山形県・九里学園高等学校3年 伊藤沙織
自分に勝つとはどのような事なのでしょう。私には分からない問題でした。あの時までは・・・。
私は、小学校三年生の時から卓球をしてきました。幼い時から県大会優勝を目標に先生にも期待され、たくさん手をかけてもらいました。でも、幼い私は怒られる事が嫌で、その厳しさが実は先生の本当の優しさだとは知りませんでした。何回教えてもらってもなかなかうまくできない私。私にはセンスがないのだと落ち込んでみたり、辞めたいと親に泣きついたり、スポーツの世界の厳しさに触れ、自分の心の弱さをつきつけられました。
そんな私の花の芽が出始めたのは、卓球を始め四年経った中学一年生の時でした。今までの私は強い選手との試合ではまず気持ちの面から負けていて結局自分の練習してきた技術が何も出せずに負けていました。もちろん先生にも見に来てくれた親にもがっかりさせるばかりでした。でも、その日の私は何かが違っていたのです。全国大会を賭けたその大会では何かがふっ切れた様に元気と漲るパワーに後押しされ、気付いた時には準優勝。惜しくも優勝は逃したものの、私にとっては初めての上位入賞だったのです。その日以来、私の名前は県全体に名を上げ、追う側から追われる立場へと変わったのです。勝ち続けるという事は、並大抵の事ではありません。これまで以上の努力を要求されます。
私は、今の高校に奨学生として入学しました。みんなのお金をもらって部活をするという事は、自分のためだけに勝つのではなく、高校のためにも試合に勝って名前を売らなければなりません。しかし私は、高校に入り生活環境も変わり部活が自分の納得のいくようにできなくなりました。少しずつ試合にも勝てなくなっていき、チャンピオンからどん底まで突き落とされました。今までずっと勝ち続けてきたのに、負けた事のない選手にまで負け、一度はやる気も自信もなくしました。
でも、一人になり自分の今までの練習を振り返ると確かに負けてもおかしくない要素がたくさんある事に気が付きました。私は、自分は強いんだと勝手に思い込み、これまで積み重ねてきた努力を甘く見ていました。勝負に勝つという事は、決して妥協しない事、自分自身を磨く事だったのです。私のように、「これくらいやれば」とか「今日は疲れたからとりあえず時間だけこなす」などといった自己満足で全然中身のない事をいくらやっても人間は成長しません。この事がわかってから私は、何でも妥協せず必死にがんばりました。そして勝ち取った最後のインターハイ。
私にとって最後の県大会は、試合だけでなく、自分自身にも勝ったのだなあと思いました。私が卓球を通して学んだ事、それは何よりも努力する事の大変さと、自分の曖昧な気持ちに勝つ事の難しさをこのスポーツを通して教わりました。卓球に出会えてよかった。今、心からそう思います。