Athletes’ Voices 【パリにかける想い】
世界一足の速い人間になりたい

栁田 大輝
陸上競技男子短距離界に現れた新星として注目を集める栁田大輝選手。自己ベストの9秒台、そして、TEAM JAPAN入りを果たし、パリ2024オリンピックでの活躍をめざす若きホープの思いを聞く。
衝撃的だったリオの記憶
――いよいよ、パリ2024オリンピックまであと1年あまりですね。
東京2020オリンピックが終わって間もないような気がしているので、次のパリ2024オリンピックは、本当にすぐにやって来るのだなと感じているところです。パリ2024オリンピックに出たい気持ちはもちろんありますが、昨年もリレーでしか日本代表に選出されていないので、今年個人でしっかり結果を残していくことが重要です。 オリンピックは特別な大会だと感じています。世界選手権も毎回出場することを目標にしていますが、オリンピックは世界選手権以上に注目されます。世界選手権は観ないけどオリンピックは観るという方も多い。競技をやっている以上、一度は立ってみたい舞台がオリンピックです。
――最も印象に残っているオリンピックはどの大会でしょうか。
初めてきちんと観たのが、2016年のリオデジャネイロオリンピックでした。中学1年の時でしたが、ちょうどその時、男子4×100mリレーでTEAM JAPANが銀メダルを獲得したので強く印象に残っています。当時、僕は部活動があったため、リアルタイムで観ることができなかったのですが、帰宅してから観てすごくびっくりすると同時に、本当にいい意味での衝撃を受けました。それがきっかけになって、もっと陸上競技にのめり込むようになったと思います。
――昨年はご自身も10秒15という素晴らしいタイムを記録されました。現時点での手ごたえや課題についてはどのようにとらえていらっしゃいますか。
昨年自己ベストを出した時は、もちろん調子が良くて記録が出たのは自分でも分かっているのですが、でも完全に出し切れてはいなかったというか、もっと速いタイムを出せたようにも感じています。 10秒16を出して、その後に、10秒15を出して自己ベストを更新したのですが、これらのベストタイムを出したのは、どちらも準決勝。もちろん集中して走っているのですが、決勝に向けてちょっと余力を持って走ろうと準決勝で臨んでいたので、その時点では力を全部使い果たして出し切ったタイムではないとも思っているんです。余力を残しながら走ってベストが出ているので、もう少しタイムも出せそうな手ごたえがありました。ですから、タイムを出したい時に出し切れていないという部分は、課題でもあるといえますよね。
意識と無意識の間で
――陸上競技の100mというと、約10秒間で本当にあっという間に終わってしまうわけですが、本当にいいパフォーマンスを発揮するためには、その短い時間に考えるべきポイントが数多くあって、アスリートたちの頭の中は実は忙しいというようなイメージもあります。実際のところ、栁田選手はどんなことを考えながら走っているのでしょうか。
おっしゃるとおり、たしかに忙しいです(笑)。スタートはこうして、その後はこう注意して……といったように、もちろん本当にいろいろあるのですが、ただそれを考えながら走るのはダメ。やるべきことを無意識でできなくてはいけないと思います。 ただ、コーチからも言われているのですが、無意識で走りつつ冷静に落ち着いて、レースの中でもどういう動きをしているかを自分自身で客観的に見ているような感覚を少しだけ持って走るように心がけています。
――考えるのは練習の時に徹底的に済ませておき、本番では薄っすらとした意識の中で、できる限り自然に走るのが最高ということですね。90%くらい無意識。10%くらい自分をチェックしているカメラを見ているくらいの感覚でしょうか。
はい、そうです。考えているのは練習までだと思います。 うとうととまどろんでいて、目が覚めているのかまだ寝ているのかわからないような時ってあるじゃないですか。そのようなわずかに薄っすらという意識で、自分の事を気にしながら、100mを走る感覚といえばいいでしょうか。なんとなく、「あ、スタートよかったな」程度の感覚なんです。実際にベストタイムが出た時も、自分は本当にそのくらいしか考えていませんでした。逆に悪い時ほど、走っている最中もいろいろと考えてしまっていて、結局最後まで自分らしいいい走りではない動きになってしまいます。考えることは大切ですが、考えすぎるのもよくないということですね。
――リオデジャネイロオリンピックも一つの潮目になったと思うのですが、陸上競技の短距離界は劇的に進化しているように感じています。かつて日本人選手は10秒の壁が破れずにいたわけですが、ここ数年で9秒台のタイムを記録した選手も一気に増えて、選手層もすごく厚くなりました。そういった現状を栁田選手はどうとらえていますか。
基本的に、周囲のことはあまり考えないですね。誰が相手だとしても同じレースで走れば勝ち負けはつくものなので、他の選手を意識したり、比べたりはしないようにしています。ただ、陸上競技に詳しくない方でも、「この選手は知っている」というような選手がいると思います。ただ、そういった選手に勝たなければ自分がTEAM JAPANに入れないので、この選手に勝てば代表だ、という意味では少し意識することもありますし、そういった選手たちにも負けないようにしたいと思います。
――栁田選手にとって理想や目標としている選手はいるのですか。
それもあまりないですね。参考にすることもほとんどありません。 ただ、走高跳のムタズエサ・バルシム選手(カタール)はすごく好きで、彼が競技する動画をいつも見ています。彼の地元であるカタール・ドーハで行われた19年の世界選手権で、途中、2本失敗し追い込まれた状況で跳躍をクリアするシーンがあるのですが、それがすごく印象的でした。地元ファンの大歓声の中、絶体絶命まで追い込まれた場面で、バーを跳んでクリアしてしまうところはすごいと感じます。
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