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八木祐四郎JOC会長を悼んで

 
 本会の八木祐四郎会長(72歳)が9月9日、心不全で急逝した。ソルトレークシティー冬季オリンピックを5ヶ月後に控えての悲報だった。
 たぐいまれなマネジメント力と行動力で最後まで日本のスポーツ界をリードし、多大な貢献をされた。
 1929年8月北海道中頓別町生まれ。日本大学入学と同時にスキー部に入部。マネージャー、コーチを経て、1955年から監督を努め、全日本学生選手権で史上初の13連覇に導くなど同部の現在の黄金時代を築いた。
 60年には全日本スキー連盟の理事となり、現在は副会長兼専務理事だった。72年の札幌冬季オリンピックでバイアスロン監督、88年カルガリー冬季オリンピックでスキー監督を務め、ジャンプやノルディック複合の重点強化に乗り出した。
 特に、現場に少数精鋭主義を導入、無名だった荻原健司らのノルディック複合選手を集中的に強化し、92年アルベールビル、94年リレハンメル両冬季オリンピックでの団体2連覇を達成するなど、近年の日本冬季スポーツの隆盛を築きあげた。
 JOCでは、89年から選手強化本部の一員として冬季競技の強化対策にあたり、93年に理事に就任、95年には専務理事、長野オリンピック対策本部長を兼任、99年に第3代会長に就任し、2期目に入っていた。
 この間、92年アルベールビル、94年リレハンメル冬季オリンピックの日本代表選手団副団長、そして98年の長野冬季オリンピック、00年シドニーオリンピックでは日本代表選手団の団長として現場での陣頭指揮にあたった。特に、長野冬季オリンピックでは有力種目に絞った重点強化を行い、スキージャンプ、スピードスケートなどを中心に金メダル5個、銀メダル1個、銅メダル4個の大成功を収め、冬季オリンピック史上最高の輝かしい歴史作った。
 今年3月の再任を受けた以後は、2008年大阪オリンピック招致のほか、オリンピックでのメダル倍増を目指す新プロジェクトを成功させるべく、財政基盤の確立に尽力していた。また、オリンピックの感動、すばらしさを通して、21世紀の子供たちに大きな夢を残してあげようとオリンピックムーブメント事業にも奔走していた。
 本業では、57年にビル総合管理会社「東京美装興業株式会社」を創業、業界大手に育て上げ、多数のスキー選手、指導者を社員にすることでも競技力の向上に貢献していた。
 スポーツ界に限りない情熱を傾注された八木会長に対し、心よりご冥福をお祈りする。

●八木祐四郎氏の功績
◎1940〜50年代
46年 日本大学入学と同時にスキー部に入部、マネージャーとして活躍
55年 大学を卒業後(52年)も日大スキー部の指導に携わり、この年監督に就任
57年 経済成長に伴うビル建設の急増から可能性を見て取り、ビルメンテナンス業の東京美装興業を創業。起業には「スキー部の後輩たちに仕事を提供したい」との思いも
59年 日大スキー部が全日本学生選手権初優勝。その後、母校を13連覇を含む24回優勝と学生スキー界屈指の強豪に導く
◎1960〜70年代
64年 本業の関係で、東京オリンピックの選手村の清掃管理に携わり、その後のオリンピックとの縁が始まる
72年 札幌冬季オリンピックにバイアスロン監督として参加。スキージャンプで教え子の金野昭次選手が銀メダリストに
78年 東京美装スキー部が全日本選手権初優勝。以後、83年の天皇杯6連覇へと続く
◎1980年代
84年 全日本学生スキー連盟理事長就任
88年 カルガリー冬季オリンピックに全日本スキー連盟競技本部長として参加。目標の「スキーでの日の丸掲揚」はならなかったが、その後、ノルディック複合の可能性に注目して選手強化に着手
◎1990年代
90年 全日本スキー連盟専務理事に就任
92年 アルベールビル冬季オリンピックに日本代表選手団副団長として参加。ノルディック複合団体で念願の金メダルを獲得
94年 リレハンメル冬季オリンピックに日本代表選手団副団長として参加。ノルディック複合団体の大会2連覇
95年 スポーツ功績により藍綬褒章を受賞
日本オリンピック委員会(JOC)専務理事に就任
97年 国際オリンピック委員会より「オリンピックオーダー」表彰を受ける

98年

長野オリンピックに日本代表選手団団長として参加。有力種目に絞った重点強化で金メダル5個、銀メダル1個、銅メダル4個の大成功を収める
文部大臣よりスポーツ功労者顕彰受賞(92年、94年に続いて3度目)
99年 古橋廣之進前会長の勇退を受けてJOC会長に就任、その他東アジア競技大会連合(EAGA)会長,アジアオリンピック評議会(OCA)副会長に就任
◎2000年代
00年 シドニーオリンピックに日本代表選手団団長として参加。金メダル5個、銀メダル8個、銅メダル5個を獲得し、日本の長期低落傾向に歯止めをかける。
01年 JOC会長に再任され、2008年大阪オリンピック招致、2002年ソルトレークシティー冬季オリンピックに向けて奔走
  9月9日永眠