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第23回オリンピック競技大会(2018/平昌)

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【メダリスト会見】小平選手「夢に描いていたものを成し遂げることができた」

カテゴリ:オリンピック
2018.02.19
【メダリスト会見】小平選手「夢に描いていたものを成し遂げることができた」
1000メートルの銀メダルを手に、会見に出席した小平奈緒選手。金メダルは20日のセレモニーで受け取る(写真:AP/アフロ)

 平昌オリンピックのスケート・スピードスケート女子500メートルで金メダル、同1000メートルで銀メダルを獲得した小平奈緒選手が19日、平昌JOCジャパンハウスで記者会見を行い、メダル獲得から一夜明けた心境を語りました。
 会見前には安倍晋三内閣総理大臣から国際電話での祝福メッセージを受け、「おめでとうございます」と声をかけられると「ありがとうございます。皆さんの応援のおかげで自分の実力を発揮することができました」と喜びを述べました。


【メダリスト会見】小平選手「夢に描いていたものを成し遂げることができた」
500メートルで滑る小平選手(写真:AP/アフロ)

■メダルを「早く皆さんに見ていただきたい」

――メダルを首にかけて一夜明けた今の気持ちをお聞かせください。

 まだ500メートルのメダル授与式は明日なので金メダルはここにないんですけれど、一夜明けてみて、あらためて私が夢に描いていたものを成し遂げることができたという、とてもうれしい気持ちです。

――昨日金メダルを決めた後、ご家族とは何か話しましたか?

 まだ連絡は取っていなくて。昨夜レースが終わってドーピング検査を終えて、宿に帰って来たのが12時を過ぎていました。そこから今朝も結構早い時間だったので、まだ連絡は取れていません。(家族は)良かった時もダメだった時も、成績だけでなく私がやっていることに対して常に認めてくれていたので、その点に関して本当に感謝したいということを伝えられたらいいなと思います。

――今手元にあるのは銀メダルですが、早く金メダルに触りたいという思いはありますか? どのタイミングで金、銀のメダルをつけたいですか?

 金メダルをもらうことはとても名誉なことですしうれしいことですけれど、メダルというものよりも私自身の中では、このメダルを通してどういう人生を生きていくかが大事になってくると思うので、メダルに対してどうという思いはありません。でも、メダルという形は、周りの皆さんにとって、私が戦ってきた証でもありますし、皆さんに支えていただいた証でもあるので、早く皆さんに見ていただきたいという思いの方が強いです。

――小平選手のお父様が「今の彼女の人間形成は周りの皆さんのおかげだ」、お母様も「人とのめぐり合わせはうらやましくなるくらいだ」とおっしゃっていました。所属先でずっとサポートを続けている相澤病院に対して、また金メダルを見たいと思っている患者さんも多いと思います。サポートしてくれた相澤病院に対して一言お願いします。

 私は本当に人に恵まれた人生だったなと思います。本当に相澤病院とのめぐり合わせは、必然であり偶然でもあったのかなと思います。本当に苦しい時も、成績よりも私の夢を応援してくれたのが相澤病院だったので、患者さんや職員の方たち、皆さんで一緒に喜びを分かち合えるような機会があればいいなと思っています。

――(2位に入った韓国の)イ・サンファ選手との友情が日韓でかなり話題になっているようですが、あらあためてサンファ選手への思いを教えてください。

 彼女は私がワールドカップにデビューした時からすごく仲良くしてくれて。年下ではあるんですけれど、スケートに対する思いは素晴らしいものを持っていて、私も見習わないといけないところもあるなと。すごく彼女から学ばせていただきました。私が本当にダメだった時、クーリングダウンで一人で泣いていた時に、彼女は(その大会で)優勝したと思うんですけれど、私のもとに来てくれて一緒に泣いてくれたので、私もサンファ選手の気持ちに一緒に寄り添っていたいなと昨日は思いました。また、彼女から力をもらってまた次のステップに進める機会が何度もあったので、そういった恩返しというか、彼女との友情のきずなは結構深まってきたのかなと思います。

――その泣いた試合というのはいつ頃?

 ソチオリンピックの前のシーズンかソチのシーズンか忘れてしまいましたが、すごく転倒が続いてしまったシーズンがあって。スケートが怖くなってしまった時期があったので、そういう時に「こうしたらいいよ」などとアドバイスをくれたので、よかったなと思います。

――(今年1月に亡くなった、ソチオリンピック日本代表の)住吉都選手の悲劇があって、オリンピックが臨むことになりました。住吉選手のご両親から「精いっぱいここで頑張ってほしい」という言葉を小平選手はお受けになったと聞いています。レース後に住吉選手のことが思い浮かんだり、彼女に対する思いが湧いてきたようなことはありますか?

 そうですね……正直彼女のことは何度も何度も思い出すことが多くて、やっぱり考えないようにしていても、常に頭に浮かんできてしまっていました。それでも、主将としてはレースに集中して臨まなければならないなと感じていました。これは言ってもいいのか分からないですけれど、住吉の関係者の方に生前、「奈緒が金メダルをとったら私が金メダルをとったのと同じだと思う」と話してくれたというのを、オリンピック前に聞くことができて、すごく救われたような気持ちでした。実際こうして金メダルをとることができて、本当は本人の目の前で「金メダル、とったよ」と報告したかったんですけれど、それができないのは本当に残念だなと思います。

――オリンピックは選手の物語がもっとも表れる場所だと思います。スケートを通しての他国の選手との友情もありますし、国を代表する誇りもあると思います。それぞれについて、小平選手はどのような思いを持っていますか?

 国に対しての誇りというものについては、日本でスポーツを勉強している専門家の方々がたくさんいたり、日本独特の知恵や工夫を通してスポーツを高めようというところに、私は日本らしさがあるのかなと思っています。それは、それぞれの国にもあることだなと思いますが、日本人の勤勉さみたいなところには、すごく誇りを持っています。

(他国の選手との友情については)スポーツは言葉のいらないコミュニケーションだと思っています。スポーツは世界の人たちの心を動かすものですし、他国の選手と競い合って、高め合っていく中で、スポーツの究極の姿がたくさんの人たちの心を動かすと思います。競い合うことも大事なんですけれど、やはりお互いの国の文化を知ったり、お互いの国の言葉を知ることで、さらにスポーツの楽しさが増すと言いますか。他の国の選手はこのスポーツに対して、どういう思いを持っているのかとか、どういった文化を持っているのかを知ることは、競技を高める上ですごく必要なのではないかと思っています。


【メダリスト会見】小平選手「夢に描いていたものを成し遂げることができた」
2位の李相花選手(左)と並んで、観客席に手を振る小平選手(写真:AP/アフロ)

■「500メートルの世界記録を塗り替えたい」

――今回のオリンピックに対してどんなアプローチがあったから狙っていた金メダル、銀メダルが取れたのか、何が鍵になったのか。一夜明けてご自身が思うことを教えてください。

 大学1年生から結城(匡啓)先生と積み上げてきたもの、またチームメートと積み上げてきたものというのが、やはり一番キーになったかなと思います。

――その積み上げの最たるものを具体的に言うと?

 やはり気付きや発見をしっかりとチームメートと共有しながら、お互いの良いところ、悪いところを指摘し合いながら、自分たちの発見を伸ばしてきたというか。そういったところが学び合いや高め合いにつながったのかなと思います。

――主将は金メダルが取れないという嫌なジンクスがあったと思います。どういった思いで主将を引き受けたのか。また、そのジンクスを破った今、主将として他の競技を見る機会や、この後のオリンピックの過ごし方を教えてください。

 正直、主将の打診を受けた時は、本当に恥ずかしがり屋ですし、人の前に出ることは苦手だったので。また主将になると金メダルがとれないと遠くから聞こえていたので、正直あまり受けたくないなという気持ちはありました(苦笑)。でも、結城先生に説得されて、「今の奈緒にしかできないことだと思う」と言われて。もう一度主将として私が学べることは何だろうなと考えた時に、選手としてだけではなくて、将来に生きてくるなということを何となく想像できたので、そこは覚悟を持って引き受けました。その後はもう、金メダルをとれないというジンクスはあまり気にせずというか、気にならないくらい、自分のやるべきことに集中できたのかなと思っています。今、実際に自分自身の競技を終えて、次はチームの応援に回りたいなと思っていますが、まずは今日行われるスピードスケートの男子500メートルをしっかり観戦して応援に行きたいと思います。

――小平選手はずっとノートをつけていらっしゃいますが、今回の1000メートル、500メートルについて、どんなことを書くことになりそうですか? そのノートはいつまで続きそうですか?

 滑りのビデオは振り返りで見てはいたんですけれど、まだ書いていません(笑)。これからゆっくり振り返りたいなと思っています。ただ、1500メートルや1000メートルは、すごく学びが多くて。500メートルに向けて修正しなければいけない点は1000メートルのレースからしっかりと得ることができましたし、1500メートルをやったことで1000メートルに何を生かせるかを考えることができたので、その辺はしっかりとノートに書いて、次の挑戦につなげていきたいなと思っています。

――「次の挑戦」という言葉がありましたが、この先に見据えていくところ、今考えていることを教えていただけますか?

 やはり500メートルの世界記録を塗り替えたいという思いがあります。まだ承認されているか分かりませんが、シーズン最後に(カナダの)カルガリーで試合が行われるので、ぜひその大会に出場して、今シーズンできる限りの挑戦はやってみたいなと思っています。

――そういう小平さんなので、やめるということはないと思いますが、4年後を見据えてという意味ではどう考えていますか?

 まだ所属先と話をしていないので何とも言えませんが、私としてはスケートはもう少し滑りたいなと思っています。

――レース後に、(金メダルを獲得した)フィギュアスケートの羽生結弦選手から勇気をもらったと話していましたが、彼の金メダルの瞬間をどう知り、それがどうレースにつながったか。もし羽生選手と話す機会があったらどんな話をしたいですか?

 羽生選手の演技はテレビで見ました。まずリンクに立った時、演技に向かう姿勢がもうすでに違うなというか、何も考えなくても技が決まりそうなたたずまいをしていたので、「ああ、私もこんな雰囲気でいけたらいいな」というふうには感じていました。今後羽生選手と話す機会があれば、ケガをしていた期間にたくさん論文を読んだということなので、どんな論文を読んだのかを聞いてみたい思います。

――スケートができる環境がなかなか減ってきていて、競技に取り組む子どもたちも減ってきていると思います。スケートに限らず、スポーツを頑張ることが何につながり、何に生きるのか。また、練習用のゴーグルでレースをされたと聞きましたが、レース前に(小平選手でも)平常心でないこともあるのかを教えてください。

 まず一つ目の質問ですが、子どもたちがスケートというスポーツに興味を持って、やりたいと思って始めてくれるといいなと思っています。やはりどんなスポーツでもそうなんですけれど、私が長野オリンピックで大きな感動をいただいたように、きっかけひとつで「やりたい」という好奇心が生まれると思うので、その好奇心の芽を親御さんたちがしっかりと伸ばしていってあげるといいなと願っています。

 サングラスについては……相当集中していたんだなと、自分で思います。いつもリンクに上がる前に、気持ちのスイッチの入れ替えで違うものに変えているんですけれど、陸上で体を温めているその集中力のまま氷に立ってしまいました。眼鏡をなくしたと思ってつけていた、みたいな感覚です。表彰式の時に「サングラスはつけちゃいけないよ」ということで外して、関係者に渡した時に、「私、このサングラスしていたんだ!」ということに気付いて、「すいません!」という思いでした(笑)。

――小平さんはこれまでさまざまな努力をされて金メダルにたどり着いたと思いますが、自分がやってきた中でこれだけは誇れる、他の人にはこれだけは負けないということがあれば教えてください。

 私が他の方々を見ても、それぞれどんな人を見ても、皆さんすごいなと思う部分があるので、「これだけは負けない」という部分を探すのはすごく難しいです。ただ、負けないというよりも、自分が自信を持っているのは、自分の生き方は自分で決める、自分で選択することができるという部分に対しては、本当に曲げずにこれまで歩んで来られたので、覚悟を持って自分の進みたい道に行くという意味では今、すごく自信を持っています。

――金メダルをとって何か景色や世界が変わったなと思うところはありますか? また、日本に帰ってしたいことがあれば教えてください。

 まずはメダルを取ったことで景色が変わったかということですが、まだ日本でどのような報道をされているかもまだ見ていないですし、周りの皆さんの目がどうなのかなというのはまだ実感していないので、分かりません。ただ、こうして記者の皆さんにたくさん集まっていただいて、その前で話せるということはなかなかないことなので、とてもありがたいことだと思っています。

 日本に帰ったらという話ですが、帰って解団式を終えてからすぐに中国へ世界スプリント(選手権)に行くので、まだしばらくはゆっくりできないのかなと思います。まず帰って家族と話をしたいです。

――サンファ選手とやり取りをしたり、オランダでオランダ語を学ばれたりしていますが、今話せる言葉は? 昨日のサンファ選手とのやり取りは何語で?

 韓国語は本当に少しです。単語であいさつとか、「チャレッソ(よくやった)」「チュッカヘヨ(おめでとう)」など、そういう言葉は要所要所で使うことができます。英語は苦手です。オランダ語は、最近オランダのテレビ局からインタビューを受けることも多く、最低限の受け答えはできるんですけれど、もうそろそろ語量に限界が来ているかなというのを感じているので、またもう少し勉強したいなと思います。昨日は中国の方からも取材を受けて、自己紹介くらいは中国語でできます。日本語は、ちょっとまだ、あまり得意ではありません(笑)。(昨日のサンファ選手とのやり取りは)最初の「よくやったね」という(意味の)「チャレッソ」は韓国語で、後は英語です。

――靴の配色がオリンピックの色に並んでいたと思います。どういういきさつ、思いで決めたのですか? また、レース後に帽子を渡されて被っていたと思います。おそらくオランダからだと思いますが、その辺を聞かせてください。

 なかなか私のシューズがオリンピックカラーと気付いてくださる方はいないんですけれど、オリンピックをイメージして作ってもらいました。実はあの靴は大学1年の時に型を取って2年生でできた靴を、革をリメークしながら長く使っているもので、かなり年寄りのスケート靴です。最初は黒とシルバーで、その後は何色だったかは忘れてしまいましたが、直接リメークするのに、メーカーさんのアメリカの家に行ってお願いする時に「カスタマイズできるよ」ということだったので、使える色は全部使おうと思って、オリンピックカラーにしました。

 帽子は自分でもよく分かっていなくて、たしかバンクーバー(オリンピック)の時にサンファ選手や金メダリストが被っていたなと思って、「これは金メダリストがオランダ人からもらって被るものなんだな」という暗黙の了解があって。サンファ選手がそれを知っていて「これ、奈緒が被るやつだよ」と言われて、「あ、これか」と思って、オランダ人の前で被ったら喜んでくれていたので、良かったなと思っています。


【メダリスト会見】小平選手「夢に描いていたものを成し遂げることができた」
質問に答える小平選手(写真:アフロスポーツ)

 ■「また新しい景色を見に行きたい」

――オリンピックは3度目の出場ですが、過去2度のオリンピックがどういうオリンピックで、今回金、銀とメダルをとって目標のタイムも出して、どんなオリンピックになったかを教えてください。

 一言で言えば、バンクーバーオリンピックは「成長」だったなと。ソチオリンピックは「屈辱」。今回のオリンピックは、また「成長」なのかな。やっぱり成長するということは学びの多い大会になったということだと思うので、ソチオリンピックは本当に苦しかったんですけれど、今回、またスケートの楽しさを思い出させてくれるオリンピックだったのかなと思います。

――自分自身と、アスリートとしての小平奈緒を表現する言葉を3つ、教えてください。

 うーん、私を表すことばを3つですよね?「求道者」「情熱」「真摯」。

――昨日36秒台を初めてマークしましたが、今季に世界記録に挑まれた時と比べて、(世界記録との)距離や見え方が変わったかどうか教えてください。

 でも、そう簡単には出せない世界記録だなと思っています。低地で36秒台という記録は出せたんですけれど、韓国のリンク自体がとても良いコンディションだったので、これが高速リンクに行った時にどうかなというのはありました。でも、気圧の条件や気温などがそろえば高速リンクで十分狙えるチャンスはあるのかなとすごく感じています。

――スケートの楽しさがこのオリンピックでまた増したような気がするとおっしゃっていましたが、スケートの楽しさとは具体的にどういったことですか?

 スケートを通して氷に呼びかけると、その声がちゃんと返ってくるというのがスケートの楽しさだなと思っています。やっぱり自分から一方的に押し付けるような声がけをすると全く返ってこないんですよね。すごく人との関わりみたいな例えになってしまうんですけれど、よくサッカーで「ボールは友達」と言いますけれど、人と接するようなやり取りが氷との間にあるので、氷を制することができれば友達も制することができるのかなというふうに感じます。それがスケートの楽しさです。

――昨日結城コーチからはどんな言葉がありましたか? コーチとはどんな将来設計を描いていますか?

 昨日は「立派だったぞ」と、そのような一言でした。あとはチームメートの山中(大地選手)もレースを控えていたので、もうそちらに結城先生は集中がいっていたかなと思います。今後については、まだ結城先生と高めていきたい部分があるので、今回の経験も踏まえて、またお互いステップアップしていけたらいいのかなと思っています。

――いつも究極の滑りを目指すという話をされていますが、金メダルをとってイメージが湧いてきたでしょうか? また、男子選手に勝ちたいと普段からおっしゃっていますが、金メダルをとってその気持ちはどうですか?

 金メダルだったり良い記録を出したことが究極のすべりかというとそうではなくて。やっぱり氷とどんなやり取りができたか、自分の中だけに残るものが、何かその新しい感覚だったり新しい景色だったりという部分で、なかなか言葉では伝わらない……本当に皆さんに伝えたい部分なんですけど、それを表現できない楽しさというのが、究極の滑りなんじゃないかなと思っています。それは今回、会場の雰囲気の中で私が少し感じられたものかなと思っています。ただ、それがゴールだと思ってしまうと楽しさがなくなってしまうので、また新しい景色を見に行きたいなという思いがあります。

 男子に勝ちたいというのは、実際にタイムで男子に勝ちたいという意味ではなくて、何と言えばいいか……男子と競えるぐらいの意気込みで臨みたいという意味であって、女子のレベルをとにかく引き上げたいというふうに思っているだけなので、まだ男子に勝つにはまだ何十年もかかるのかなと思っています。

――先ほどゴールという言葉がありましたが、小平奈緒というスケーターの最終的な到達点はどこにあるのでしょうか?

 今は全く想像ができません。駆け抜けている途中なので、まだゴールは見えてきません。でも、突然、その日が来るのかなと思っています。










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