

――本当に素晴らしかったです。お二人はもちろん、チーム全体から勇気をもらいました。おめでとうございました。そして、ありがとうございました。

上野 ありがとうございます。

後藤 ありがとうございます。

(取材日:2021年7月28日)

■プロフィール
上野 由岐子(うえの・ゆきこ)
1982年7月22日生まれ。小学3年の時にソフトボールを始め、ピッチャーとして活躍。高校2年の時に、最年少で出場した世界ジュニア選手権ではエースとして優勝に貢献した。2004年アテネオリンピックでは銅メダルを獲得。08年北京オリンピックでは準決勝、決勝進出決定戦、決勝と、2日間で413球を投げて金メダル獲得の立役者となった。21年東京2020オリンピックでも金メダルを獲得。(株)ビックカメラ所属。

後藤 希友(ごとう・みゆ)
2001年3月2日生まれ。小学4年の時にソフトボールを始める。15年の都道府県対抗全日本中学生女子大会では愛知県チーム(「AICHI」)のエースとして優勝に貢献。日本代表として初選出された21年東京2020オリンピックでは6試合中5試合に登板し、10回3分の2を無失点、22奪三振の好投。次期エースとして期待が高まる大活躍を見せ、金メダル獲得に貢献した。トヨタ自動車(株)所属。

今大会は主にリリーフで快投した後藤選手、幾度となく日本のピンチを救った(写真:アフロスポーツ)
再びオリンピック競技に復活する日を信じ、後藤選手は「もっともっとソフトボールという競技を広げていきたい」と語った(写真:アフロスポーツ)
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