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2021.11.09 オリンピック

【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】並木月海:悔し涙を流せた自分で良かった。また次につながる、成長できると思えた

 JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、東京2020オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。

並木 月海(ボクシング)
女子フライ級 銀メダル

【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】並木月海:悔し涙を流せた自分で良かった。また次につながる、成長できると思えた
「徐々に銅メダルが誇らしく思えてきた」と話す並木選手(写真:アフロスポーツ)

■誇りに思えた銅メダル

――銅メダル獲得、おめでとうございます。皆さんからの反響はどうですか。

 みんな「すごい」と褒めてくれます。最初はちょっと悔しい思いの方が強かったのですが、みんなに「誇らしい」と言ってもらって、徐々に自分も銅メダルが誇らしく思えてきました。

――それは良かったです。並木選手の笑顔が素敵で、うれしく思います。

 みんな「笑顔で帰ってきてね」と言ってくれるので、最後くらいは笑顔で終わりたいなと思いました。

――勝ちを目指してやっているからこそ、負けた時、目標が達成できなかった時に、自分の感情をコントロールするのが難しくなると思います。でもそれは、それだけ真剣にやってきた証拠でもあると思います。出場することすら難しい大会で、世界の3番に入ったことのすごさについて、感想を教えてください。

 まず、オリンピックに出場できたことが良かったと思いますし、幸せだなと思っています。それでも、負けた時は金メダルを目指していたからすごく悔しかったです。でも今思えば、悔し涙を流せた自分で良かった、また次につながる、成長できると思えた。
3位と決まって時間が経って、いろいろな方々からメッセージをいただき、そこで皆さん口をそろえて「誇りに思う」と言ってくださって。自分もこの銅メダルを誇りに思いたいと思えて。そして、実際にメダルをもらったらすごくうれしくて、本当に幸せだなと思いました。

――メダルはなかなかの重さですよね。

 びっくりしました。こんな重いんだとびっくりしました。

――実物の重みを感じながら、ご自身がここまでたどり着くまでの大変な努力を振り返ってみていかがですか。

 こうした新型コロナウイルス感染症拡大の影響が大きいなか、大会を開催してもらったことへのありがたみを感じています。そして何より、このオリンピックという舞台を目指してやってきた何年もの苦労が本当に報われたと思います。また、応援してくださった方々への感謝の気持ちもすごく重く感じています。

――女子フェザー級で金メダルをとった入江聖奈選手とも切磋琢磨しながら、女子ボクシングをもっと知ってほしいという思いを持っていることが伝わってきます。井上尚弥選手に代表されるプロボクシングの世界は注目されるけれど、アマチュアのボクシングは注目度が低いというのも事実としてあります。どのように感じていますか。

 日本の国内におけるプロの興行とアマチュアとの差、とくに海外と比較した時の差をものすごく感じています。海外ではボクシング会場に行ったら満席が当たり前ですが、日本だとそうではありません。今回自分たちがメダルをとっていろいろな人たちに注目してもらえたこともすごくうれしいですし、このオリンピックに参加してくれた海外の選手たちに、一緒に盛り上げてくれたことを感謝したい気持ちが今一番強いです。

――誰もが金メダルをとりたいわけですが、戦いを終えた今、国境を越えて、言語を超えて、その拳を交えた人たちが親交を深めたり感謝し合ったりリスペクトし合ったりというのは、まさにオリンピズムを体現されていると感じます。

 ボクシングでは海外選手が来日するというケースがほとんどありません。みんなが日本に来てボクシングをやってくれて、自分たちだけでは盛り上げられなかった部分を海外の選手たちが一緒に盛り上げてくれたことに感謝しかないですね。

――東京でのオリンピックというのも大きいのでしょうか。

 東京で開催できていなかったら、こういう気持ちにもなっていないかもしれません。東京でオリンピックが開催されたことで、ボクシングを少しでも盛り上げられたかなと思っています。

■次は世界一を目指したい

――2013年に東京にオリンピックが決まり、そこから8年後の開催となりました。どのように向き合ってきましたか。

 東京2020オリンピックが決まった時は、オリンピックがまだ夢のような存在で「目指せたらいいな」という感覚でした。社会人になり、オリンピックがしっかりと目標として見据えるタイミングになった時に、心の底から出場したいと思いました。そこから一生懸命練習して、出場権を獲得できて、そこからまた1年延期という形になりました。この1年はレベルアップできるというポジティブな気持ちで捉えていましたし、2020年の試合よりも絶対に21年に試合した時の自分の方が強いと思えるように、この1年間練習をしてきました。

――ボクシングのようなスポーツは練習するのも難しいところがあったかと思います。どのように工夫しましたか。

(延期が決まって)最初の頃は完全に対人練習がダメと決められていました。そういう時に、普段なら見つめ直せない部分を見つめ直したいと思って、一人で鏡やサンドバッグと向き合って基本練習を行いました。自分と向き合う時間ができてすごく良かったと思いますね。

――その見つめ直す前と後で変わったことはありますか。

 何かを変えたというのではなく、「打つ時に相手を見る」といった当たり前のことも含めて、一つひとつの細かな動作を修正できたと思っています。それがすごく活きてきたと思います。

――準決勝で敗れた後は「悔しかった」ということでしたが、どういう部分が今後の課題として見つかりましたか。

 体格差は頑張っても変えられませんが、それ以外の部分でもうちょっとできることもあるのかなと思います。そこをもっと強化して、そして技術面ももっともっとレベルアップして次は世界一を目指したいと思います。

――日本人は体格的に体が小さいという特徴がありますが、小さいからこそそれを活かせることはありますか。

 ボクシングはリーチの差が大きく影響します。体が小さい分は、自分のステップワークを活かして速い動き、前後左右の動きを活かして戦うボクシングを作り上げてきて、そこは誰にも負けたくないという思いもありました。日本人は小柄ですが、体が小さくてもここまでできるんだというのを少しでも感じてもらいたいと思いながら試合をしていました。

――プロ格闘家の那須川天心選手が幼なじみということもあり、並木選手に「銅メダルおめでとう!」とコメントをしてくださっていましたね。女子ボクシングへの注目も高まりそうです。

 うれしいですね。本当に感謝しかないです。SNSで声を掛けてくれることによって、彼の幼なじみにオリンピックに出ている子がいるんだと興味を持ってくださっている方も結構いらして、本当にありがたいと思いますね。

――SNSを通して輪が広がっていくのはこの時代の素晴らしいところですよね。オリンピックにたどり着くまでにも、ライバルの和田まどか選手との代表争いもありました。ライバルの存在をどのように捉えていますか。

 自分も国内の大会で何回も負けました。でも、そういう負けを経験したことによって自分は成長できたと感じています。負けなかったら得られなかったものもあります。なので、みんなで切磋琢磨して、女子ボクシングを盛り上げていきたいという気持ちです。

――戦っている時は対戦相手ですけど、それが終わればボクシングを愛する仲間同士みたいなところがあるわけですね。

 そうですね。階級が違う選手たちもたくさんいますけど、そういう選手たちもチーム一丸となって自分と入江(聖奈選手)が金メダルをとれるようにサポートしてくださったので、そういう仲間たちもいてこその二人のメダルだと思いますね。

――選手村のなかではさまざまな競技の方たちに会えると思いますが、オリンピックならではの魅力を感じたことがあれば教えていただけますか。

 チームジャパンは雰囲気も良くて、私もその一員になれているのかと思うとすごく誇りに思います。国によって違うのかもしれませんが、基本的にみんな日本代表選手団のスポーツウェアを着て、選手村のなかで過ごしています。

――実際に会って印象的だった選手などはいますか。

 選手村のエレベーターの中で、バスケットボールの八村塁選手に会ったのですが、大きすぎて思わず見上げてしまいました。同じ人間でもこんなに違うのかと(笑)。人見知りなので一言も話せなかったですけど……。

【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】並木月海:悔し涙を流せた自分で良かった。また次につながる、成長できると思えた
大会は無観客で行われたが、その分試合に集中して臨んだという(写真:アフロスポーツ)

■好きで選んだスポーツを楽しむこと

――今回、無観客での開催ということになりましたが、本当は大勢の前でやりたかったのか、それとも緊張するから逆に無観客なので集中できて良かったのか、並木選手はどちらですか。

 たくさんの方々に見てもらいたかったという気持ちもあります。でも、いろいろな手段を使って画面越しに見てくださっている方々がこんなにもたくさんいることもうれしく思いました。試合会場に行く時に、小学生がアサガオにメッセージを書いてくれているのがたくさん並んでいて、そういうのを見ると一人で戦っているわけではないなと。観客がいなかったからこそ心温まる応援の方法もあるんだなと、改めて気づくことができましたね。

――無観客の分、試合中にコーチの声が聞きやすいというプラスの面もありそうですね。

 静かな方がコーチの声が聞きやすいので、そういう面では試合に集中できたかなと思います。

――大会そのものの開催が危ぶまれていましたし、賛否両論あるオリンピックでした。こんな状況だからこそ、スポーツに対する反対意見なども聞こえてきました。アスリートの方にとっては精神的に苦しさを感じたこともあったと思いますが、並木選手ご自身はどのように受け止めて乗り越えようと思っていましたか。

 いろいろな意見はあるのは当たり前です。でも、私が目指してきたのは東京2020オリンピックでしたので、そこに対して自分が真剣に臨んでいる姿を見てもらいたかった。いろいろなメッセージのなかには、「開催にはあまり賛成ではなかったですが、試合を見て感動した」と言ってくださる方もいて、自分が一生懸命やっている姿を見てそうやって思ってくださる方もいるというのがうれしかったです。

――ボクシングの技術力を高めることも大事ですが、並木選手がおっしゃっていたように、リングを降りればスポーツを愛する良き友になっていく、というのは本当に大切なことだと思います。それこそ、メダルの色より重要なことだと思います。メダリストとして新たなスタートを切りますが、今後の決意や覚悟はありますでしょうか。

 オリンピックメダリストになるなんて思ってもいなかったんですけど、しっかりと自覚を持って、感謝の気持ちを忘れず、そしてスポーツが持つ力を少しでも多くの人に知ってもらえたらと思っています。自分ができる限りのことはやっていきます。

――歴史に残る特別なオリンピックでした。メダリストの方々のお話を伺っていると、だからこそスポーツの魅力や必要性に改めて気づくことがあったり、自分たちの言葉でスポーツの良さを伝えていくことだったり、感謝をしなければならないとおっしゃる方が多いです。スポーツ界全体にとっても良い学びの機会だったのかもしれません。並木選手はどのようにお考えですか。

 本当に感謝しか今はないです。これまで、これほど感謝を感じていたかっていうとそうでもなかったような気がするんですよ。メダルの有無は関係なく、本当にいろいろな人の支えがあって素晴らしいオリンピックが開催されたので、感謝の気持ちでいっぱいです。

――並木選手や入江選手たちを見てボクシングをやってみたい、ほかのスポーツをやってみたい、という気持ちになる子どもたちも多いと思います。最後にぜひ、メッセージをいただけますでしょうか。

 自分はいつも「楽しむ」というか、それを本当に一番に思って練習してきました。練習もきついですし、いろいろ挫折を感じることもあると思うんですけど、「自分が好きで選んだスポーツを楽しむ」ということを絶対に忘れないでほしいです。幸せで楽しいという気持ちを必ず持っていてほしいです。

(取材日:2021年8月8日)

■プロフィール
並木 月海(なみき・つきみ)
1998年9月17日生まれ。千葉県出身。空手やキックボクシングを経て、中学にボクシングを始める。高校2年の時に全国高校選抜のフライ級で優勝し、2連覇を果たす。2018年世界選手権で銅メダルを獲得。21年東京2020オリンピックボクシング女子フライ級で銅メダルに輝いた。自衛隊体育学校所属。

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