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オリンピックに向けたコンディショニング

Vol.2 海外におけるコンディショニングの取り組み

国立スポーツ科学センター/コンディショニング成功・失敗要因研究プロジェクト 齋藤実

アテネオリンピックまであと半年となった。アテネで最高のパフォーマンスを発揮するために、コンディショニングへの取り組みに益々熱を入れていることだろう。同時に海外のチームからも、アテネに向けコンディショニングに積極的に取り組んでいるという情報が聞こえている。今回は、各国におけるコンディショニングへの取り組みを紹介したい。

■アテネに向け、徹底した暑熱対策を講じるイギリス

各国からアテネオリンピックに向けたコンディショニングへの取り組みが聞こえるようになったが、中でもイギリスの暑熱対策は注目される。

アテネオリンピックは、7月末から8月初め、あるいは9月中頃から行われていた従来の夏季オリンピックとは違い、8月の中旬の8月13日〜29日の日程で行われる。ロサンゼルスオリンピックの女子マラソンで、脱水症を起こした選手がふらつきなりながらゴールしたシーンが思い出されるが、そのロサンゼルスオリンピックの日程は7月28日〜8月12日である。また、イギリスはアテネより北に位置し、8月の平均気温でおよそ10度の差がある。イギリスにしてみれば、暑熱対策はオリンピックで最高のパフォーマンスを発揮するための必須事項といえるだろう、アテネに向けてイギリスが狙うのは、「馴化」と「啓蒙」である。

◇馴化への取り組み◇

English Institute of Sport(EIS; イングランドスポーツ研究所)は暑さ対策として2つのトライアルと1つの啓発を行っている。一つが個別の水分補給とクーリングのプランニング、もう一つは暑熱反応テストである。

暑熱環境下で行われる試合を控えた女子ラグビーチームのコンディショニングコーチは、選手の体重変化や栄養補給状況などを調査しながら、選手それぞれの水分摂取のパターンを把握し、個別の水分補給計画を立てた。また、試合終了後のクーリングにも注目し、熱い風呂と冷たい風呂を準備して疲労回復と筋の冷却の両面に取り組んだ。いずれのプランも成功しており、特に水分補給は試合の前後に行った医学的調査でも水分が完全に補給されていたことが確認されている。この成功は、EISでも大きく取り上げられており、アテネでも採用されることになるのではないだろうか。

2つめは暑熱反応テストである。アテネオリンピックの中長距離のオリンピック代表候補選手がオリンピック18ヶ月前に実施したテストが、EISのホームページに紹介されている。それによると、冬のイギリスから夏を迎えた南アフリカに移動してトレーニングキャンプを張り、EIS所属の科学サポートスタッフがキャンプ時の暑さへの馴化の程度と疲労の回復状況をチェックした。このチェックにより選手それぞれの暑熱馴化のパターンを見つけ、アテネに向けた最適な夏季のトレーニングスケジュールの立案と、最も効率よい暑熱馴化プログラムの作成が行われた。また暑さに馴化させる方法としては、風呂場にエクササイズマシンを持ち込み、より温暖な気候に移る前に暑さの中でトレーニングすることも採用したという。

◇合宿地の選定◇

昨年の11月に国立スポーツ科学センターに招聘したClaire Furrong女史(EIS)は、イギリスはアテネオリンピック直前合宿地にキプロスを選定したと述べる。
キプロスは地中海に浮かぶ島国である。アテネとの距離は約480kmで緯度もほぼ同じである。距離は関東と近畿程度であり、アテネへの移動も便利な絶好のキャンプ地である。イギリスはオリンピック直前合宿をそこで行うことで、アテネの気候に馴化しながら、心と体のコンディショニングを進めていく計画である。キャンプ前までにはコーチやスタッフを対象に開催したワークショップを済ませ、オリンピックに関するあらゆる情報を行き渡っている状況を作り、本合宿が「オリンピックを想定した」合宿になるように進めている。

◇暑熱対策の啓蒙◇

またEISでは暑さ対策に関する情報を流し、啓発も行っている。馬術騎手に対する情報として、F1ドライバーの例を挙げた身体的なコンディショニング方法を紹介している。その中では、厚着をしてヘルメットを着ける馬術競技では、暑さ対策が高いコンディションを維持するために重要とし、マラソンランナーや暑さ対策を知る他競技と情報交換を進める必要があるとしている。

■クーリング用具の開発・研究を進めるオーストラリア

ここ数回の夏季オリンピックにおいてメダル獲得を著しく増やしてきているのが、オーストラリアである、オーストラリアも、イギリスと同様に暑熱対策を重視している。オーストラリアはクーリング用具の開発・研究に取り組んでいる。昨年10月に行われたJOCのテクニカルフォーラムで、オーストラリア発のクーリングジャケットの情報が紹介された時には、しばらくの間その話題でディスカッションが続いていたこともあり、日本でも注目されている話題である。

クリーニングジャケット

クーリングジャケットとは、体を冷やすことを目的に作られたもので、溶鉱炉、消防などの暑熱下で行われる作業時に体温を下げるために用いられていた。この数年、運動時にタイミング良く体を冷やすことでパフォーマンスの低下を抑制できるという研究がなされており、昨年になって海外の競技現場で利用されるようになった。記憶に新しいのは、ラグビーワールドカップ2003で、複数のチームが利用していたとの報道である。国立スポーツ科学センター(JISS)で実際にスポーツ用に開発されたクーリングジャケット入手したところ、それを製作していたのはAustralian Institute of Sport(AIS: オーストラリアスポーツ研究所)であった。また、クーリングジャケットの効果についての研究論文もオーストラリアから発表されている(Br J Sports Med 2003; 37: 164-169)。ホッケー選手を対象としたその研究では、クーリングジャケットを着用しなかった場合、暑熱環境下の全60分の運動の、特に後半15分での運動量が下がったが、着用すると運動量の低下が起こらなかったとしている。つまり競技の後半部分の苦しい場面で、パフォーマンスの低下が防げることになる。アテネではオーストラリアの代表チームがクーリングジャケットを着用している姿がみられるかもしれない。

■コーチ教育を図るカナダ

アテネよりも夏の最高気温が10℃も低いカナダ(オタワ)では、暑熱対策の重要性が高いこともあり、アテネに向けた暑熱対策に取り組んでいる。カナダがとった暑熱対策は、コーチに対する徹底的な指導である。コーチに対する指導は、競技現場での対策に直結することから、最も効率的で効果的である。

British Olympic Association(BOA: イギリスオリンピック委員会)でも同様の試みがなされている。これまでにチームリーダーのみが利用できたオリンピック対策のワークショップへの参加者枠を広げ、コーチ、スポーツ科学者、スポーツドクターなどが参加できるように変えた。BOAのパフォーマンスマネージャーであるBernie Cottonは「このことによって、オリンピック直前合宿や大会中にそれぞれの役割からチームマネージメントに取り組むことができるだろう」と話す。

■オリンピックでのパフォーマンス発揮に関わる要因を研究するアメリカ

パフォーマンス向上のため、医・科学的な研究に取り組むことに加え、アメリカでは「どうすればオリンピックでパフォーマンスの発揮できるのか」について研究している。

実際にオリンピックの現場で発生するパフォーマンスの発揮に影響を及ぼす要因の調査(A survey of U. S. Atlanta and Nagano Olympians: Variables perceived to influence performance. Research Quarterly for Exercise and Sport Vol.73,No.2, pp.175-186)では、1996年のアトランタオリンピック及び1998年の長野オリンピックに出場したアメリカ代表選手(それぞれ296名、83名)から情報を収集した。パフォーマンスに影響を及ぼす要因は、コーチングやチーム内の問題から、メディア、家族や友人、スポンサー、スタッフ、輸送・移動といったマネージメントに関するものまで含まれていた。

■オリンピック前の合宿地を重視するドイツ

ドイツでは、以前からオリンピック直前の合宿地の選定に力を入れている。ドイツ応用トレーニング科学研究所がまとめたソルトレークオリンピック分析レポートから、その取り組みを紹介したい。

ドイツ女子バイアスロンチームは、3種目でメダル4個、リレーも圧倒的強さで金メダルを獲得したが、ソルトレークオリンピックの数年前から、オリンピック直前合宿の重要性に着目し、気候、立地条件、トレーニング環境などから、合宿地の選定を慎重に行った。分析レポートでは、ソルトレーク前から4年間バイアスロンチームの合宿スケジュールや、その際のコンディションの変動が図示されており、ソルトレークオリンピックのコンディショニングが成功したと報告されている。報告の中で理想的な合宿地を選択し、計画的にコンディショニングに取り組めたことがドイツチームが勝てた要因と結論している一方、「他国のチームがオリンピック前の合宿地の選定に失敗したのではないか」とも指摘していた。

オリンピック前の合宿地は、イギリスでも重視されている。これには過去2回のオリンピックでの取り組みが成功したことが背景にある。シドニーオリンピック前は、同じオーストラリアのゴールドコーストをキャンプ地に、ソルトレークシティーオリンピックの時にはカルガリーでキャンプを張っており、低迷していたイギリスのメダル獲得に大きく貢献した。本年のアテネオリンピック前は、キプロスとバルセロナをキャンプ地に設定し、すでに合宿地の準備を終えている。

イギリスのキャンプの注目すべきところの一つとして、複数の競技の合同合宿であることがあげられる。 BOAのパフォーマンスマネージャーであるBernie Cottonは、合同で合宿を行うことで「常に情報が行き渡った雰囲気を保つことが容易になる」と話し、オリンピック直前合宿を利用してのオリンピック情報の流通や競技間での情報交換を重要視していることがわかる。

□ まとめ

各国のコンディショニングの取り組みを紹介してきたが、合宿地の選定のようなマクロから、家族や友人への対応といったミクロまでの幅広い角度から取り組んでいることがわかる。4年に1度の大舞台で最高のパフォーマンスを発揮するためには、各国も選手自身のコンディショニングへの取り組みはもちろんであるが、マクロからミクロに至るまでのサポートがコンディショニングの重要な鍵を握っていることを熟知している。日本でこれからの半年でできることはなにか。各国の取り組みがヒントを与えてくれそうだ。

□最新情報『大気汚染が選手に影響を及ぼす可能性がある』

昨年12月に報道されて知った方も多いだろう。アテネは大気汚染が深刻な問題となっている。交通渋滞や車の整備状況などの問題が、大気汚染につながっているのであるが、 BOAの科学班の調査では、光化学スモッグで生じるオゾン濃度は、五輪開催日の8月13日から31日までのすべての日に警告値を超え、3日間は特別な対策が必要な危険値に達しており、競技に及ぼす影響が懸念されている。

イギリスではいち早くこの危険性について察知し、対策を行っている。光化学スモッグへの対策はもちろんであるが、大気汚染による喘息への対策も進めている。大気汚染がひどく、また乾燥しているアテネでは、粉塵が体に及ぼす影響も大きいことが予想される。オリンピック選手においても喘息患者は少なくないこともあり、自国と異なった環境のために発作が起こる可能性が高くなることも予想される。日本でもなんらかの対策が必要になるだろう。

(2004.4.1 掲載)


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