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オリンピックに向けたコンディショニング

Vol.4 我が国トップ選手のコンディショニングの実態と課題
〜 第14回アジア競技大会(2002/釜山)におけるアンケート調査より〜

国立スポーツ科学センター スポーツ医学研究部 柳沢香絵

■はじめに

現在、毎日のように様々な競技においてアテネオリンピック出場権をかけた試合の結果が報道されており、オリンピックもそう遠くない時期に来ている。そのような中、出場権を得た競技団体のスタッフ・選手は、アテネでの具体的なコンディショニングの方策を練るため、次々視察へと旅立っている。

前号から引き続き、規模の大きな総合競技大会という点でオリンピックと共通要素の多いアジア競技大会で、選手や指導者を対象に実施されたコンディショニングに関する、アンケート調査の結果について紹介したい。オリンピックに向けたコンディショニングの方法を考慮する際に、また、現地視察の際の参考になればと思う。

第14回アジア競技大会(2002/釜山)に参加した日本代表選手と指導者(スタッフ含む)に対し選手村でアンケート用紙を配布し、現地に入ってから試合までのコンディショニングがうまくいったかどうかについて回答を求めた。509名の選手(39競技、回収率77%)と99名の指導者(36競技、回収率72%)から回答を得た。このとき、コンディショニングの定義を「勝利に向かって行う活動」とし、「技術面」「体力面」「怪我や病気」「メンタル面」「栄養面」「スケジュール」「用具」の7つのポイントそれぞれについて聞いている。さらに、コンディショニングを総合的に評価する尺度として「総合的コンディショニング」を設定した。

■「技術面」のコンディショニングにおける指導者と選手のズレ

前号ではとくに、選手から得られた結果について紹介した。今回は指導者の結果についても目を向けてみたい。

釜山現地入り以降試合までのコンディショニングにおける7つのポイントおよび総合的コンディショニングについて、指導者が自分のチームについて、1.「まったくうまくいかなかった」〜5.「とてもうまくいった」といったように5段階評価で数値化してもらったところ、「栄養面」「心理面」「スケジュール」では低い評価をしていたが、一方で「技術面」「怪我や病気」「用具」は比較的高く評価していた(図1)。指導者の評価と選手が自分自身を評価した結果に違いはないだろうか? 図1でわかるように「技術面」において両者にズレがみられる。興味深いことに選手では男女ともに「技術面」はそのほかのポイントと比較しても低く評価されたものの一つであり、現地入りしてからのコンディショニングの課題として浮き彫りにされた。男子においては、金メダリストと2位以下の選手で差が認められたポイントでもある。選手と指導者にみられる差とはなんであろうか。

■現地入りしてから「技術面」のコンディショニングに関する相談相手が少ない?

選手自身もしくは指導者からみた、各ポイントのコンディショニングの評価の理由を探るために、コンディショニングに関して相談した人がいたかについて聞いている。図2-a〜cにあるように、監督、コーチ、医師、トレーナー、栄養士、家族、心理カウンセラー、いなかった、から回答を選択してもらっている。選手および指導者の両者において、最も相談相手が多かったのは「怪我や病気」に対してである。相談相手に不在を回答する選手も少なかったことから、現地でのメディカルスタッフの充実ぶりが伺える。一方で、目に止まるのは選手の回答において「技術面」について記入した選手が極端に少なかったことである。相談相手の有無においても選手と指導者とで傾向が異なる点がとくに目立った。また、選手、指導者ともに現地での相談相手が「いなかった」と回答した人数がもっとも多かったのは、「栄養面」のコンディショニングについてであった。相談相手をあえて不在と認識して回答した意図については、現地に入ってからのコンディショニングをうまく行う上で今後検討が必要だろう。

さらに、図2-a〜c の選手の結果をみると、「技術面」以外の全ての項目において監督やコーチを相談相手とした選手が多い。監督やコーチがサポートを求められているポイントが多いことも明らかになった。選手を直接サポートできるスタッフの選手村入村が限られている条件下においては、監督やコーチの負担を少なくするための専門アドバイザーの必要性についても、今後検討の余地があるのではないだろうか。

■国際大会の経験がコンディショニングを成功させる?

質問紙においては、過去の国際大会参加経験の有無と、参加した経験がある場合にはその回数を聞いている。対象となる国際大会は、オリンピック、世界選手権、地域別選手権(アジア大会など)に分類した。

上記7つの各コンディショニングがうまくいかなかったグループ(評点1もしくは2を選択した選手)と、うまくいったグループ(評点4もしくは5を選択した選手)に分類し、国際大会への出場回数を比較してみた。すると、男子選手においては「技術面」のコンディショニングがうまくいった選手ほど地域別大会への出場回数が多く、「栄養面」では世界選手権出場回数と関係がみられた。先月号で触れているように、2つのポイント「技術面」「栄養面」は、現地入りしてからのコンディショニングの課題として取り上げられている。この2つの要因は、現地の試合会場や選手村の制限された施設の中で調整しなければならない要素が強いと考えられる。そのため、過去にその試合会場自体を経験したことがある、もしくは、海外での調整に慣れていることが、これらコンディショニングの成功につながっているとも考えられる。このような結果は、ジュニアの時期など早い時期から海外での調整を経験することが、将来的には大会でのコンディショニングに有効であることを物語っているのではないだろうか。

アジア大会で、現地に入ってからのコンディショニング全般に対する工夫を、自由記述で回答してもらっている。その中では「怪我や病気」に対する記述内容に続き、栄養に関する内容が多くみられた。具体的には、「食事の量、バランス、タイミングに対する注意」「生ものや脂の多い料理への配慮」「炭水化物の摂取」「ウェイトコントロール」「サプリメントの摂取」などが工夫した内容として挙げられていた。選手はこのような注意をしたにもかかわらず、栄養面のコンディショニングは、ほかのポイントに比べ低い評価であった。

たとえ国際大会の経験が少なかったとしても、事前に情報を入手しておくこと、その情報をもとに対処法を考えておくことで、経験をカバーすることはできないだろうか。今回のアジア大会においては、「JISS-JOC戦略情報プロジェクト」によって競技団体選手およびスタッフ向けの情報提供サービスがおこなわれた。その活動を支援するための「釜山アジア大会情報チーム東京バックアップ(東京Jプロジェクト2002)」内に栄養情報担当も設置されていた。栄養情報担当の役割は、選手村日本人宿舎内に設置された情報ステーションでの情報提供の一環として、東京(JISS)を拠点に選手村の食事に関する情報やアドバイスを提供することであった(筆者もメンバーの一人)。
活動内容は、

大会前:

大会期間中:

しかしながら、現地の状況に合わせた情報提供ができていなかったのではないか、という点は否めない。反省点としては以下のことが挙げられる。

これらのことを踏まえ、的確で正しい情報を適切なタイミングに配信する努力は今後も必要である。

一方で、事前情報をもとにした準備を万全にしておくに越したことはないが、さらには、その場での選手側の臨機応変な対応の必要性も見えてくる。栄養面にしてもその他のコンディショニングのポイントにしても、常日頃自分の行動に対して見つめ直しておくことが重要である。臨機応変な対応は基礎が根付いてこそ実践できるものである。この点においてもジュニア期からの教育と経験が望まれるところである。

■コンディショニングの注目の的は「疲労」「睡眠」「風邪予防」

今回の調査における現地入り以降のコンディショニングに対する工夫において、非常によくみられた言葉は、「疲労をとる」「疲労をためない」「睡眠」「風邪予防」などであった。生活環境の異なる場所では、ベストパフォーマンスを発揮するための体力・技術の維持が大切なのはもちろんのこと、休養も重要な課題であることが示された。とくに、アテネオリンピックの場合には、移動時間が長い、時差が大きい、気温・湿度など生活環境が異なるなど、ストレスが大きいこともわかっている。間接的に競技に関係する部分として、今後上記の点についても検討する余地があると思われた。

■まとめ

今回の大規模な調査では、試合直前における選手のコンディショニングにおいて経験では感覚的にわかっていたものの、数値では示されていなかった実態を明らかにすることを目的に実施した。前号も含め調査の結果を要約してみる。

これらの結果は、選手やスタッフにおいては新しい知見ではないかもしれない。しかしながら、見落としがちであったり無意識でおこなっていることが、再認識されるきっかけとなればと思う。何らかの新たな意識付けにつながれば何よりである。それらが今後のコンディショニングへの対処の参考になることを期待する。最後に改めて、このアンケート調査にご協力いただいた選手、スタッフ、大会関係者の方々に感謝したい。

(2004.4.22 掲載)


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