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シンボルアスリート・ネクストシンボルアスリート インタビュー

オリンピックコラム

演技で人の心を動かせる選手に。

宇野 昌磨(スケート・フィギュアスケート)

宇野昌磨(うの・しょうま)
1997年12月17日生 愛知県名古屋市出身

5歳でスケートを始め、2009年に“飛び級”で出場した全日本ジュニア選手権で3位に入るなど、幼い頃から全国に名を轟かせる存在となる。2014-15シーズンに課題としてきた高難度ジャンプを習得すると、初出場したジュニアグランプリファイナルで優勝。全日本選手権2位、四大陸選手権5位とシニアの舞台でも好成績を残し、世界ジュニア選手権で日本人5人目となる優勝を飾った。2015-16シーズンから本格的にシニアに参戦。卓越した音楽表現と質の高いスケーティングを武器に、平昌オリンピックを目指す。(取材日:2015年10月4日)

きっかけは浅田真央選手の誘い

今季から満を持してシニアに参戦。国内初戦のジャパンオープンでは、世界のメダリストを相手にトップの得点をマークした(写真:アフロスポーツ)
――フィギュアスケートを始めたきっかけは浅田真央選手に声を掛けられたからだそうですね。

 たまたまスケートリンクに遊びに行く機会があり、初めのうちは普通に遊びで滑っていたのですが、そのうちに(短期の)スケート教室に入ることになりました。あまり詳しくは覚えていないのですが、浅田選手に声をかけてもらって、一緒に遊んだんだと思います。教室が終わって本格的にやろうとなったとき、スピードスケートかアイスホッケーかフィギュアスケートのどれをやるかと聞かれて。「真央ちゃんと同じものがやりたい」と思ってフィギュアスケートを始めました。

――実際にやり始めたフィギュアスケートはどうでしたか?

  小さいときは、ただただ楽しく滑って遊んでいました。そのうちに試合に出るようになって、結果を出すための練習になってきたという感じです。昔から成長が遅かったので、ここまで来られるなんて全然思っていませんでした。

――選手として「いけるかも」と思ったのはいつ頃?

 小学校3年生の時に、野辺山合宿というスケート連盟の強化合宿があって、そこに初めて出てシードに選ばれました。そして全日本ノービス選手権に3年生(ジュニアの1つ下のカテゴリーの中で最も下の年齢)で出場して4位に入ったのですが、試合で大きく失敗してしまってすごく泣いたんです。そこから本当に真剣に練習するようになって、翌年からいい成績が残せるようになりました。

曲を感じて表現する

浅田真央選手に誘われたことがきっかけでフィギュアの世界へ(写真:アフロスポーツ)
――自身が思うフィギュアスケートという競技の魅力は?

 フィギュアスケートは4分とか4分半の中に、ジャンプのようなダイナミックさがあり、表現という芸術もあり、すごくいろんなことをやるスポーツだと思います。僕はジャンプも新しいものが跳べたらすごくうれしいですし、人の心に残るような表現をしたいとも思いますし、いろんな魅力があります。

――もともと踊ることや表現することは得意だったのですか?

 いや、陸上ではダンスもバレエも嫌いだったので、まさか氷上でこんなに踊れるとは思わなかったです。小さいころの演技を見ると、小さい割にすごく頑張っているなと(笑)。ダンスもバレエも嫌いなのによくできたなと思います。

――音楽を聴いて、それを感じて感性で踊るタイプですか? それとも曲の背景を考えて踊るタイプですか?

 曲の背景はあまり考えない方です。物語は知ってはいますが、やはりそのときに流れている曲を表現したいと思っています。あまり「これ」というのにはとらわれずに、毎回(表現が)変わるくらいの気持ちでやっています。

――フィギュアスケートをやっていて良かったと思うことは?

 もともとあまり運動神経が良くないので、フィギュアスケートをやっていなかったら、スポーツでここまで来られることは絶対なかったと思います。フィギュアスケートをやっていたからこそ、ここまで来られましたし、今があるんじゃないかと思います。

――では、今まででスケートを辞めたいと思ったことは?

 けがをしてこのままやれないのかな、という時期はありましたが、辞めたいと思ったことはありません。本当に生活の全部がスケートだったので、辞めるという選択肢は自分の中にはないです。ただ、日々の練習で「今日は絶対にできないだろうな」と思うときはあります。そういうときは、気合で頑張るしかないですね(笑)。

仲間はライバルであり、高め合える存在

層の厚い日本男子だが、「どの試合でも戦うのは自分自身」と冷静だ(写真:アフロスポーツ)
――フィギュアスケートをやっていて、成長したと思う部分はどこですか?

 フィギュアスケートを始めたてのころは、周りが女の子ばかりだったので、人と話すこともあまりなく、友達と遊ぶこともなく、男同士で話すこともありませんでした。最近では同じ学校の先輩やスケートの先輩とよく会ったり話したりします。このように取材をたくさんしていただいている中でも少しずつ人間性は変わってきているんじゃないかと思います。

――フィギュアスケートは個人競技で、ライバル関係となる場合も多いと思いますが、その中で仲間の存在は?

 選手はお互いライバルですが、すごく仲が良いです。練習も一緒に切磋琢磨してうまくなっていこうという感じで、いい友達がたくさんいます。
 自分がうまくいかないときには、こちらから相談するというより先に励ましてくれますね。何も言わなくても落ち込んでいると励ましてくれたり、支えてくれます。

――その中でもライバルとして意識する選手はいますか?

 特にライバルというのは決めていないです。試合ごとに戦う人が違いますし、それこそどの試合でも戦うのは自分自身じゃないかと思って、自分に負けないために頑張っています。

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