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2021.11.09 オリンピック

【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】古川高晴:すれ違う人全員が何かのスペシャリストだと思うと選手村はすごい空間

 JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、東京2020オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。

古川 高晴(アーチェリー)
男子団体 銅メダル
男子個人 銅メダル

【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】古川高晴:すれ違う人全員が何かのスペシャリストだと思うと選手村はすごい空間
アーチェリー男子個人、団体ともに銅メダルを獲得した古川選手(写真:フォート・キシモト)

■エースが2番手を担当するチームの強さ

――2012年のロンドンオリンピックでは個人として銀メダルをとられて、今回は団体でもとられましたが、感覚の違いというのはありますか。

 ロンドンオリンピックでは個人でメダルがとれたので、次は団体でメダルをとりたいという思いはずっとありました。今回東京2020オリンピックという自国開催のオリンピックで、アーチェリーにとっては史上初となる団体でのメダルになりました。団体は三人の調子がそろわないと勝てません。ワールドカップなど他の大会ではとったことはありますが、オリンピックは4年に1度の一発勝負でもありますし、その舞台でうまくタイミング良くメダルがとれたのはうれしいです。

――メダルがとれそうという手応えがありましたか。

 言葉で説明するのはすごく難しいですね。三人の調子が合えばメダルはとれますし、誰か一人が調子悪いとか、二人が調子悪かったら1、2回戦で負けてしまいますし、絶対にメダルには届きません。このメンバーそれぞれの特徴が、順番にぴったりはまっていたので、この三人ならうまくいけるんじゃないかなっていう予感はしていました。

――このチームのどこが良かったのか、銅メダル獲得のポイントについてぜひ解説してください。

 それぞれが互いにうまく助け合うことができましたよね。初戦でアメリカと対戦した時には河田(悠希)選手がすごく緊張していたんですが、その時に2番手だった自分、古川が調子を崩さずにしっかり決めることができたのでチームを助けられました。韓国と対戦した準決勝は、それぞれが大きなミスはそこまでなかった上に、韓国がミスをしてくれたこともあって、いい勝負になりました。結局、韓国の力が強く、負けてしまいましたが、三人とも力は出せたねと話しました。3位決定戦では古川が調子をどんどん崩して、8点が4本ありました。だいぶミスを重ねていたわけですが、古川が8点を打った時には、武藤(弘樹)選手・河田選手が二人とも10点をとってくれた。10点・10点・8点の28点であれば、10点・9点・9点と一緒なわけですからそんなに悪くないんですよ。ミスした時に続けてもう一人ミスしてしまうと絶対勝てないんですが、ミスした時にお互いカバーできたところが完全にうまくはまっていました。

――韓国戦も最終的にはシュートオフになり、3位決定戦もシュートオフになりました。あのような追い込まれた場面では、ご自身で打っている方がむしろ気楽だったりするのでしょうか。選手たちは実際のところどのような気持ちでいるのですか。

 10点に入れるためには、とにかく思い切り良くいくしかありません。ちょっと気持ちが弱いと、射るまでのタイミングが長くなってしまいがちです。弓を引くのにはかなり力が必要なので、弓を引く時間が長くなれば長くなるほどミスをしやすくなります。だから、思い切っていくのが大切なんです。10点に入るのは、思い切りが良い時です。だからこそ、思い切りをどうやって作っていくかですね。今回の3位決定戦の場合、こちらが最終セットをとってシュートオフに入りましたので、こちらが精神的に有利なんですよね。

――シュートオフに入る前の流れが重要ということですね。

 はい。ミスしてシュートオフだと不安に思ってしまいますよね。最後に少し点数を上げて、ポイントをとってからシュートオフだったので、こちらにとっては良い流れだと思いました。

――シュートオフの最後の3射目、武藤選手の役割は本当にプレッシャーがかかりますよね。最後、10点に刺さりましたけれど、しかもより中心に寄せないといけないとなった時は逃げ出したくなってしまいそうです(笑)。

 あれが3番手の役割です。あれで決めたらめちゃくちゃかっこいいじゃないですか(笑)。だけど、その分、外した時は責任が重い。美味しいですが、責任がすごく重大なポジションというわけです。そういうシチュエーションが最も得意なのは、この三人のなかで武藤選手だと思うのでそのように順番を決めました。
――性格的なものと技術的なもの、どちらを重視するのでしょうか。

 どちらもですね。あまり目立っていないかもしれませんが、実はこの三人の中では河田選手が最も1番手に適しているんですよ。他の予選のラウンドでもそうですが、河田選手は1本目の10点の確率がすごく高く、かつ、射るまでのタイミングもすごく速い。1本目に素早く10点を決めてくれたら後ろにつなげられますよね。

――しかも、時間が残ると。

 そうなんです。時間も大切で。時間がない中でいつもの動作をしなきゃいけなくなったらちょっと難しくなります。武藤選手と僕はちょっと長く弓を持ってしまいがちなのですが、河田選手はとにかくすごく速いので、後の選手たちの残り時間を確保できます。それで河田選手が1番、武藤選手が3番に決まりました。

――例えば、野球なら1番バッターがいて4番バッターがいてまた9番バッターがいるといった打順ごとに期待される役割がありますが、アーチェリーでも1番手、2番手、3番手に適切な役割があるのですね。

 性格なのかスタイルなのかは分からないですけれども、本来は2番手ってチームで最も経験が少ない選手が入るケースが多いです。お話ししたように1番手は早く打って決めなくてはいけません。3番手はプレッシャーのかかる場面で決めなくてはいけません。そうすると、2番目は一番経験が少ない人が入りがちなわけですが、この3人のメンバーだと2番手は僕しかいないんです。これまで僕は団体に出場した時は、1番手か3番手だったんですよ。エース格は普通そこに入るわけです。でも、オリンピックで最も経験がある古川が2番手に入るというのはものすごい強みだと思うのです。
ただ、実は2番手が一番難しいと思っています。最も経験のない選手を入れがちですが、1番手が10点入れたら、その勢いを消さずに10点に入れて3番手につなげなければいけません。逆に、1番手が外したら2番手が10点を入れて3番手につながなきゃいけませんし、1番手のタイミングがすごく長くなってしまったら、2番手が素早く射ることで修正しなくてはいけなくなります。
ちなみに、今大会の韓国の2番手は、若い金済徳(キム・ジェドク)選手でしたが、その前の大会では、個人金メダリストの呉真爀(オ・ジンヒョク)選手が2番手に入っていて、めちゃくちゃ強かったんですよね。2番手に経験がある選手が入るのは、本当に強いチームだと思います。

――なるほど、すごく面白いですね。このように古川選手に解説してもらいながらアーチェリーを見たら、さらに楽しくなりそうですね。今後アーチェリーの世界を盛り上げていくために、競技者としてもそうですが、競技者以外のポジションでも幅広い活躍が期待されそうですね。

 僕自身まだ競技を続けていきたいと思っていますが、普及などに関しても、そういう話をいただいたら当然やらせていただきます。今回もアーチェリーに興味を持ってくださってやりたいと思う方はたくさんいらっしゃるかもしれませんが、実際にプレーできる場所が少ないのです。僕らが直接行政を回って「アーチェリー場を作ってください」と提案したり、企業を回ってアーチェリーチームを作ってください、面倒を見てもらえませんかと交渉したり、そういう活動に時間を割くのは現実的には難しいかなと思っています。だからこそ、そうした仕事は連盟などにしていただきたいと思っています。結果を出し続けて、「アーチェリーってかっこいいな」と思ってもらうことはもちろん大切です。
また、アーチェリーはやる場所がないため、アーチェリー部のある高校で始めるケースがほとんどですが、将来、アーチェリーをやってみたいと思ってくれる小さな子どもたちをたくさん育てることが大切です。メダルをとっていろいろなテレビ番組などに出演させてもらったり、いろいろなメディアに出たりして、僕らを知ってもらうことを通して、アーチェリーを体験してもらう流れを作ることが大切なのだと思います。


■アスリートのポジティブさを届ける

――今大会は開催そのものが危ぶまれていました。もちろん1年延期になったこともそうですし、オリンピックをやっている場合ではないといった声も聞こえてきたと思います。古川選手ご自身はアスリートの立場として、どのように受け止めていらっしゃいましたか。

 僕はいろいろな報道とか情報を見て、逆に冷静になれました。普通のオリンピックであれば、あと何日とカウントダウンされていきますよね。「あと何日しかないのに調子が上がらなくてどうしよう」とネガティブに考えてしまいがちで、あまり見たくないんですよね。今回はあと何日とカウントダウンされても「もしかしたら中止ということもあるのかな」と想定することで、すごく冷静になれましたし、焦りが全然なかったです。中止も想定しながら、自分の頭の中に大会のイメージを作りつつ、自分がすべき練習をきちんとして、大会の日程に合わせてベストな調子になれるように調整しようと思っていたので、いろいろな報道を見ながらすごく冷静に過ごせたこの半年間でした。

――大会が始まって日本のメダルラッシュが始まりました。あらためてスポーツの良さが伝わり始めていると思います。古川選手は、他競技の選手たちを見ながらどのように感じていましたか。
 苦しい状況でアスリートはどうするかといえば、絶対に諦めないと思うんです。苦しい状況だからこそネガティブな言葉は絶対に出さない。いろいろな性格の方がいらっしゃると思うのですが、苦しい状況でも諦めずにコツコツと努力していけば道は開かれていくことは、僕らアスリートが体現していることです。それを少しでもプラスに、ポジティブに感じていただけたらうれしいですね。

――きっと届いていると思います。今おっしゃったように、努力をすれば道が開けるとは限らないかもしれないけど、でも道を開くためには努力するしかないと……。

 努力をしないと開かれる可能性が増えてこないです。努力しなかったら「0」ですけど、努力したら本当にごく少なくても可能性は出てくるかもしれない。それは努力をポジティブに捉えることだと思います。

――オリンピックの良さの一つに、いろいろな国の人たちが集まってきて、勝敗を超えてお互いにたたえ合い尊重し合う精神に代表されるオリンピズムがあると思います。アーチェリーの選手たちを見ていてもハイタッチしている姿や、あるいは表彰式で、チームメンバーでメダルを掛け合う姿もすごく素敵だなと思って見ていました。オリンピックに何度も出られている古川選手から見てオリンピックの魅力はどのように感じていらっしゃいますか。

 オリンピックの魅力は、勝負そのものがあることは大前提ですが、勝負以外にもいろいろなドラマがあることだと思います。アーチェリーでいえば、予選で下位の選手と当たる場合でも下位の選手も必死ですし、上位の選手も下位の選手が相手だからと手を抜くことは絶対しないですよね。気を抜いたら負けてしまいますし、全ての勝負にドラマがあると感じます。アーチェリーは1本ミスをしたら負けてしまう競技なので、その1本にいろいろな人の思いが詰まっています。僕ら三人だけでも本当にたくさんの方が応援してくれています。オリンピックに出場するアスリートだけでも何万人もいて、その選手に関わっている人がそのまた何百倍、何千倍といるわけですから、一つひとつの勝負がそうだと考えると全ての勝負が全部輝いたものに見えてきます。国際的な交流とか、メダルをとるという結果も大切ですが、全部の勝負にいろいろな思いが詰まっているということがオリンピックだと感じています。

【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】古川高晴:すれ違う人全員が何かのスペシャリストだと思うと選手村はすごい空間
いろいろな人の思いが詰まった会場で一本を打っていった(写真:フォート・キシモト)

■「グッドシューティング」に込められた思い

――個人での銅メダルも本当におめでとうございます。とくに準決勝はメダルの色が分かれていく試合となりましたが、いかがでしたか。

 メダルをとれるかとれないかをそれほど意識していなかったです。結果を求め過ぎると僕は失敗してしまうことが多いので、それよりも試合の内容にこだわろうと思っていました。「10点に入れなくては」とか「ここで勝ったら」とか「絶対に勝とう」とかを考えてしまうとダメなので、自分の理想とするフォームでプレーすることばかり考えていました。

――本当に良いショットを決めるために一射一射に対して集中するという感じですか。

 はい。それだけに集中してやっていました。

――とくに気にするところはどのようなポイントですか。風だったり、フォームだったり、いろいろあると思うのですが、具体的にどのようなことを考えていらっしゃいましたか。

 考えることはもちろん全部ですが、そのなかでもここがポイントというところはもちろんあります。たとえば今回の個人戦の場合は、打つまでのタイミングが長くなり過ぎていました。タイミングが長くなり過ぎると、必ずミスにつながってしまうんですよね。でも、適切なタイミングで打っている時は必ず10点に入っていたので、そのタイミングだけまず間違わないように打つことを意識していました。

――なるほど、力みにつながるのでしょうか。やはりアーチェリーでもリズムやテンポが重要なのですね。

 はい、それは実際にあると思います。調子が良い時は問題ないのですが、僕の場合は一本一本打つのが試合となると練習よりも間合いが長くなりがちです。課題でもあるのですが、個人戦ではまずしっかり打って、画面を通して見ているアーチェリー選手や僕を指導してくれている監督やコーチに「しょうもない打ち方をしている」と思われないように、勝っても負けても「綺麗なフォームで打っていた」と言ってもらえるような打ち方をしようと心掛けていました。

――ちなみに、会場のモニターはオリンピックに限らず、必ずどの会場でもあるのですか。

 オリンピックならではですね。世界選手権とか他のワールドカップの試合など通常の大会では1対1で対戦するのは、決勝と3位決定戦などのファイナルしかないんです。最終日に3位決定戦と決勝があるので、そこだけ1対1でやるのですが、それ以外は全部同時に打つんです。モニターが準備されて試合をするのはファイナルまで残らないとないわけです。ところが、オリンピックは1回戦からモニターがあって対戦型で行われるので、だからこそ選手たちはみんな緊張するんです。

――1回戦からああいう形で戦うっていうのはオリンピックだけなんですね。そんなことも知らずに観ていました。

 分からないですよね。

――大勢で打つというのは、試合はどのように行われるのですか。

 トーナメントであれば一つの的を二人で打つんです。打った矢のノックと呼ばれる部分や羽の色が違いますし、矢に名前も書いてありますので、それで見分けていきます。打ったらみんな的に移動して、「あなたの矢はこれなので何点」「これは私の矢なので何点」といったように点数を確認して戻ってきます。すると次は2セット目だから、またみんなで一緒に打って……といった具合に進んでいくのです。

――私たちがテレビで見るあのオリンピックのアーチェリー競技とはまた違う感じですね。自分たちを撮るカメラもあって、注目される中でプレーするのは選手たちも緊張しそうですね。

 経験のない選手は本当にビビります。そこに観客がたくさん入って、全てがアップになって映し出されるカメラがある。僕らにとってもオリンピックは特別な大会ですね。

――なるほど。経験があるかないかの差はすごく大きいことですね。

 大きいです。

――団体戦でメダルをとっていたことは、個人戦においては自分の心のなかでプラスに働きましたか。

 余裕なのかどうかは分かりませんが、1個メダルをとったから持ち帰るものがすでにあるので、次はリラックスしようと考えていました。吹っ切れた部分もありましたし、そうやって浮かれていたらダメだから謙虚にしっかり気持ちを切り替えていかないといけないと思う部分もありました。一つはリラックスする方で、一つは緊張感を保つ方。その二つがバランス良く働いたかもしれないですね。

――スポーツは相手がいてくれるからこそ、試合ができるし、楽しめます。だからこそこうしてメダルをとって喜べるわけですよね。一方で、自分自身との闘いでもあります。他者への尊重や感謝もありながら、自分を大切にして鼓舞していかないといけません。二つのバランスという話がありましたが、相容れないものを両立させる闘いでもありますね。

 結局、何を目指しているかと考えたら、勝つこと。参加することに意義があるという言葉もありますが、きっと誰もがみんな参加するだけじゃなくて勝ちたいという気持ちがあると思います。そこはもう自分の気持ちをとる方の優先度が高いと思います。そうでないとアスリートは勝っていけません。
相手の選手にこんなドラマがあって応援している人がいる。この選手に勝ってしまったら……などということを考えていたら、勝てないと思います。まずは自分自身のために頑張る。その勝負を全力で勝ちに行くということです。自分自身のために頑張ることは他の人のためになるとか、他の人に感動を与えるとかというのは、その次のことだと思います。まずは自分のことを考え、自分が勝つことに全力を注ぐ。それこそがアスリートだと思います。

――試合は自分と向き合い全力で勝利を追求するけれども、ひとたび試合が終われば、お互いにアーチェリーを愛する仲間同士に戻り、お互いがお互いをたたえ合う。それは全力を尽くしてしのぎを削った同士だからこそ分かり合える。そういうことなのでしょうか。

 それはあると思いますね。アーチェリーは試合後、今はグータッチになっていますが、本来は握手をして「グッドシューティング」という言葉をかけることが多いんですね。「良い試合だったね」と声掛けするわけです。自分が負けたとしたら相手に「うまかったね」という意味で「グッドシューティング」ですし、勝ったとしたら「良い勝負ができたね」という意味で「グッドシューティング」と相手をたたえる言葉を掛け合うわけです。他競技については分からないですが、アーチェリーはこんな風に負けたとしてもたたえ合うスポーツだとは思います。

――まさにオリンピック精神であり、どんな競技にも共通する話ですね。オリンピックが、スポーツを通して世界の平和に貢献していくということですね。

 はい、そうですね。自分が負けてしまった時も、他の選手、仲の良い選手、勝ち上がっていってほしいなと思います。実際、僕は昨日勝ち上がりましたけど、ロンドンオリンピック決勝で敗れた韓国の呉真爀(オ・ジンヒョク)選手から「本当におめでとう」とメールをもらいました。彼は本当に悔しいはずだと思うんですが、その言葉がうれしかったです。お互いにそういう言葉を掛け合う……、それがオリンピズムというのでしょうか、スポーツの本当に良いところなんだと思います。

――古川選手と呉選手との関係がすごく素敵ですね。

 今、僕が指導してもらっている韓国人コーチの、1歳年下の後輩に当たるのが呉選手なんですよ。要は自分の先輩の教え子だから僕にも親しくしてくれるんです。単なる対戦相手でもなく、国際交流だけじゃなく、国を超えた先輩・後輩のつながりもある。おそらく他競技でもそういうことはあると思いますが、こういうのが大切なことだと思います。


■オンオフの切り替えと平常心

――お子さんが生まれて、早く帰りたいとおっしゃっていました。ご家族とは連絡をとられていますか。

 団体でメダルをとった時に、最初に連絡したら本当に喜んでくれて。「おめでとう」と言ってもらった時は本当にうれしかったですね。

――生まれて間もなくて、しかも練習もあって一番会いたい時期に会えないんじゃないかと想像すると、一刻も早く顔を見たいと思いますよね。

 この2カ月間は合宿や遠征があって、その内10日ぐらいしか会えてないです。帰ったらきっと「誰、この人」って泣かれてしまうんでしょうけどね(笑)。妻がずっと写真を撮って送ってきてくれて、今こんな状況だよとか教えてくれたり、子どもの様子を伝えてくれたりするので本当に感謝しています。僕も気になって聞きますが、向こうも気にして報告してくれますし、それが家族かなという風に思います。

――古川選手が戦う上で、家族が増えたことは何か影響していますか。

 勝負の瞬間は競技に集中しているのであまりないのですが、普段の練習とか勝負に向かう前の段階で心の支えは増えていますし、モチベーションの一つになっています。子どもが生まれて父親になった年に、東京でオリンピックが開かれて、そこでお父さんはメダルをとって活躍したんだよと、今は分からなくても、いつかそう伝えられて、誇りに思ってもらえたらうれしいですよね。だからこそ、ただ出場するだけではなく、結果を残したいというモチベーションになっていました。

――今まで出たオリンピックと、東京だからこそ違うと感じたことは何かありましたか。

 今まで出たオリンピックは海外のオリンピックだったので、現地のボランティアの方々から「Good luck」と声をかけてもらっていたのですが、今回はボランティアの方々もほとんど日本人でしたので、「頑張ってください」と日本語で声をかけてくださることでした。そこが一番の違いですかね。選手村でもですし、競技会場はとくにそうですが、これだけ短時間に多くの人から「頑張ってください」と言ってもらったことはないですよね。それは僕が期待していたことの一つで、そうやって声かけてくださることがこんなにも力になるんだと思って、それは本当にありがたかったです。

――とはいえ本当は、満員の観客の大声援のなかでしたら最高でしたよね。ただ、そうではなかったものの、ボランティアの方々の思いが後押しをするような感覚が味わえたということですよね。

 はい、そうですね。それと東京での大会ということもあり、あの競技会場に立った時に、かつてはあそこに何もなかったのを知っているので、あんな立派な施設を造ってくださって、そこでプレーできるだけで感激しましたし、いろいろな皆さんの思いが詰まっている会場だと思いました。

――そうやって全部受け止めながらプレーしていただけたら、きっと関わった方々も皆さんうれしいと思いますよ。

 はい。自然にそういう思いになりました。本当に、いろいろな人の思いが詰まっていますよね。

――古川選手は選手村生活を体験されて何か感じたことはありますか。

 日本代表選手団はそれぞれすごい選手なのですが、とくに名前のある選手、よくメディアに出ている選手を見かけた時は、すれ違うたびに挨拶はしています。「あの選手だ!」と思いましたね。背が高い人を見れば「バレーボールとか、バスケットボールの選手かな」と思いますし、筋肉ムキムキの人がいたら「ウエイトリフティングとか、レスリングとかの選手かな」と思いますし、足のスラっと長い人がいたら「陸上競技の選手かな」などと思いますよね。最初にオリンピックに出場した時も感動しましたが、すれ違う人全員が何かのスペシャリストだと思うと選手村はすごい空間だなと感じます。

――ある意味、博物館みたいなものですね。感動しますね。

 本当に感動ですよ。感動しました!

――そして、古川選手もまぎれもなくその一人ですもんね。

 僕らの体型でアーチェリーの選手だと分かることはないと思いますけど、そうした背がものすごく高い人や、筋肉がムキムキの人などは、僕らアーチェリーの世界ではなかなか見かけないような選手たちなので、それは本当に感激ですし感動します。

――異なった競技の選手たちが一堂に会するのが、オリンピックの特徴ですものね。

 はい。日本代表選手団も同じ棟のなかで、すれ違うたびに「頑張ってください」と挨拶してくれたり、「競技はいつからですか」と声をかけてくださったりします。同じ所属の近畿大学の学生や職員ともすれ違っては、「いつから試合なの?」と会話をしてお互い励まし合いました。アーチェリー競技だけの大会では味わえないことで、こうした喜びもオリンピックならではですよね。

――最後に一つ。日常生活などで古川選手が心掛けていることで、一般の方も実践できるようなアドバイスがあればお願いします。

 二つあります。
一つは日常生活というわけではないのですが、オンとオフをしっかり切り替えることです。やる時はやる、やらない時は競技のことを一切考えないようにしないと疲れてしまいます。勉強に例えるなら、勉強しながら今日はあのテレビ見ようとかって考えていたら絶対にダメですし、テレビを見ながら勉強すると、テレビも楽しくないはずです。メリハリをつけてそれを繰り返すことで集中力がつくと思います。
もう一つは、平常心に関することです。僕らが向き合うアーチェリーはメンタルの競技なので、冷静になって平常心を保たなければいけません。そのコツとして、自分の頭や心のなかを何かで100%にしてしまうのではなく、必ずどこかに余裕を持たせておくことが大事だと思っています。余裕を持っていれば何かあった時にもいろいろと対処できると思いますので、平常心は非常に大事なキーワードだと思います。

(取材日:2021年7月27日、8月1日)

■プロフィール
古川 高晴(ふるかわ・たかはる)
1984年8月9日生まれ。青森県出身。高校で競技を始める。2004年アテネ大会で初めてオリンピックに出場して以来、5大会連続でオリンピックに出場を果たす。12年ロンドンオリンピック男子個人では、銀メダルを獲得。18年アジア競技大会の混合リカーブ団体で金メダル。21年東京2020オリンピックでは男子個人、男子団体でともに銅メダルを獲得。男子団体は日本アーチェリー史上初のメダル獲得となった。近畿大学所属。

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