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オリンピックに向けたコンディショニング

Vol.3 我が国トップ選手のコンディショニングの実態と課題

国立スポーツ科学センター・スポーツ科学研究部心理学研究室 菅生貴之

■アテネに向け、徹底した暑熱対策を講じるイギリス

各国からアテネオリンピックに向けたコンディショニングへの取り組みが聞こえるようになったが、中でもイギリスの暑熱対策は注目される。

1.はじめに

“オリンピック”と“単一競技の国際大会”のコンディショニングは同じではない。
例えば、世界選手権等では、各国の代表チームは個別に大会開催地での生活・トレーニング拠点を定め、チームに必要な諸機能を独自に交渉・調整し、整えることができる。

一方、オリンピックでは、複数の種目のチームが選手村を拠点とし、限られたスペースを共有するほか、各国NOCや組織委員会、ボランティア、メディア等、多くの“人”が介在して、情報伝達、環境整備、および競技が行なわれる。

こうした様々な要因が、オリンピックでのコンディショニングを複雑にする。ここで紹介する調査結果は、国際総合競技大会の特殊なバックグラウンドも反映している。規模の大きな総合競技大会という点で共通要素の多いアジア競技大会の調査結果を検討することで、オリンピックに向けたコンディショニングの方法に何らかの示唆が与えられるものと思う。


2. 調査の概要−コンディショニングの7つのポイント

<「コンディショニング」とは?>

「コンディショニング」の用語は先の連載でもふれてきたように、非常に定義が難しい用語である。そこで本プロジェクトではその目的を「勝利」とし、勝利に向かって行う活動をコンディショニングと定義した。勝利という目的を達するためのプロセスとしてはいくつかの方法が考えられる。そこで今回の調査ではコンディショニングを、競技種目を問わず、以下の7つの要因「技術面」、「体力面」、「怪我や病気」、「メンタル面」、「栄養面」、「スケジュール」、「用具」に分類してアンケート用紙を作成した。さらに、大会全体を通してコンディショニングを総合的に評価する尺度として「総合的コンディショニング」を設定した。

<調査の概要>

今回の調査では第14回釜山アジア競技大会に参加した日本代表選手658名に対し選手村でアンケート用紙を配布して、出場する全ての試合が終了したあとに、釜山に入ってから試合までの自分の(指導者の方には自分のチームの)コンディショニングがうまくいったかどうかについて回答をもとめた。調査用紙は現地でただちに回収されたため、509名の選手と99名の指導者から回答を得ることができた。回収率は76.4%と、これほどの大規模な調査としては異例とも言える高いものであった。ご協力いただいた選手および競技団体をはじめとする大会関係者の方々にこの場を借りて感謝を述べたい。これらの要因に対して、大会会場に入ってから試合までに自分なりにコンディショニングがうまくいったかどうかを5段階評定(1:「まったくうまくいかなかった」から5:「とてもうまくいった」)で数値化してもらい、回答してもらった。

こうした手続きを経て行われた調査について、アジア大会での競技成績や国際経験、コンディショニングに関する相談相手といったいくつかの観点から検討・分析を加えた結果をもとに、2回にわたって論考を進めて行こうと思う。


3. 現地入りしてからのコンディショニングの課題は「技術面」と「栄養面」

続いて、男女別にそれぞれのコンディショニングの評定平均を見てみると(図1)、男子、女子ともに「用具」に関するコンディショニングがうまくいっていた。今回調査対象とした夏季種目は、冬季種目のように用具によって著しく競技成績が左右されることが少ないと考えられ、むしろ戦うための前提条件として認識され、評定も高い得点になったと思われる。また、怪我や病気に対する調整について、現地でのメディカルスタッフの充実などによりおおむね良好な調整がなされていたことがうかがえる。

一方で男子、女子とも「技術面」と「栄養面」のコンディショニングは低い評定であった。競技成績に直結する技術面については現地に入ってからの少ない時間と制約のある施設の中での調整を余儀なくされ、また栄養について言えば選手村とその近辺という限定された範囲における通常とは異なる食環境への対応が困難である。そうしたことが技術面、栄養面のコンディショニングにマイナスの影響をおよぼすケースが多くみられるようである。


4. 競技成績に影響をおよぼすコンディショニングの要因

勝利、すなわち金メダルの獲得に焦点を当ててデータをみてみると、いくつかの傾向をみて取ることができる。競技成績に影響する要因を探るため、金メダリストと2位以下の選手に分けてそれぞれの回答について比較を行った。

<男子−技術面のコンディショニング>

男子の平均値(図2)をみると、全てのコンディショニング要因において金メダリストのほうがより高い(うまくいっていた)評定をしていた。特に「技術」、「メンタル」の要因と「総合的コンディショニング」の項目の平均値が統計学的にも金メダルの獲得を左右するものであったことが明らかとなった。
技術面のコンディショニングは試合直前の時期には選手にとっても指導者にとっても非常にナーバスな側面であろう。全体的に技術面のコンディショニングに失敗したと評定する選手が多かった中で、金メダリストで失敗したと回答した割合は大変少なかった。国際総合競技大会においては選手村入村後の練習環境を事前に調査して整えるなど、技術的なコンディショニングへの配慮と工夫が重要である。

<女子−体力面のコンディショニング>

女子も男子と同様全ての要因で金メダリストのほうが高い評定をしており、特に「体力」、「メンタル」の要因と「総合的コンディショニング」の平均値では統計学的にも金メダリストのほうがより高い評定点で、コンディショニングがうまくいっていたという結果であった(図4)。

女子の金メダリストでは体力的なコンディショニングに失敗したと感じている選手はいなかった。試合当日へ向けての体力の維持、管理は重要であり、現地でのトレーニング場所の確保や休養や食事の取り方などに留意する必要があると考えられる。


5. コンディショニングの「成功・失敗」によりもたらされるメンタル面のコンディション

男女共通して金メダルの獲得者と2位以下の選手で大きな差となってあらわれたのが、「メンタル面」のコンディショニングであった。メンタル面のコンディショニングは、その他の6つのコンディショニングにおける成功感・失敗感が最終的に心理的な状態として反映された結果があらわれたとも考えられる。

その点についてさらに分析してみると、男子では特に「技術」、「用具」、「スケジュール」の調整ができていたかどうかが「メンタル面」のコンディショニングに影響をおよぼしており、女子では「技術」、「用具」、「体力」が強く影響していた。

特に「技術」と「用具」は男女ともにメンタル面に強く影響していた。技術的な調整がうまくいき、戦う前提条件としての用具の調整が整うことで、競技に対する不安感が解消されたのではないだろうか。技術や用具、女子選手では体力など、競技成績に密接な関係を持つコンディショニングが成功すれば心が安定して好成績にもつながっていくし、逆に失敗すれば他のコンディションが整っていないという不安感によってさらに試合時のパフォーマンスを低下させてしまう。メンタル面のコンディショニングは他のコンディショニングの出来具合から良くも悪くも影響を受け、競技成績に何らかの心理的影響を与えていることが想像できる(図4)。

<メンタルトレーニングの重要性>

しかしながら一方で近年では他のコンディショニングがうまくいく、いかないといったことには影響されない、心理的なコンディショニングを自発的に行うための専門家の指導によるトレーニング法(メンタルトレーニング)も確立されてきており、そうした方法が浸透していくことにも必要性を感じる。技術面などのコンディショニングがあまりうまくいかず、その競技不安によってさらに試合でのパフォーマンスを低下させてしまうということをよく耳にする。その不安感をメンタルトレーニングによって克服し、試合の時点で持ちうる実力をいかんなく発揮するために心理状態を整えることは、勝利のための不可欠の要素であろう。


6. まとめと次回への展望

今回の検討では本プロジェクト研究において設定したコンディショニングに関する7つの要因から、特に試合直前における選手のコンディショニングについての実態を明らかにしてきた。

勝利に向かって選手自身が行う様々なコンディショニングの中で、栄養やスケジュールの調整などは環境的な要因に左右され選手個人の取り組みを見直すだけでは困難であることも指摘することができる。これらの点は選手を取り巻く、コーチをはじめとするスタッフやスポーツ医・科学に携わる研究者などが協調し、全体的な取り組みの中で改善策を見出していくことが重要になるであろう。

一方で技術、体力、メンタル面のコンディショニングなどは指導者やサポートスタッフから様々な助言を受けながら、最終的には選手自身がそれらを個人的な感覚に適合させながら行っており、それぞれの要因が相互に関わりあいながら試合に向けてのコンディショニングが行われている実態が明らかになった。
コンディショニングの方法は選手個人に特有のものであり、選手はその微妙な調整に神経を使っているが、そのコンディショニングの過程に密接に関わっていると考えられる指導者との関わりを抜きにして今後の論を進めることはできない。次号では今回に引き続き釜山アジア大会での調査の分析結果をもとに論考を進めていくが、特に指導者との関わりや、コンディショニングに関する相談相手という観点についても検討を加えていくこととする。


(2004.4.1 掲載)


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