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2021.11.08 オリンピック

【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】向翔一郎:これが勝負の世界。厳しい世界だと思いますし、柔道は奥が深いなと思いました

 JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、東京2020オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。

向 翔一郎(柔道)
混合団体 銀メダル

【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】向翔一郎:これが勝負の世界。厳しい世界だと思いますし、柔道は奥が深いなと思いました
柔道混合団体で銀メダルを獲得した向翔一郎選手(写真:フォート・キシモト)

■圧倒的に勝って示したかった存在価値

――団体での銀メダル、おめでとうございます。率直な感想としてはいかがですか。

 個人戦で自分の思うような結果が残せなかったですが、私情を持ち込まず気持ちを切り替えるという点についてはできたと思います。チームのみんなを少しでも助けたい気持ちで団体戦に臨みました。金メダルをとっているチームメートは、体がボロボロでした。ケガをしていない選手はいないのではないかというくらいみんなケガを抱えていました。そのなかで、自分はHP(ヒットポイント。体力を示すゲーム用語)100くらい残っているほど元気な状態で、なんとしてもチームを助けたかったのですが、負けてしまいました。決勝は自分のせいで負けたと言っても過言ではないです。またみんなに迷惑をかけてしまい、自分の中ですごく悔いの残る大会だったかなと思います。

――井上康生監督が退任されることになりました。個人戦が終わった後の向選手の振る舞いを見て、井上監督は真っ先に団体戦のメンバーに加えようとしたと聞きました。井上監督に対して印象に残っていることがあれば教えていただけますか。

 井上監督はすごく温かい方です。勝つためなら手段を選ばなくてもいいとも思うのですが、あの方は本当に温かいです。向ならやってくれるという期待を持ってくれていたからこそ、切り替えられると思ってくれたからこそ、自分はやってやろうと思いました。本当だったら自分ではなく誰かに出てもらった方が良かったのかもしれません。それでも井上監督が自分を選んでくれて、自分に期待をかけてくれた。その期待に応えられなかった。最後、井上康生監督に優勝させたかったのにできなかったことは心残りです。

――準々決勝では向選手の勝ちから逆転劇につながりましたし、準決勝の連勝へとつながっていったと思います。金メダルをとった選手から向選手が出番を引き継ぐという状況も多かったと思いますが、プレッシャーに感じたことはありましたか。

 それはあまり感じませんでした。金メダルをとった選手たちは、みんな競って我慢して勝ちとった試合でしたよね。圧倒的に勝った選手はいないということだと思って、逆に自分は圧倒的に勝ちたいと考えていました。

――自分にはまだ一つ道が残っているというような感覚ですか。

 はい、そうです。圧倒的に勝ちたかったですし、体の調子は今までにないくらいベストコンディションでした。本当に、それでも勝てないんですよね。これが勝負の世界。厳しい世界だと思いますし、柔道は奥が深いなと思いました。

■調子の良い状況が生み出す慢心

――客観的に見て、向選手ご自身の柔道家としての特徴や長所はどういうところだと思っていらっしゃいますか。

 同じ階級のなかでは、一番スピードが速いと思っていますね。

――今大会はうまくいかなかったと感じた部分はありましたか。

 冷静になり過ぎました。調子が良過ぎたこともあって、どこからでも投げられるぞという自分の慢心があったのではないかと思います。

――慢心があった、自信を持ちすぎたということですが、これからの競技生活ではどのように改善したいと考えていますか。

 実は調子が良い状況というのが一番怖いことかなと思います。調整練習は逆にもっと慎重になるべきだと思いました。これは柔道に限りません。何事に対してもそうだなと思いました。

――それは普段の生活においてもということでしょうか。

 普段の生活でも今回は本当に徹底的に気を配りましたし、覚悟を持って自分も大会に臨んだつもりでした。ただ、結果に関しては残念ながら、仕方のないことですよね。

【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】向翔一郎:これが勝負の世界。厳しい世界だと思いますし、柔道は奥が深いなと思いました
銀メダリストとなったことで向選手は「自分の行動に責任を持たないといけない」と気持ちを引き締めた(写真:フォート・キシモト)

■人として成長することの必要性

――東京2020オリンピックは1年延期となり、新型コロナウイルス感染症拡大に伴うこれまでにない状況での大会開催になりました。向選手はどのようなことを感じていましたか。

 1年延びたからこそ、できたことがたくさんあると思います。その分、オリンピック選手としての時間が長くなるわけです。オリンピック選手がとるべき行動についても戸惑いがありましたし、実感も湧かないまま日本代表選手に選ばれてオリンピック選手としての品格を求められました。自分自身が起こした過去の素行の悪さが目立ってしまって、柔道関係者の皆さんに迷惑をかけたと思います。オリンピックの代表から外れようと思ったことも何回もありました。そのくらい大変でしたが、いろいろな方々が「何とかして、向をオリンピックの舞台に立たせてやろう」と向き合ってくださったことがありがたいと感じています。
 アスリートである前に、一人の人間として当たり前のことを当たり前にできるようになりたいです。それはまだ自分でもできていないことです。スポーツで強ければ何でも許されるとは思われたくない。そういう思いがあります。かつては、自分も「強ければ何でも許される」と思っていたことがありましたが、もちろん全くそんなことはありません。実際には、柔道が強かろうが弱かろうが、世間のほとんどの方々にとっては関心のないことです。だからこそ、まずは人としてもっと成長しないといけないと思っています。

――今大会団体で銀メダルを獲得したことで、向選手はオリンピックの銀メダリストとして注目を集めることになります。

 自分がここでまた軽率な行動をとれば、柔道界が偉業を成し遂げていることが全て水の泡になってしまいます。それだけは絶対に避けないといけないですし、自分の行動に責任を持たないといけないと感じています。

――東京2020オリンピックを経験した向選手が伝えたい思いはどのようなことでしょうか。

 今回のオリンピックは、ボランティアの方をはじめ、本当にいろいろな方々の支えがあって開催してもらいました。これは本当にありがたいことで、当たり前のことではないと思っています。
 一方で、自分も含めて選手に対するSNSでの誹謗中傷なども数多く見受けられました。僕自身、「日本の恥」だと言われたこともありましたし、本当にすごくひどい言葉もありました。多くの選手たちが一生懸命取り組んでいますので、できればそういうことなく、応援していただけるとうれしかったという思いがあります。誰もが、自分のようにメンタルが強いわけではないと思いますし、そうした誹謗中傷が原因で亡くなられた方もいます。自分自身も失敗した経験がありますが、SNSも使い方を考えて誹謗中傷などはお互いにやめましょう。そして、アスリートをぜひ応援してほしいと思います。

――重みのあるメッセージをありがとうございます。

 ありがとうございました。

(取材日:2021年8月1日)

■プロフィール
向 翔一郎(むかい・しょういちろう)
1996年2月10日生まれ。富山県出身。父の影響で4歳の頃から道場に足を運び、小学校に入学後、本格的に取り組むようになる。小学校卒業後は柔道の私塾「講堂学舎」にも所属。日本大学の誘いで柔道部に入部後、才能が開花。2014年から全日本ジュニア体重別選手権で2連覇。19年に世界選手権で個人としては初の代表入りし、銀メダルを獲得。21年東京2020オリンピックでは、男子90㎏級で3回戦敗退だったものの、混合団体では銀メダル獲得に貢献。ALSOK所属。

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