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JOC年表

1920 - 1946

(1909年〜1980年はオリンピック事典より抜粋1981年以降はJOC事務局が作成)

1920年
8月15日〜30日 第7回オリンピック競技大会 (アントワープ)
1921年
3月8日 岸清一、 大日本体育協会会長に就任、嘉納治五郎、名誉会長となる
5月30日〜6月4日 第5回極東選手権大会(上海) に日本全種目参加、各競技とも敗れる
1923年
5月21日〜26日 第6回極東選手権大会、新設の大阪市立競技場で開催 (オープン競技として初めての競泳、テニス、バレーボール加わる)
1924年
1月25日〜2月5日 第1回オリンピック冬季競技大会 (シャモニー・モンブラン)
6月15日〜16日 第1回日本女子オリンピック大会、大阪市立運動場ほかで開催
6月25日 パリの第22次IOC総会で岸清一、IOC委員に推薦される
5月3日〜7月27日 第8回オリンピック競技大会 (パリ)
10月30日〜11月3日 内務省主催第1回明治神宮体育大会開催 (以下の大会省略)
1925年
4月25日 大日本体育協会改造、総合競技団体となる
5月 第7回極東選手権大会 (マニラ) で日本陸上選手全員退場、以降の競技に棄権
1927年
8月8日 大日本体育協会、財団法人認可
8月27日〜9月3日 第8回極東選手権大会(上海) に日本優勝
1928年
2月11日〜19日 第2回オリンピック冬季競技大会 (サンモリッツ)
5月5日 第5回日本女子オリンピック大会において人見絹枝、100m12秒2、走り幅跳び5m98、400m59抄0、の世界新記録樹立
7月28日〜8月12日 第9回オリンピック競技大会 (アムステルダム)
織田幹雄、鶴田義行、初の金メダル獲得
1929年
国際陸上競技連盟会長エドストローム (後のIOC会長) 来日、 日本学生陸上競技連盟会長山本忠興と会談し、オリンピック東京開催について打診、希望的観側
1930年
5月24日〜31日 第9回極東選手権大会、東京で開催
6月18日 日本学生陸上競技選手団、第4回国際学生競技大会に出発
6月18日 永田秀冶郎東京市長、 山本忠興に対し第12回オリンピック東京開催のための調査依頼
7月25日  第3回国際女子競技大会に出発(日本4位)、 人見絹枝走り幅跳びに優勝
1931年
8月7日〜9日 第1回日米対抗水泳競技、神宮プール (6日19日完成) で開催
1932年
2月4日〜13日 第3回オリンピック冬季競技大会(レークプラシッド)
7月30日〜8月14日 第10回オリンピック競技大会(ロサンゼルス)
1933年
3月25日 日本オリンピック委員会、陸上の全国巡回コーチ計画を決定
5月 国際オリンピック大会に関する実行委員会設置
6月 7 日 第32回IOC総会で杉村陽太郎、IOC委員に推薦される
12月29日 岸清一没 (67歳)
1934年
4月14日 大日本体育協会、臨時評議会において岸清一の後任として副島道正を、IOC委員に選出することを承認
5月16日〜19日 第33次IOC総会で副島、IOC委員に推薦される
5月 第10回極東選手権大会 (マニラ) で会期中、極東体育協会が解消。 大会も終えん
9月8日〜9日 第1回日米対抗陸上競技、神宮で開催
1935年
1月25日 第12回オリンピック大会、東京開催に関する建議、衆議院で可決、 2月23日参議院でも可決
2月11日 オリンピック招致についてIOC委員、ムッソリーニと会談
10月31日 イタリア政府、1940年ローマでの開催希望を日本にゆずると正式発表
1936年
2月6日〜16日 第4回オリンピック冬季競技大会 (ガルミッシュ・パルテンキルヘン)
3月19日〜4月9 日 IOC会長ラツール伯、オリンピック競技場視察のため来日
7月30日 第36次IOC総会で杉村陽太郎に代わり徳川家達IOC委員に就任
7月31日 第36回IOC総会で第12回大会開催地に東京決定
8月1 日〜16日 第11回オリンピック競技大会 (ベルリン)
12月19日 オリンピック東京大会組織委員会結成、会長にIOC委員、徳川家達就任
1937年
4月15日〜5月20日 IOC委員ガ一ランド来日
1938年
5月4日 嘉納治五郎、カイロでのIOC総会の帰途、永川丸船中で死去 (79歳)
7月15日 閣議、第12回オリンピック東京大会の中止を決定し、意向を組織委員会に通達
7月16日 オリンピック組織委員会、第12回オリンピック東京大会の返上を決定 (同時に第5回冬季札幌大会も返上)。IOC本部に報告
1939年
4月13日〜27日 IOC委員ブランデージ来日
6月 徳川家達、 IOC委員を辞任
6月 高石真五郎、永井松三、IOC委員に就任
8月24日〜27日 ウィーンで開催の第8回国際学生競技大会に参加の日本選手10名、国際情勢悪化のため大会2日目でひきあげる
11月3 日 南寿逸、ウエイトリフティング60kg級で世界新記録樹立
1940年
第12回 オリンピック競技大会(東京返上後ヘルシンキ)中止
第5回 オリンピック冬季競技大会(札幌)中止
1941年
3月22日  元IOC委員岸清一の遺族の寄付により、岸記念体育会館落成(お茶の水)
交通制限により神宮大会以外、全国的大会中止
1942年
4月8日  大日本体育協会、大日本体育会として新発足、各競技団体解消し体育会の部会となる
7月3 日  厚生省、第13回神宮国民体育大会を明治神宮国民錬成大会と改称し、夏季、秋季、冬季に区分、要綱を決定
1944年
第13回 オリンピック競技大会(ロンドン)中止
第5回 オリンピック冬季競技大会(コルチナ・ダンペッツォ)中止
1945年
大日本体育会、加盟団体組織に改組
1946年
12月4 日 大日本体育会理事会、 日本オリンピック委員会設立を決定
第1回国民体育大会開催(以後の大会省略)夏季大会(8月9日〜1I日)宝塚市秋季入会(11月1日〜3日)京都、大阪、兵庫、滋賀の各県

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