JOCの進めるオリンピック・ムーブメント
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23メダリストインタビュー Hero & Heroine’s Voice内村 航平(うちむら・こうへい)1989年1月3日生まれ。福岡県出身。3歳で体操競技を始める。中学卒業後上京。2008年北京オリンピックでは、団体、個人総合で銀メダルを獲得。12年ロンドンオリンピックでは個人総合で金メダル、団体、種目別ゆかで銀メダルを獲得。15年世界選手権で前人未到の個人総合6連覇を達成。16年リオデジャネイロオリンピックでは団体、個人総合ともに金メダルを獲得。(株)コナミスポーツクラブ所属。白井 健三(しらい・けんぞう)1996年8月24日生まれ。神奈川県出身。3歳で体操競技を始める。2012年アジア体操競技選手権、13年全日本体操競技団体・種目別選手権大会、世界選手権の種目別ゆかで優勝。15年世界体操競技選手権では、団体、種目別ゆかで金メダルを獲得。16年リオデジャネイロオリンピックでは団体金メダルに貢献、種目別跳馬でも銅メダルを獲得。自身の名前「シライ」が付く技を計5つ持つ。日本体育大学所属。Interview & Text:折山淑美/Photo:PHOTO KISHIMOTO、岩本勝暁(Interview)——目標にしていた団体の金をとって、内村選手の様子はどうでしたか。白井 (内村)航平さんが「団体の金をとりたい」とずっと言っていたので、僕たちもそういう気持ちになれた。航平さんはいつも結果より内容で喜ぶときの方が多いのですが、今回は結果で喜んでくれたのが、チームメイトだけどうれしかった。3大会連続銀メダルでは、飽きてしまうでしょうから(笑)。——個人総合が終わった後の記者会見で、ベルニャエフ選手に「世界で一番クール」だと言われました。内村 僕は感動して泣くというのが分からないので、田中佑典とか山室光史がうれし泣きをしていたのを見て、僕はすごくうらやましかったんですよ。自分が一番ほしかったオリンピックの団体金メダルをとればそういう感情になるのかなと思いましたけど……。それでも泣かなかったということは、多分一生ないでしょうね(苦笑)。東京オリンピックに向けて——白井選手は初めてのオリンピックで想像と違ったことはありましたか。白井 予選の方がオリンピックにこだわり過ぎたところはありました。決勝は普段の練習どおりという気持ちで臨めました。「ここで失敗したらそれが運命なのかな」と思って。内村 僕も最初の北京オリンピックのときは楽しかったとしかいいようがなかったです。——でもロンドンオリンピックの予選では魔物がいました。内村 そうでしたね。あのときはオリンピックで最高のものをやってやろうと自分自身に期待し過ぎていたからダメでした。白井 航平さんのロンドンの経験が僕の予選で、北京が決勝という感じなんでしょうね。僕は、悪いところから入ったので辛い思いをせずに済みました(笑)。——内村選手が、白井選手に期待することは。内村 ロンドンではミスがあっても個人総合の金メダルがとれましたが、今回はミスをしたら絶対に金はないというほど世界のレベルも上がってきている。でも4年間で変われる。東京オリンピックではエースとして全6種目やる存在になってほしいですね。——今大会を見て、オリンピックを目指す子どもたちにメッセージをお願いします。白井 僕もまだ少年ですが(笑)。東京オリンピックでは「リオを見て自分も出たいと思った」という選手たちと代表争いをしているかもしれません。今回は感動を与えることができたと思うので、見ていた人たちとともに、強い体操ニッポンを作り上げたいですね。内村 僕よりすごいことをやりたいと思う子どももいると思います。僕以上の存在が出てこないと日本体操界は危ない。ひとりでも多く僕超えを目標にする子どもたちに出てきてほしいです。

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