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金メダリスト・吉田沙保里 × 指導者・栄和人 インタビュー

涙の向こうの金メダル〜2連覇達成の軌跡

2連覇の瞬間、吉田沙保里選手は、勝利の絶叫をあげた。2001年12月から続いていた119連勝の記録が、今年1月の国別団体対抗戦女子ワールドカップ2008でストップ。 敗戦の涙を克服し、女王の座を取り戻した北京。偉業を成し遂げた8月16日を、二人三脚で歩んできた指導者・栄和人監督とともに振り返る。(OLYMPIAN 2008より転載

 

強豪が揃った組み合わせ

──北京大会は、初戦から決勝戦のような、強豪ぞろいの組み合わせでしたね。

吉田 どんな組み合わせになってもいい、と覚悟を決めていました。オリンピックなので、出場する選手は、当然、強い選手ばかりですから。

 そうは言っても1回戦から強い選手にあたって、2回戦、準決勝も強い選手ばかり。

吉田 1回戦のネレル選手(スウェーデン)は、2007年の世界選手権の決勝の相手。2回戦のゴルツ選手(ロシア)も、常に世界選手権で3位以内に入っています。準決勝であたったバービーク選手(カナダ)は、アテネ大会決勝での相手でした。

 何しろマークしていた選手のうち、銅メダルを獲ったコロンビアの選手以外は、すべて吉田のブロックに入っていました。だから、一瞬、仕組まれたかなと思ったくらいです(笑)。

──そんな強豪のネレル選手との初戦。どう臨みましたか?

吉田 やはり1回戦ということで、体が動くかな、という心配がありましたし、強い選手とわかっていたので、緊張もしました。ただ、どの試合でも、マットに上がる前は怖いものです。負けたらどうしようと不安になることはあります。オリンピックですから、なおさら。それに1月の国別団体対抗戦のワールドカップで連勝が止まっていますし。でも、その一方で2分間に何回タックルに入れるか、何ポイント獲れるかといったことも考えていましたよ。

 こっちは心配でね。タックルに入るタイミングを見失ったり、止められたりしないだろうかと……。ただ、試合が始まってみると、相手が昨年の世界選手権とは闘い方を変えて攻めにきたので、かえって安心しました。

吉田 力が強いうえに、以前はなかなか前に出てこないので、タックルに入るタイミングがなくて、やりづらい選手だったんですよ。

──そのタックルが、第1ピリオドで決まりました。

吉田 あの時はもう落ち着いていて、ごく自然にタックルが出ました。いつもと同じように。

 スムーズでスピードがあったね。

吉田 1回戦、2回戦は動きが硬かったと、あとで言われましたが、自分では慎重に試合に入っただけで、特に硬くなっていたとは思っていませんでした。内容よりも、とにかく勝つことだ、と。意外と冷静でした。

 1回戦ですから、確実にポイントを獲ることが大切。極端に言えば、1点差でも勝てばいいというぐらいの気持ちだったね、僕も。基本に立ち返った半年間負けたからできたこともあった

2007年の世界選手権決勝で闘ったネレル選手とは初戦から対戦   photo by AFLO

──1月のワールドカップでの敗戦の影響はあったんでしょうか。

 1月19日に連勝がストップした時、吉田の悔しさや悲しさ、恐怖感といったものは、時間が経つにつれて大きくなるだろうと思いました。その通りになったので、立ち直れるか心配したわけです。でも、実家に戻って、お母さんから、119連勝した間には119人の悔しい思いをした人がいると諭されたりしたのが、立ち直りのきっかけになったんだよな?

吉田 ええ。それに、父が(レスリングを)教えている子供たちを見ているうちに、自分がいい見本を示さないといけないと思うようになり、少しずつ前向きになりました。

 ただ、負けてよかったこともありました。強い選手にはありがちですが、もともと吉田のレスリングは我流です。でも強い(笑)。だから、技術的なクセや体調の管理などで修正したい部分はいろいろあったのですが、チャンピオンでいる限りは言ってもなかなか直さない(笑)。敗戦でそれができるようになった。北京までの半年間は、基本に立ち返った練習の繰り返しでした。

──その時の銅メダルを見て、敗戦の悔しさを忘れないようにしていると聞きましたが……。

吉田 自分の部屋に、銅メダルと当日の新聞を3カ月近く壁にかけていましたね。

 いつまでも敗戦を引きずってはいけないと思い、銅メダルを預かったのですが、僕まで悔しさを忘れてはまずいと思い、北京まで持っていきました。それで、試合前に見せて、悔しい思いを繰り返さないようにしようと話したら、感極まって涙ぐんだのは僕の方で(笑)、吉田はしっかりしたもの。もう大丈夫だと確信しましたね。

 

相手の研究を上回った2回戦 先制されても慌てず逆転

──ゴルツ選手との第2戦。第1ピリオドで先制されましたが。

吉田 いやもう、全く気になりませんでしたね。

 1回戦の選手同様、ゴルツ選手も、自ら仕掛けてこないタイプなのでやりにくいのですが、この試合では向こうから仕掛けてきた。点の獲り合いになると、得点能力の高い吉田が有利。だから僕も、先制されてもハラハラしませんでした。この選手も吉田を研究してきたんでしょうが、1月の悔しい思いから半年間、基本の技術を磨いた吉田の方が上回った。

吉田 何度もやっている相手なので、手の内もわかっていますから。

 改めて映像を見ると、いい勝ち方をしているね。確実に強くなっているよ。

吉田 それにしても、この試合は首を決められて、苦しかったですね。相手は腕力が強いから、組み合ったこっちの腕がパンパンに腫れちゃって……。

──そしてバービーク選手との準決勝。作戦はあったのでしょうか。

吉田 今さら細かい話をしても仕方がないので、思い切りやろうと。それだけでした。

 そうだね。午前中の最後の試合だから、思い切っていけと言っただけですね。

吉田 それよりも前の試合の、腕の手当ての方が先で……。

 僕やトレーナーや3、4人がかりで腕を揉んで、氷で冷やしてね。普通の人なら、まず箸も持てないでしょうね。それぐらい腫れていました。

吉田 試合そのものは、タックルを返されることもなく、ゲームプラン通りでした。

 1月から繰り返し練習してきたことが形になった試合だったね。相手に研究されている中で、うまいレスリングができたという印象でした。

 

photo by AFLO

さまざまな記憶がよみがえり 記憶にない「勝って涙」に

──許莉選手(中国)との決勝は圧勝でした。相手選手への応援は気になりましたか?

吉田 試合会場に入った時は、例の「ジャーヨー」という応援がすごいと思いましたが、決勝が始まると、不思議なことに、それが「さーおー」と聞こえてきたんです。私はふだん「さお」と呼ばれていますから、自分への応援のように感じました。

 あの時の吉田の顔には、意気込みが表れていたね。

吉田 許莉選手は若いけれど、瞬発力があるので油断ができず、決して弱い相手ではありません。第1ピリオドを獲ってリードしましたが、気は抜けないと思って闘っていました。最後のフォールは、「いける!」と感じたので一気にいきました。勝った瞬間、1月の敗戦や、いろいろなことが思い出されて、涙が出てきました。試合後のインタビューでも言ったのですが、勝って泣いたのは、ちょっと記憶にありません。でも、この映像を見ると、監督はフォールする前から泣いてますね(笑)。

 苦しいことを乗り越えて、やっと勝ったわけだからな。胃も痛いし、夜もなかなか眠れないし、寿命が縮んでるな、きっと(笑)。

 

ロンドンでの3連覇を目指して やることはまだまだある

──念願の2連覇を果たした今、次の目標は、2012年ロンドン大会での3連覇になりますね?

吉田田 多くの方に支えられた2連覇でした。まず、そのことに感謝したいと思います。当然、3連覇は目指しますが、そう簡単ではないでしょう。ロンドン大会は30歳で迎えるわけですから、体が今までのように動いてくれるかわかりません。いろいろと苦しむと思います。でも、それらに耐えて3連覇したいと思います。

北京での闘いぶりをビデオで振り返る2人

 点数をつけると、今の吉田のレスリングは80点から85点。足りないのは技術的なことや体づくり、健康管理などで、100点に近づけるポイントはわかっているつもりです。アテネ大会は、がむしゃらに闘った金メダル。4年たった北京大会は、大人になりつつあるレスリングでの金メダルでした。これをもっと成熟できれば、ロンドン大会での3連覇の確率は100%に近いでしょう。

吉田 監督の言う通り、鍛えるポイントはまだまだありますよ。

 少ない点差でも落ち着いて闘い、確実に勝つという、うまいレスリングを身につけたいね。

吉田 でも、点数が少ないと調子が悪いのではと報道されたりするので、見ている人にどう思われているのか、最近、気になるようになって(笑)。

 豪快なレスリングを期待されているからな(笑)。

吉田 それと3連覇するためには、若い選手にもっともっと出てきてほしい。そうした選手に負けないように頑張ることで、3連覇が見えてきます。強い日本の女子レスリングを守るためにも、選手の底上げは必要です。

 結局のところ、2連覇をもたらしたのは、二度と敗戦の悔しさを味わいたくないという危機感だった、ということだね。

OLYMPIAN 2008より転載