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【北京2022冬季オリンピックメダリストインタビュー】平野歩夢:新たな挑戦の先にあった栄光

カテゴリ:オリンピック
2022.06.16

 JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、北京2022冬季オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。

平野 歩夢(スキー/スノーボード)
スキー・スノーボード
男子ハーフパイプ 金メダル


【北京2022冬季オリンピックメダリストインタビュー】平野歩夢:新たな挑戦の先にあった栄光
スノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得した平野歩夢選手(写真:アフロスポーツ)

■ついにかなえた幼き頃の夢


――3度目の冬季オリンピックで念願の金メダルを獲得しました。日本スノーボード史上、初の金メダリストとなり、小さい頃からの夢が一つかなったともおっしゃっていましたが、あらためて率直な感想をお聞かせください。

 オリンピックの金メダルというタイトルは小さな頃からの夢でしたし、ずっとやってきたことを出し切ることができて、ようやくかなった、ようやく手にすることができました。まだ実感は湧いていないですが、素直にうれしい気持ちです。

――普通、小さい頃の夢が実際にかなうことはなかなかないのではないかと思います。幼い頃の「夢」が、具体的な「目標」へと変化したきっかけを感じたことはありましたか。

 やはり、最初ということでは、2014年にソチオリンピックを経験したことが大きかったと思います。自分自身に可能性を感じることができて、「次こそは金メダルをとりたい」と思える経験にもなり、その夢により近づけたと感じます。自分でそう位置づけて、本当にたどり着けるのではないかという気持ちも強くなって、それまで以上に練習を追い込むようになりました。その分ここまでの道のりは長く感じましたが、そういう気持ちがあったからこそ、今、夢がかなったのかなと思います。

――予選から振り返っていただきたいと思います。決勝ではできれば最終滑走、なるべく後ろの方で滑りたいという狙いがあったと思うのですが、首位通過でした。ご自身の狙い、手応えはいかがでしたか。

 前回の平昌オリンピックでもそうでしたが(ショーン・ホワイト選手が最終滑走者として最後の滑走で逆転金メダルを獲得)、オリンピックはドラマが生まれやすい場所でもあり、本当に最後の最後まで何が起きるか分からない大会ですよね。前回大会でそういう気持ちを経験していたので、今回はちょっとした隙も与えないように、予選もトップ通過を狙いたいと思っていました。オリンピック前、他の大会でもオリンピックと同じような気持ちで挑むようにしていたのですが、全てイメージ通りというわけにはいきませんでした。そうやってあらゆる場所、あらゆるシーンで自分の滑りを試してきた結果、オリンピックの舞台で全てをようやく出し切れたのかなと。予選・決勝を含めて、最も良い状態で臨めた大会だったと感じますね。

――決勝では、3本とも大技の「トリプルコーク1440」を決めましたが、どのような気持ちだったのでしょうか。

 事前練習では、1本も無駄にしないように、予選・決勝にピークを合わせられるように意識して3日間練習をしてきました。
 トリプルコークは、大会で調子が良くてまぐれでできたわけではありません。練習を積み重ねてきて、他の大会でも何回も試して本当に紙一重の失敗を繰り返した上で得た完成度でした。長い道のりでしたが、全てがこのオリンピックの結果につながったと思います。


【北京2022冬季オリンピックメダリストインタビュー】平野歩夢:新たな挑戦の先にあった栄光
健闘を称え合う平野歩夢選手とショーン・ホワイト選手(写真:AP/アフロ)

■ショーン選手との友情

――決勝2回目の滑りは完璧なアタックだったと感じましたが、思いの外点数は伸びませんでした。そのジャッジについては、国内外のメディアなどでも非難があるように報じられていますが、平野選手ご自身も納得がいっていなかったようにも見えました。「怒りの気持ちを力に変えた」といったお話もされていましたが、ご自身ではどのようにとらえ、そして、3回目につなげていったのでしょうか。

 1回目は、全てのトリックを決められず失敗があった中で、2本目が決められたことは良かったのですが……。縦3回転・横4回転を入れて、高さを含めてまだ大会で誰も決めたことのない一番難しい難易度の新しいトリックを出したのに、そこがなぜ評価されないのか。トップの(スコット・ジェームズ)選手の方は、それと比較して何が良かったのかという理由が分かりませんでした。オリンピックという場でそのような目線でジャッジされていることにイライラする気持ちもありましたし、平等じゃないなと感じてしまったんです。
 ただ決まってしまった得点に対して、「点数を今すぐ変えてくれ」と選手が抗議する余地もないので、僕自身「次に集中しなくては。するしかないよな」とも思いました。実際、心の中では、やはり納得できない気持ちがずっとありましたけど。
 自分の場合は、普段からポジティブに物事を考えることが多いので、あの場面でも、ただ怒り任せというよりは、ポジティブにうまく力を発揮できるように切り替えどう集中していくか、次はどう魅せるかということを、音楽を聴きながら一人で考えていました。集中しつつ、冷静になることができて、心の奥では燃えている。そんな気持ちがうまく合致した結果、最後は自分のイメージ以上の滑りができて「これ以上はないだろう」という形でフィニッシュできました。ただ、もし本当に3本目が決められていなかったらどうなっていたのだろう、とは自分でも思います(笑)。

――ある意味、スキー界、スノーボード界を救う滑りだったかもしれないですね。

 そうですね。でも、結果が良かったからとそれでいいということではなく、ジャッジの方々の話はきちんと一度聞きたいですね。どういうことを言ってくるのかは気になるところです。

――結果的に、前回大会のショーン・ホワイト選手同様、最終滑走で大逆転となり、カッコいい結末となりました。今大会を最後に引退することを表明していたショーン選手からも「平野選手を応援していた」というコメントもありました。最後、お二人でたたえ合うシーンも印象的でしたが、お互いにどのようなお話をされていたのですか。

 あの場では、たくさん話せるような時間もありませんでしたが、ショーンはシンプルに一言で、「本当にいい滑りだった」と僕の滑りと金メダル獲得について褒めたたえてくれました。それに対して僕も「ショーンもめちゃくちゃ良かったよ」といった言葉をやりとりしたんです。シンプルな言葉のやりとりでしたが、その中で、彼の気持ちを想像すると、すごくグッとくる部分もありました。逆に彼も、僕がようやくオリンピックの頂点に立ったということに感動してくれているところもあったと思います。
僕もショーンのことをずっと見てきましたし、そしてずっと一緒に戦ってきた相手なので、お互いがお互いの気持ちを想像で感じとれるような部分があります。最年長での北京オリンピックへのチャレンジは当然すごいことだと思いましたが、それ以上のところでお互いに通じる気持ちがあったように感じています。


■金メダルに詰まった価値と重み

――東京2020オリンピックでは、スケートボードで出場されました。23歳という年齢で夏冬合わせて4回オリンピックに出て3大会でメダルをとっているという事実は、すでにオリンピック史に名を残すレジェンド的存在であることを示していると思います。東京2020オリンピックからここまで、時間もすごく短かったと思いますが、スケートボードへの挑戦が及ぼした影響はありましたか。夏と冬のオリンピックで違いを感じたことはありましたか。

 東京2020オリンピックにスケートボードで出場するというのは、新しい挑戦でした。今まで積み上げたものから離れてそこへ飛び込むのは、スノーボードをやり続けることよりも難しいことだと分かっていました。それを覚悟の上で進んでいったので、当然結果だけが狙いだったわけでもありません。「僕にはスノーボードしかない」という気持ちに怖さを感じたり、スノーボードだけじゃない違う目線が欲しかったりしたからこそ、もっといろいろなこと知るべきだしチャレンジする経験を重ねたいと思っていたのです。
 人と違う道を行くのは甘くないことです。スケボーの世界にもとんでもない選手たちがいますから、心が折れかけたことは何度もありました。でも、普段行かない国を訪問したり、スノーボードをやっている人とはまた違う普段触れ合うことのないような人たちとのセッションができたりと、違う景色を見ることができますよね。いろいろな意味で自由にあふれていて、いろいろなスタイル、形、色などがそれぞれあって、見ていて刺激になりました。
 でも実際のところ、僕の中ではつらいことがほとんどでした。今回、東京2020オリンピックから半年しかない期間で北京2022冬季オリンピックを目指したわけですが、僕はチャレンジャーで、みんなをどこまで抜かしていけるかという自分との闘いの中で大きなプレッシャーを感じていました。ただ、長く不安と向き合ってきた時期があったからこそ、そのプレッシャーを何とも思わずに済んだのかとも思っていますし、そういう気持ちになれたのも、全ての経験が自分を強くしてくれたからだと感じます。この半年間で、今までの自分を上回る成長ができました。本当にここまで来られると思っていなかったのですが、こうやってメダルをゲットできたのも皆さんのおかげがあって達成できたことだと思います。

――金メダルと銀メダルは全然違うものですか。

 やってきた内容が違うのでやはり別物です。これまではその4年間をスノーボードだけに全部懸けてやってきました。でも、スノーボードだけに全てを懸けるのはもったいない、もっといろいろなことをできるのではないかと考えて、今回はいろいろなチャレンジをしてきたので、隙間のないずっしり詰まった大会になりました。気持ちも考え方も挑戦している内容もガラッと変わった4年間で、プラスの意味で成長できたのかなと思いますし、そういう思いがメダルに詰まっているのかなと感じますね。

――ここから先、また新たなチャレンジをしていく平野選手を応援し続けていきたいと思います。ありがとうございました。

 ありがとうございます。

■プロフィール
平野 歩夢(ひらの・あゆむ)
1998年11月29日生まれ。新潟県出身。
4歳でスケートボードとスノーボードを始める。2014年ソチオリンピックではスノーボード男子ハーフパイプで銀メダルを獲得。15歳74日でのメダル獲得は、冬季オリンピック日本人史上最年少記録。18年平昌オリンピックでは同種目2大会連続となる銀メダルを獲得。21年東京2020オリンピックではスケートボード男子パークに出場、日本人5人目となる夏冬オリンピック出場選手となった。北京2022冬季オリンピックではスノーボード男子ハーフパイプで悲願の金メダルを獲得。TOKIOインカラミ所属。

(取材日:2022年2月12日)





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