(浅見俊雄/国立スポーツ科学センター長)
スポーツでコンディショニングという言葉がよく使われるが、必ずしもその概念ははっきり規定されている言葉ではないようである。競技者がよりよい状態で競技に望めるようにする意図的な働きかけを指すのだろうが、日常的なトレーニングも、試合直前のウオームアップも、広い意味ではコンディショニングといってもよいであろう。
しかし、私としては、目的とする試合に向けての期間を限定された中での調整と、日常的なトレーニングをいかによりよい状態で効果的に継続していくかということへの対応がコンディショニングではないかと思っている。前者はピーキングとも呼ばれるものであるし、後者はトレーニングをより効果的なものとするために、その時々の心身の状態に合わせて行うトレーニングの質と量の調整や、栄養、休養などへの配慮ということであろう。
国立スポーツ科学センター(JISS)では、このコンディショニングをスポーツ現場での重要な課題と考えて、研究事業の中で「医学的、栄養学的、心理学的指標による競技者のコンディション評価に関する研究」と「競技スポーツにおけるコンディショニングの成功・失敗要因に関する研究」の2つのプロジェクトを立てて研究を進めている。前者は日常のトレーニングでのコンディショニングに関するものであり、後者は試合直前のコンディショニングに関するアジア大会、オリンピック大会等での事例調査である。
アテネオリンピックを目前に控え、各競技種目とも大会でよりよい成績を上げるための真剣な取り組みが進められているが、その準備過程はまさにコンディショニングといってよいだろう。この機会にこれまでの研究や調査で蓄積されてきた知見や情報を広く提供することによって、大会までの準備がよりよいものになることに少しでもお役に立てればと思っている。
(河野一郎/JOC情報・医・科学委員長)
アテネが近づいてきた。大舞台で結果を出すためには、十分な準備とともに、身体的にも、精神的にも、技術的にも、また医学的にもよい状態で試合に臨むことが求められる。大きな試合になればなるほど、選手の皆さんは、コーチ、テクニカルそして医科学スタッフとともに、コンディショニングに神経を使う。このコンディションニングは、最近のスポーツ界のキーワードの1つともなっている。一般的には、勝利に向かって行うプロセスを全て指すとされるが、人によってその意味は微妙に異なっているように思う。
コンディショニングは、”Condition” + “ing”である。競技によらず誰にも必要となるコンディション要因もあるが、競技特性としてとくに重要となるコンディション要因もある。競技によって、あるいは個人あるいはチームによって必要となるコンディションが微妙に異なるのは、当然かもしれない。図は、あるチーム競技のナショナルチームのコンディションの変化の捉え方の1つの考え方を示したものである。イメージとしては、矢印で示す、試合前後の各コンディション要因の動きを示している。各要因の動きが一様でないことが分かる。コンディショニングは、このような個々の要因を試合に向かって、また、試合に臨んでそれぞれ理想的な状態にするプロセスということもできる。コンディショニングの難しさは、このように個々の要因が異なる動きを示すことと、個人によってパフォーマンスに影響する要因の重みが異なることである。チームコンディションは、個々の選手のトータルとしてみるという考え方もある。
本企画は、このコンディショニングに焦点をあて、競技を超えて情報を共有することを狙いとしている。国立スポーツ科学センターの情報研究部の和久研究員の協力を得て実現した。よい情報を共有していただけると幸いである。
(和久貴洋/国立スポーツ科学センター)
オリンピックにむけた準備を考える上で重要な調査研究がある。1996年のアトランタオリンピック及び1998年の長野オリンピックに出場したアメリカ代表選手(それぞれ296名、83名)を対象に、オリンピックにおけるパフォーマンスに影響を及ぼした要因を調査した研究である。下表は、調査結果においてオリンピックでのパフォーマンス発揮にマイナスの影響を及ぼしたものをまとめたものである。
事項 |
具体的な内容 |
---|---|
パフォーマンス | ・ 自分や自分のチームの能力に自信がなかった ・ 試合中の様々な状況に戦術的に適応できなかった ・ 注意の妨害に対処する計画や準備をしていなかった ・ 自分のコントロールできない要因が試合前の自分の行動を妨害した |
メディア | ・自分のチームに注目するメディアの量が多すぎた |
チーム | ・ よいチームリーダーがいなかった ・ チームメイトに対する信頼が欠如していた ・ チームの凝集性が強くなかった ・ コーチとチームの関係が弱かった |
コーチング | ・ コーチが競技者と過ごす時間が多すぎたり、オーバーコーチだったりした ・ コーチが危機的状況において正しく対処できなかった ・ コーチが、自分やチームのパフォーマンスに対して非現実的な期待を持っていた ・ 競技者とチームの混乱がコーチへの信頼を悪化させた ・ コーチが明確な行動計画を実施していなかった ・ コーチが公正な意思決定を行なっていなかった ・ その他 |
家族や友人 | ・ 家族や友人のためのゲームのチケットの入手が迷惑だった ・ 自分の家族とコーチングスタッフとの間に衝突が生じた |
スポンサー | ・ビジネス的な決定に混乱させられた |
スタッフ | ・ スタッフやボランティアが役立たなかった ・ 競技団体職員が経験不足だった |
環境 | ・ 輸送の困難さによって会場への移動が困難だった ・ オリンピック選手村が集中できなかった ・ 開会式が競技と近接しすぎた ・ 自分の部屋がうるさかった |
気候 | ・気候条件の変化が競技を困難にした |
用具 | ・用具に関する問題があった |
輸送・移動 | ・時差に適応する十分な時間がなかった |
(A survey of U. S. Atlanta and Nagano Olympians: Variables perceived to influence performance. Research Quarterly for Exercise and Sport Vol.73, No.2, pp.175-186)
4年に1度のスポーツの祭典で、もてる力を十分に発揮し、望ましい成績を収めることは、いうほど容易なことではない。競技者やチームの「心・技・体」を充実させることはもとより、さらにパフォーマンス発揮に関わるあらゆる因子に対して周到な計画と準備を行なわなければ、結果にはつながらない。
我々のプロジェクトでは、“(オリンピックで)勝つためのすべての準備”を「コンディショニング」として捉え、オリンピックにおける実際の事例や日本選手団へのアンケート調査などから、どのような準備が必要かを探ってきた。
この連載では、これまでの調査や研究を通して明らかになった知識や情報をコーチや競技者の皆様に提供する。これから連載の中で取り上げる内容が、アテネやトリノ、北京、さらにはバンクーバーに向けた準備のお役に立つことができれば幸いである。
最後に、この連載のために『オリンピアン』の貴重な紙面をご提供して頂いたJOC企画・広報室の皆様に深く感謝したい。
連載にあたり、これから取り上げるいくつかのテーマについて、その概要を紹介する。
競技スポーツ(選手)とストレス
(赤間高雄/JOC医学サポート部会・日本女子体育大学)
ストレスは内外の因子(ストレッサー)の刺激をうけて心身の健康が乱された状態である。ストレッサーには、物理化学的、生理的、生物的、および精神的なものなどの種類があり、運動も生理的ストレッサーになる。競技スポーツ選手が様々なストレッサーにさらされて過度なストレス状態になると、コンディションを悪化させることになる。ストレス下の身体は健康な状態を保とうとしてストレス反応をおこす。ストレス反応は、神経系(自律神経)、内分泌系(ホルモン)、および免疫系におこる。自律神経の交感神経活動が高まると、心拍数増加、血圧上昇、消化器機能低下などがおこる。ホルモンではカテコールアミンとコルチゾールの分泌が増加する。免疫系は生物的ストレッサーに対して反応し、食細胞、リンパ球、および抗体などが作用する。慢性のストレス下にあるオーバートレーニング症候群では神経系・内分泌系の変化とともに免疫系の機能低下が報告されている。
ヒトにおける適応と破綻
(片寄正樹/JOC医学サポート部会・札幌医科大学)
トレーニングを“トレーニング”とするためには、トレーニング負荷にうまく適応して身体が反応させていく必要がある。このトレーニングに応じた適応プロセスにおいて、身体の各組織、各器官の変化を前提に、身体のシステム全体が再編されていくことになる。また、身体の適応には時間が必要であり、それは身体状況やコンディションの影響も受けて流動的である。このような時間経過や流動性を考慮しつつ、身体に効率的に最大限の適応を導くことがトレーニングの 永遠のテーマとなる。一方で、最大限の適応をぎりぎりまで追求していくなかで身体の適応に失敗し、身体システムの破綻としての病的状態(外傷・障害)を引き起こすことがある。この破綻を防ぐためには、トレーニング負荷に耐えうる身体システムの育成(身体づくり)とその負荷がダイレクトに身体に加わることを回避するテクニック、スキル(動きづくり)が重要とされている。
(2004.4.1 掲載)