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トリノオリンピックへ向けて / vol.1 スピードスケート&ノルディック・コンバインド編

深刻な少子化問題と
急がれる一貫指導体制の確立

-- お二人は現在、指導者として活躍されています。今後スケート、あるいはスキーをこういう方向に進めて行きたいというビジョンについて聞かせてください。

青柳:もちろん、トップ選手の強化が最大の目的ですが、それと同時に底辺を広げていかなければなりません。そのためにはジュニア期からシニアのトップに至るまでの一貫指導の確立が急務となります。現在スケート連盟では、競技者育成プログラムに基づき有望選手発掘研修会を1年間に4回実施しています。まだ始めてから2年ですが今後も継続していく予定です。また、強化選手の合宿を行う際には、地域の子供たちへ講習会を開いたりしています。トップを目指すための動機付けをするといった、地道な努力を続けることが大切であり、それが最終的に競技力の向上へとつながるのではないでしょうか。とくに少子化の流れのなかで競技スポーツとして生き残るためには、今後はそうした努力が必要でしょう。

河野:強化システムに関しては、スケートの方が進んでいるので、我々も頑張らなくてはいけません。JOCには来年度までに競技者育成プログラムを作って提出することになっています。ひとつの流れの中で一貫性を持たせた指導が必要になってきていますが、強化だけなく底辺の拡大までを含めたプランを立てて実施していかないと……。少子化と子どものスポーツ離れ、これは本当に深刻で、将来的には競技としての存続が関わっているといってもいいと思います。

-- では、その将来を担うべきジュニア世代へのメッセージを聞かせてください。

青柳:スピードスケートははっきりいって厳しい競技スポーツです。寒く練習は地味であり、野球やサッカーのように注目度も高くはありません。しかし、実際にやってみると自己への挑戦という貴重な体験ができる素晴らしい競技スポーツなのです。忍耐力を養うには最適なスポーツといえるでしょう。保護者の方々にはスピードスケートは人格形成にも役立つということをアピールしたいですね。

河野:スキーも同じように屋外競技ですから、辛いことが多々あります。でも、それだけに身体を丈夫にしたり、社会性を身につけるといったことが将来必ず役に立つはずです。

-- スポーツが社会に与える影響はけっして小さくない。たとえば、アテネ大会が成功したといわれていますが、重要なのは、スポーツは我々の生活を明るく変えてくれる力を持っているということで、この事にみんなが改めて気がついたことではないでしょうか。たとえば河野さんのかつてのチームメイトである荻原健司さんが国会議員になられたのは、スポーツの分野から社会を、世界を変えて行きたいということだったと思うのですが。

河野:そうですね。初めて国会議員になって、彼にとっていろいろなことが新しい経験です。でもスポーツというのは、つねに新しいことへのチャレンジですから、大変だとは思うけれど、彼にはこれまでの経験を活かして政治の世界でも頑張ってほしい。そしてこれまでとは違う立場からスポーツを応援してもらいたいと思います。我々も精一杯頑張って、スポーツの持つ可能性を皆さんに伝えていければと考えています。

-- 今日はいろいろと興味深いお話をありがとうございました。トリノ大会に向けてのご活躍をお祈りします。


青柳徹(あおやなぎ とおる)

1968年4月12日生まれ。 北海道釧路市出身。
日本体育大学卒業後、(株)東芝入社。
1999年筑波大学大学院体育研究科修士課程就学(コーチング論)のため退社。
2000年8月から2002年9月までJOCスポーツ指導者在外研修員としてオランダに2年間研修留学。
帰国後2003年筑波大学大学院体育研究科修士課程修了、現在JOC専任コーチ、(財)日本スケート連盟強化副部長。

スピードスケート中長距離の選手として1988年カルガリーから1998年長野までオリンピック4大会連続出場。
1988年第15回カルガリー冬季大会1500m 5位/5000m 14位
1992年第16回アルベールビル冬季大会 1500m 12位
1994年第17回リレハンメル冬季大会 1500m 15位/5000m 24位
1996年世界選手権総合7位/全日本選手権5000m 1位
1997年世界選手権総合8位 1998年第18回長野冬季大会1500m 8位


河野孝典(こうの たかのり)

1969年3月7日生まれ。 長野県野沢温泉村出身。
野沢温泉小学校4年生でジャンプ、野沢温泉中学校1年生から複合競技を始める。
1985年飯山南高校2年生でインターハイ優勝。
1986年国体冬季スキー競技会少年男子コンバインド優勝。
1987年早稲田大学入学。在学中はインカレ2連覇、ユニバーシアードでは2大会連続銀メダル獲得。
1991年大学卒業後、野沢温泉スキークラブに所属。
1995年3月26日ワールドカップサッポロ大会を最後に現役引退、ドイツに留学してドイツトレーナーアカデミーでコーチの資格を取得。 現在JOC専任コーチ、全日本スキー連盟コンバインドチームコーチ。

オリンピックには2大会連続出場し、いずれもノルディック複合団体で金メダル、個人ではリレハンメル大会で銀メダルを獲得。
1992年第16回アルベールビル冬季大会ノルディック複合団体1位/個人19位
1992年ワールドカップ複合個人総合2位
1993年ノルディック世界選手権大会(スウェーデン・ファルン)、複合団体1位
1993年ワールドカップ複合個人総合2位
1994年第17回リレハンメル冬季大会ノルディック複合団体1位/個人2位。
1995年ノルディック世界選手権大会(カナダ・サンダーベイ)、複合団体1位


田草川嘉雄(たくさがわ よしお)
スキー専門誌勤務の後1998年よりフリーランス。 主にアルペンスキーを専門とし、著書にアルペンレーサー岡部哲也を描いた「終らない冬」がある。



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