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TEAM JAPAN DIARY

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2010/09/02

シンクロ 選手主導の新チームで広州・アジア大会へ

シンクロナイズドスイミングの日本代表チームが、9月のワールドカップと11月の広州・アジア大会に向けた、チームのテクニカルルーティン(TR)やコンビネーションの演技を報道陣を前に披露しました。

Aflo_qdwa017118アジア大会に向け練習を重ねるマーメイド・ジャパン

Aflo_qdwa017122 熱のこもった指導をする花牟礼ヘッドコーチ

■広州・アジア大会新種目 コンビネーションに注力

今年のアジア大会で注力しているひとつが、コンビネーション。2003年の世界選手権から導入された種目で、ソロ、デュエット、チーム、トリオなど編成を変えながら自由に演技するものです。将来的にオリンピック種目に導入する潮流のなか、今年のアジア大会で新種目に加わりました。日本代表チームは、ミュージカル『オペラ座の怪人』を選曲。クリスティーヌと怪人による愛の掛け合いのシーンを盛り込むなど、ストーリー性のある構成に仕上がっています。

また、チームのテクニカルルーティンTR三味線で奏でる和風ロックのプログラム『大和(やまと)』。選手がデザインを考えたという紫、緑、白の幾何学模様の衣装を作製しました。花牟礼雅美ヘッドコーチは「全編テンポよくいける曲を選びました。和風の雰囲気が入っているいい曲だと思います」と手ごたえを感じている様子です。チームのフリールーティン(FR)は映画『レッドクリフ』のテーマ曲で、こちらは「戦い」をテーマに、赤をイメージしたメイクと衣装で挑みます。

小林千紗主将は「イメージしやすいテーマにしたことで、気持ちも入っています。まだ高さが足りないのが課題ですが、頑張りたいです」と、気持ちを高めていました。

Aflo_qdwa017116より高いリフトを目指し練習する選手たち

■選手主導の新チームで世界を目指す

北京オリンピックで逃したメダルの奪還を誓い、シンクロの日本代表チームは今年5月に世代交代を行いました。毎朝8時から112時間の練習をこなしている選手たち。乾友紀子選手は「どの国でもやっていることなので、強い気持ちで耐えていきます。試合で思い切りできるように練習して、本番に臨みたいです」と意欲的です。

新チームの特徴は、コーチが一方的に指導するのではなく、選手主導で進める練習スタイル。振り付けや衣装などのアイデアを選手が提案していきます。「『オペラ座の怪人』のプログラムでは、マスクをかぶるなどの振り付けを取り入れたり、VTRを見ながらこうしよう、ああしようと話し合いながら練習しています」と乾選手。花牟礼ヘッドコーチも「コンビネーションの『大和』では手を扇にする動作を選手が考案するなど、話し合いながら選手が作っていく感じにしています」と話します。

新チームは5月の日本選手権後に結成。2012年のロンドンオリンピックを見据え、世界の大型化の潮流に乗ろうと、身長165cm以上の選手を中心に集めました。水面から出る体積が技術点の評価に影響する傾向があるため、長身の選手によるダイナミックな演技が必要と判断したそうです。

実際、この日に公開された練習でも、長身の選手による迫力ある若々しい演技が見所となりました。花牟礼ヘッドコーチも「身体が大きくなった分、迫力はあります。ウエイトトレーニングも毎日練習前に行うようになりました。まだまだ鋭さや確実性、技術が足りないけれど、エネルギッシュな若さを失わないようにしていきたいですね」と評価。小林主将は「自分たちが考えた振り付けなので、思い入れも強いですね。チームを引っ張っていくと言う意識より、自分が世界のレベルに近づけば自然にみんなのレベルも上がると思います」と話し、ワールドカップそして広州・アジア大会での活躍を誓いました。

新しいマーメイド・ジャパンの活躍に注目です!

(写真:アフロスポーツ)

Aflo_qdwa017123選手と話し合いながら練習を進める小林主将

2010/08/31

橋大輔選手「セカンドキャリアのステップ」プロデューサーに挑戦

トリノ冬季オリンピックのフィギュアスケートで金メダルに輝いた荒川静香さんが、引退後のセカンドキャリアとして新しく切り開いているアイスショー・プロデューサーの道。年に1回、自身が企画運営するアイスショー「フレンズオアンアイス」を開催し、単なるプロスケーターとは違うキャリアを模索しています。その5回目となる「2010フレンズオンアイス」で荒川さんは、「橋大輔選手のセカンドキャリアのステップに」と、一部のプログラムのプロデュースを橋選手に任せました。

Takahashi1グループナンバーをプロデュースした橋選手

荒川さんが後輩のセカンドキャリアについて考えるのは、フィギュアスケート界の厳しい現状が背景にあります。引退後にスケートに関わるならば、インストラクターやプロスケーターが一般的ですが、全国のスケート場不足のために、インストラクターの枠はどこも満員。プロスケーターも一部の人気選手で占められてしまいがちで、振付師やショー企画など、新しい視野でのセカンドキャリアを拡げていくことが急務になっているのです。

荒川さんは引退後、「自分のお世話になった人に感謝するためのアイスショーを作りたい」と、「フレンズオンアイス2006」を企画。自身でショーを手掛ける面白さに魅入られ、子供たちと滑るプログラムやなど、毎年様々な企画に挑戦してきました。そして今年は、子供の頃から親しくしていたスケーターの橋選手に対して、「現役のうちに、また違った視点でスケートを見られるようなチャンスをあげたい。スケーターだけでなく、見る人や支える側の気持ちも知ることができる」と考え、プロデューサーに指名したのです。

Arakawa1後輩にセカンドキャリアを考える機会を与えたいという荒川さん(右)

春先に依頼を受けた橋選手は、男子のグループナンバーにしようと決定。「気軽に引き受けてしまったけど、実際にやろうとすると全然アイデアが出なくって、すごく焦りました。結局、自分がヒップホップを習っていたダンスの先生に振り付けの一部を依頼して、それを氷の上でカッコよく再現できるよう工夫しました」と振り返ります。

小塚崇彦選手や本田武史さん、エバン・ライサチェク選手など6人のメンバーは決まりましたが、実際にメンバーが集まって練習できるのは本番直前の2日間のみ。「すごく覚えるのに苦労するだろうと思ったけど、みんなが文句を言わずに一生懸命覚えてくれました。『難しくてみんなゴメン』なんて思いながら、演技を教えたり、指示を出していました。まとめる役って難しいですね」と橋選手。本番までには、アップテンポなヒップホップやロックにあわせて、6人のトップスケーターが激しく踊るナンバーに仕上がりました。

Takahashi2ヒップホップに乗って踊る橋選手

荒川さんは「橋選手は、『ヒップホップをやりたい』とか『男子グループでやりたい』とか自らアイデアが出てきて、みんなをうまくまとめていました。人を引っ張っていくようなセンスがあるんだな、ということがプロデューサーを頼んで分かったので、このセンスを次のセカンドキャリアに繋げてほしいですね」と感心していました。

橋選手は、引退後のことはまだ決めていませんが「昨年までは、引退後はスケートから離れようと思っていましたが、多くの人にお世話になってオリンピックで頑張れたので、スケートで恩返ししたいと思うようになったところでした。人生に役立つ経験を与えてくださった荒川さんに感謝ですね」と照れながら、2連覇を狙う2011年・世界選手権前のオフシーズンのアイスショーを楽しんでいました。

Aflo_jyfa061991 自身のショートプログラムも披露した橋選手

(写真:アフロスポーツ)

2010/08/28

パンパシフィック選手権(3)北島選手の復活から見えるもの

文・折山淑美

■北島康介選手2冠、「自信になった」

08年北京オリンピック以来2年ぶりのビッグ大会となったパンパシフィック選手権大会。北島康介選手は周囲の誰をもアッと驚かせるような見事な復活劇を演じた。 大会2日目の100m平泳ぎでは、予選からいきなり自己セカンドベストで、かつ今季世界ランキング1位となる5904で泳いだのだ。決勝は力みが出て5935とタイムを落としたが、2位に083差を付ける圧勝だった。

Kitajimaaflo_owda437011_2100m平泳ぎ決勝で快進撃を見せた北島選手(ロイター/アフロ)

北島選手はこう言う。「予選は本当に決まり過ぎですね。(11月の広州)アジア大会の代表もかかっていて予選が勝負みたいなところがあったから、けっこうガッチリ決めていったんです。こういうレースができるというのも前向きに考えていいことだと思うし…。決勝はタイムを落としたけど、レベルの高い59秒台前半だったから、これから新しいものを発見できそうな泳ぎだと思いますね」

日本チームの平井伯昌ヘッドコーチも、「予選は力が抜けていてすごく良かったので、正直おどろきました。でも決勝はウォーミングアップの時から少し力が入っているような気がしたんで。でも2本とも内容が良かったから、それは彼が本当に充実している証拠ですね」と評価する。

なか1日置いた200mでもその勢いは止まらなかった。「練習を見てもらっているデーブ・サロコーチ(南カリフォルニア大)から、予選は150mまで抑えてラスト50mを上げていけと言われたけど、日本のレベルは高いからそんなこともやっていられない」と考えた北島選手は、100mまで世界記録を上回るラップで突っ込み、今季世界ランキング4位になる20923で泳いで決勝へ進んだ。

優勝は確実だろうと予想された決勝になっても、彼の攻めの心は変わらなかった。100mまでは予選より少し抑え気味の入りだったが、150mまで世界記録のラップに肉薄。20836の今季最高をマークして2冠獲得を果たした。「最後は泳ぎも浮いてしまったけど、高いレベルで200mも泳げたというのはすごい自信になりますね。この大会の200mは前半から突っ込んでどこまで持って、最後の25mをどういう泳ぎをできるかという、本来の自分が持っているものを確かめるという目的が大きかったから。その意味では自分のすべてを出せたと思うし、十分すぎるくらいの結果でしたね」

そんな見事な復活劇を演じたにもかかわらず、今後しばらくは、勝負だけを考えて水泳をするのではなく、伸び伸びとした環境で楽しみを感じながら水泳を続けたいという北島選手。まだロンドンまでは見えていないというが、大きく前進したということはそこへ近づいていることだ。今やっと、2種目3連覇への歩みの第一歩を踏み出した。

■求められるポスト北島

その北島選手が主力になった大会最終種目の男子4×100mメドレーリレーでは、第1泳の古賀淳也選手が、100mの世界記録保持者であるアーロン・ピアソル選手(アメリカ)に先着するという快挙を演じた。「メドレーといえど、ピアソルに競り勝ったと言うのはすごい自信になりますね。1回でも勝ったことは財産になるし、これから相手も警戒してくると思うので」と古賀選手は話す。

その快泳を引き継いだ第2泳の北島選手がさらに差を広げた日本チームは、次のバタフライでアメリカのマイケル・フェルプス選手に逆転されたが、オーストリアを大きく引き離して銀メダルを獲得した。世界を見ればヨーロッパ選手権を制したフランスが上位にいるが、記録的には世界3番手の位置を確保。昨年の世界選手権で途絶えてしまったメダル獲得の可能性を、もう一度引き戻す結果になった。

一方の女子も、寺川綾選手(背泳ぎ)と鈴木聡美選手(平泳ぎ)の頑張りがきいて銅メダル獲得を果たした。女子も、このレースでは実力ナンバー1のロシアがいることを考えれば、実質世界4位という位置につけた。

しかしこのパンパシフィック選手権全体を振り返れば、オリンピック種目での金メダルは平泳ぎの北島の2個のみ。チームはまだ、北島選手頼りという状況から脱却できないでいる。来年からのオリンピックロードに向けて、ポスト北島を担うべき選手たちに意識向上が求められることが明確になった大会だった。

Kitajimaaflo_lkga884709_2平泳ぎ200mで金メダルを手にした北島選手(AP/アフロ)

Kitajimaaflo_owda437414 平泳ぎ200m決勝でゴールし自信をみせた北島選手(ロイター/アフロ)

2010/08/26

パンパシフィック選手権(1) 寺川綾、松田丈志、悔しさのメダル

文・折山淑美

■寺川綾選手、フォーム改造も悔しい銀

2010年パンパシフック選手権大会、初日。女子100m背泳ぎ決勝に進出した寺川綾選手は、ターン後にトップに飛び出たものの、ラスト10mでかわされ、悔しい銀メダルとなった。金メダルに輝いたのは、今季世界ランキング1位の5921をマークしているエミリー・シーボム選手(オーストリア)だった。

ゴールタイムの5959は自己ベストだが、1位との差は014。観客席で見ていた平井伯昌ヘッドコーチは、親指と人指し指で僅かな隙間を作って苦笑し、僅差の敗戦を悔しがる。「自分の泳ぎしか考えていなかたから、タッチするまで周りがどうなっているのかわからなかったんです。でもあれだけの差だとわかってからは、すごく悔しくなりましたね」 と、寺川も大きな国際大会初での勝利を逃した悔しさを口にした。

「直前の高地合宿地だったフラッグスタッフで出来が良かったから、日本記録(5914)に近い所まではいくと思っていたんです。予選でも軽く泳いで59秒台かと思っていたけど、彼女の場合は国際大会ではいつも予選のタイムが遅いから…。自信をつけさせるのが難しいですね」。平井ヘッドコーチはこう説明する。

寺川選手は高地合宿に入った7月から、フォームの改造に取り組んできた。改造はうまくいったが、高地から下りて大会に入るまでの期間がこれまでより短かったため、彼女自身は自分の感覚を把握できないまま試合を迎えたという。その不安が予選では顔を出し、後半の泳ぎでリズムを崩して1分0041に止まるという結果になっていたのだ。

後のウォーミングアップでそこを修正し、決勝ではいい泳ぎはできたが、精神的な詰めの甘さで金星を逃した。それでも「参加人数は少ないし、去年の世界選手権でメダルを獲った人も1人しかエントリーしていない試合だから結果を出したいと思っていました。その点では銀メダルを獲れてホッとしています」。一方、翌日の50mでもラスト10mで逆転され、またしても2位に。「最後の詰めがこれからの課題です。でもこうやって一番を狙える位置にいるというのも、以前に比べたら成長したということですから」と明るく笑った。

■松田丈志選手、打倒フェルプスへの課題

もう1人、メダルを手にしながら悔しさを口にしたのは、男子200mバタフライの松田丈志選手だった。 午前中の予選は1分5547で2位通過。前半の100mも目標にしていた55秒切りを果たし、1位通過だったマイケル・フェルプス選手(アメリカ)との差も024で戦える手応えをつかんでいたのだ。「高地合宿では順調だったし、ここへきてからの調整でも、これまでなら頑張らないと出ないタイムもスムーズに出ていたから、1分53秒台は確実に出せると思っていたんです」と久世光代コーチが言うように、彼自身も自信を持っていた。決勝でも前半の100mを予選より速い5482で入り、先行するフェルプスを追いかけたのだ。

「フェルプスもそれほどコンディションがよさそうに見えなかったのでチャンスだと思ったし、自分ももう少しいい記録でいけるかなと思っていたんです。最後にターンしてから一度フェルプスを見て、多分彼もきついだろうからそこから差を詰めようと思って必死に泳いだんですけど……」

苦手だった前半はスムーズにいけるようになったが、100mをターンしてからは本来の感触ではなかったという松田選手は、得意なはずのラスト50mも目標とする29秒台に及ばない3016もかかり、フェルプスだけでなく2位を泳いでいたニック・ダーシー選手(オーストラリア)も捕らえられなかった。結果は1分54813位に止まり、フェルプスとの差も070と開いた。

「フェルプスに手が届きそうで届かないというのもありますが、去年も含めて彼以外の選手に負けているのも悔しいですね」という。08年北京オリンピック、09年世界選手権と続いた銅メダル返上こそが、打倒フェルプスへの最初の課題であることを、この大会で強く意識した。

Matsuaflo_owda436521銅メダルを獲得した松田選手(アフロスポーツ)

寺川選手も松田選手も、メダルを手にしながらも悔しさを味わった。それは、彼らが金メダルを狙えるレベルにきたことの証でもある。

Teraaflo_lkga88473850m、100mともに銀メダルを獲得した寺川選手(左)(アフロスポーツ)

Teraaflo_lkga88473150mにも出場した寺川選手(アフロスポーツ)

2010/08/23

女子自転車競技、人材発掘の合宿がスタート!

2012年のロンドンオリンピックから新種目として加わった自転車競技女子ケイリンなどの有望選手を発掘しようと、日本自転車競技連盟とJKAは、人材発掘合宿「ガールズ・サマー・キャンプ」を伊豆・修善寺の日本競輪学校で実施しました。

Skate4_2左から橋本聖子JOC理事、田畑真紀選手、渡邉ゆかり選手、岡崎朋美選手

■自転車未経験者など92名が応募、63名が合宿参加

同連盟によると、トラック種目では女子選手の活躍の機会が少なく、選手層も薄い状態。ロンドンオリンピックで新種目が加わることを機会に、自転車競技未経験者も含め、2016年のリオオリンピックも視野に中学生まで選考枠を広げて公募を行い、逸材を見出すことになりました。

公募の結果、トライアスロン、一輪車、陸上競技など様々な経験の選手92名から応募があり、書類選考を通過した63名が合宿に参加。バンクーバー冬季オリンピックで銀メダルを獲得した、スピードスケートの田畑真紀選手の姿もありました。将来性が認められた選手は、連盟の強化選手に指定され、国際大会やオリンピックを目指すことになります。

■橋本聖子JOC理事「この合宿をステップに」

816日に行われた開講式では、JKAの下重暁子会長が「日本は競輪発祥の国。ロンドンオリンピックから加わる女子ケイリンでも活躍してほしいです。みなさんはこの合宿で少しでも記録を伸ばし、これから先に繋げていただきたいと思います」とあいさつ。橋本聖子JOC理事は「オリンピックの自転車競技に3回出させていただき、その時、練習のベースにしていたのがこの競輪学校でした。みなさんは強い希望と高い目標を抱いて、この合宿をステップにして下さい。応援しています」と激励しました。またスピードスケートの岡崎朋美選手も、妊娠5カ月の身体ながら駆けつけ、「自転車にチャレンジしたい時期もありましたがタイミングが合わず、私は挑戦できませんでした。ここに来られた皆さんは自分がラッキーだと思って、諦めない気持ちを持って頑張ってください」と話しました。

Shimojuu_2Hashimoto_2あいさつする下重会長と橋本JOC理事

Okazaki_2激励に駆けつけた岡崎選手

■田畑真紀選手「大きな変化を求めて」

合宿に参加したスピードスケートの田畑選手は、2014年のソチ冬季オリンピックを最終目標に据えながら、その過程として2012年のロンドンオリンピック自転車競技出場を目指します。田畑選手は「バンクーバー(大会)が終わってから、もうスケートで試せる変化はすべて試してきたので、さらに伸ばして世界のトップに行くには、もう大きく変えるしかないと感じました。自転車を本格的にやることでスケートに繋がればと思っています」と、新たな改革に挑戦していることを話しました。

Tabata2_2ロンドンオリンピックを目指す田畑選手

■世界最新の測定器で、潜在能力を計測

63名の選手は、トラックでの練習のほか、フォームや筋肉量をチェックする計測、ウエイト理論の座学など、充実したプログラムを6日間に渡って体験しました。

なかでも体力測定を行う「自転車シュミレーター」は、世界最先端の測定器です。このシュミレーターは、屋外のバンクを走る時と同じように、体重による加速や空気抵抗などが計算され、ペダルへの負荷が調整される仕組みになっています。そしてトップスピードに達する時間や、速度低減率、平均速度などを図ることで、フォームの安定しない初心者でも、体力面の潜在能力を測ることが可能となっています。

P1190474自転車シュミレーターで潜在能力を測る

参加した63名の選手は、将来のオリンピック出場を目指し、目を輝かせながらプログラムに取り組んでいました。憧れの存在である橋本さんや岡崎選手の激励も、パワーを倍増させた様子。一人でも多くのオリンピック選手、そしてメダリストがこの中から生まれることを期待したいですね。

Syuuou63名の選手が夢を抱き、自転車競技を目指す 

Rensyuu1_2監督の指導のもと、潜在能力の開発に取り組んだ

2010/08/10

フィギュアスケート強化選手、4年後を視野に変化のシーズンへ

バンクーバー冬季オリンピックから半年、フィギュアスケートの強化選手が、ナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点「中京大アイスアリーナ」(愛知県)で合宿を行いました。浅田真央、小塚崇彦、鈴木明子のオリンピアン3選手に加え、2010年世界ジュニアチャンピオンの羽生結弦選手と村上佳菜子選手、さらに今井遥、町田樹、無良崇人、南里康晴の4選手の計9名が参加。オリンピック後に変更された新ルールに標準を合わせた練習に取組みました。

Mao_2表情をつけてステップの練習をする浅田選手

練習公開日となった87日には、振付師の宮本賢二コーチによるセミナーが行われ、様々な音楽に合わせた表現をするステップに挑戦しました。タンゴ、クラシック、ロックなど、曲によって間の取り方や強弱のつけ方を変化させる練習に、選手たちは最初こそ戸惑っていたものの、後半になると積極的に表情をつけるなど工夫する姿が見られました。

Step 全員でステップの練習

浅田選手は今年6月から、技術コーチとして、鈴木明子選手を指導する長久保裕コーチに師事。浅田選手は「オリンピックの時期に自分のジャンプが乱れていて、結果的には跳べても、昔と違う感覚になっていると感じていました。オリンピックが終わって一区切り。今が一番ジャンプを変える時期だと思い、習うことを決めました。2ヶ月ではまだ自分のものになっていないですが、しっかりした形で跳べるようにしたいです。形の基礎が出来れば、2年、3年としっかり出来て(ソチ冬季オリンピックのシーズンには)難しいジャンプを出来ると思います」と話し、ここ数年でフォームが変化したジャンプを修正していることを明かしました。

Nagakubo 長久保コーチからジャンプの指導を受ける浅田選手

長久保コーチも「今までは自己流で力を入れて跳ぶ練習をしてしまっていたが、タイミングよく跳ぶほうが正しいジャンプになる。だいぶ跳び方が直ったが、たまに前のクセが出る。感覚が合ってくれば良くなるだろう。56年前のジャンプに戻せるよう指導している」と指摘。練習が前進している様子を伝えました。

浅田選手の新プログラムは、ショートプログラムがシュニトケの『タンゴ』、フリースケーティングがリストの『愛の夢』。浅田選手は「まだジャンプの練習ばかりで曲を通す練習はこれから。(20113月の)世界選手権に間に合えば良いけれど、のんびりする気持は全然ないです」と気持を引き締めていました。

一方、長久保コーチのもとで練習している鈴木選手は「浅田選手とは別の時間に練習していますが、浅田選手が来たことで、『もっと先生から吸収してやろう』と思って、気持ちの隙がなくなりました」と刺激を受けている様子。3回転+3回転のジャンプにも取組んでおり、「オリンピックが終わり、新たなスタート」と笑顔を見せました。

Suzuki 長久保コーチの指導に耳を傾ける鈴木選手

また小塚選手は、カナダの新しい振付師のもとでプログラムを作成し、帰国したばかり。「今の課題は表現。表情に気をつけて、曲の表現を身体全体で出来るよう気をつけています。大きな目標であるオリンピックに向けて、自分の引き出しをたくさん作って、4年後のチョイスを増やしていきます。去年までの4年とは違う4年にしたいですね」と、ソチ冬季オリンピックを意識した練習をしていると話しました。

Kozuka表現力の成長を目指す小塚選手

また、2010年世界ジュニア選手権で優勝し、JOCスポーツ賞を受賞した羽生、村上選手は、今シーズンはシニア初挑戦となります。羽生選手は「今年は何が何でも4回転ジャンプを入れます。それがシニアへの境界線だと考えています。力ではなく流れの中で跳ぶ理想的なジャンプを目指しています」と話し、村上選手は「ジュニアではかわいい感じで踊れば良かったのですが、今度は大人っぽい演技をしたいです」と語りました。

Hanyuu シニア初挑戦となる羽生選手

Murakami 大人の表現力を目指す村上選手

フィギュアスケートのシニア選手は、10月に開幕するグランプリシリーズでシーズンをスタート。20113月に東京で開催される世界選手権での活躍を目指します。

2010/08/09

新体操コントロールシリーズ、個人競技で新たな取組み

文・折山淑美

9月に開催される世界新体操選手権と、11月のアジア競技大会の個人競技代表を決める戦い――。日本体操協会は今年度、これまでのように日本代表選考会の一戦だけで決めるのではなく、5月16日から8月1日までのコントロールシリーズ4戦の結果を踏まえて決定するという方式を採用した。

Aflo_mjxa098448 4戦通じてトップを守った大貫選手のボールの演技

「団体と違い、個人は予算が少ないからこうするしか強化方針がなかったんです」と日本体操協会の山ア浩子強化本部長は苦笑するが、世界に大きく差を明けられていることを考えれば、早急に強化に取り組まなければいけない現実もあった。世界トップの個人成績は、各種目ともに27〜28点台の得点が普通だ。だが日本選手は昨年の世界選手権個人総合で15位になった日高舞選手(現在は故障で休養中)が何とか25点台に乗せた程度。他の選手は23〜24点台しか出せていなかった。世界選手権の8〜10位圏内に入るためには26点台の得点は必要不可欠になる。そのためにまず、その26点台を出すことを目標にしてコントロールシリーズを実施したのだ。

代表候補選手としてシリーズに出場したのは、代表選考会1位の大貫友梨亜選手と2位の穴久保璃子選手、3位の山口留奈選手、4位の中津裕美選手に、協会推薦の小西夏生選手の5名。その中で大貫選手と山口選手は7月18日の第3戦のボールでそれぞれ26.025点を出し、初の26点超えという成果をあげていた。

Aflo_mjxa098402 第3戦ではボールで26点台をマークした山口選手

迎えた8月1日の第4戦。これまでと同じ味の素ナショナルトレーニングセンターで行われた試合は、山ア強化本部長が「今までの試合のなかで、選手たちは一番緊張していた」と言うほどの緊迫感溢れる戦いになった。

その中で最も安定した演技をみせたのが、第1戦から3戦まですべて個人総合1位の成績を残していた大貫選手だった。最初のロープでスピードのある演技で25.675点を出すと、3種目目のボールでは正確な動きと滑らかな手具扱いで26.000点をマーク。第3戦の総合得点には0.625点及ばなかったものの、他の2種目も25点台を出す好成績で総合1位になった。それに続いたのがフープとボールで25点台中盤を出した山口選手。それに穴久保選手、中津選手、小西選手が続く結果になった。

Aflo_mjxa098422最初のロープで25.675をマークした大貫選手

Aflo_mjxa098390 フープで25.325を出し、3位以下を引き離した山口選手

世界選手権の代表選考の基準は、(1)いずれかの回、種目で26点を出した選手。(2)各シリーズの4種目総合得点で最高点を得た選手。(3)4回のうち各種目のベスト3の得点を合計したシリーズ得点で最高点を出した選手、と定められていた。その条件をクリアしたのは大貫選手と山口選手。その結果を受けた選考会議では、これまでの通例として3〜4名選んでいた代表を、大貫選手と山口選手の2名だけにした。その理由を山ア強化本部長はこう説明する。

「選手の顔を審判に売ることも必要な競技なので、若手に経験させたい気持もありますが、原則として26点をベースにしましたから…。もし誰も26点をクリアしていなかったら、甘い基準になって4名選んでいたかもしれませんが、26点を出した選手がいるので差をつけなければいけないと思いました。ここで4名選んで選手たちに『25点でもいける』と思われてもいけないし、最初の試みなのであえて厳しくしました」

出場が2名だと、3名の得点が基準になる個人戦国別対抗の権利は失うが、それより将来への気持ちの引き締めを優先したのだ。

一方、団体総合でもメダル獲得を狙うアジア競技大会へ向けては、シリーズ得点1、2位の大貫選手と山口選手に加え、3位と4位の穴久保選手と小西選手を選出した。山崎強化本部長はこう評価する。「これまで選手たちは、大会ごとに審判が違うから得点はあてにならないという気持ちがあり、自分の演技内容だけを意識していました。でも今回は世界とどう戦うかを考え、絶対に必要な得点のラインを設定しました。審判を固定し、各試合ごとに、選手に対してどこで減点をされたかなどを説明しました。選手たちもこれまで得点をここまで意識して演技することがなかったから、そういう緊張感を味わえたということや、2カ月半で4試合をこなすタフな経験をしたという面でも、意味のあるコントロールシリーズになったと思います」。

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アジア競技大会出場を決めた穴久保選手

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アジア競技大会の出場を決めた小西選手

一方、大貫選手も「技術的な面では直ぐに成長することは難しいけど、精神的な面では学ぶことが多かったと思います。これまで何点出すということを目標にしたことはなかったけど、そういう緊張感を持って試合に臨み、弱い自分に負けることなくやりきれたのが一番の収穫だったと思います」と手応えを口にした。

だがそう言いながらも彼女は「でもこれは到達点ではないし、山ア本部長のいうようにスタート地点へ立っただけ」と続けた。1種目だけ26点台を出しても、世界をみればトップ10に入ることは難しい。26点を出せるようになっても、まだまだそれより上の選手たちはいる。その人たちに追いつくことを目指していきたいと。

これまでの世界選手権代表選考会では、4位までに入れば出場できるという意識もあって手堅い演技をし、23〜24点を出しておけばいいという雰囲気もあったと言う。高い目標を設定し、ハードなスケジュールのコントロールシリーズを実施したことは、選手やコーチたちの目を世界へ向けさせるという点では、大きな意味のある試みになったといえる。

日本新体操の世界への新たな挑戦は、始まったばかりだ。(写真提供:アフロスポーツ)

2010/07/20

卓球のアジア大会代表選考会で松平健太選手が優勝

文・折山淑美

19歳の松平健太選手と16歳の丹羽孝希選手。味の素ナショナルトレーニングセンターで71416日に行われた第16回アジア競技会(11月、中国・広州、以下アジア大会)卓球男子日本代表選考会の決勝は、20名の選手のなかから、フレッシュな若手対決となった。

このふたりは、ジャパンオープン(714日)ではダブルスを組み、準決勝で09年世界選手権3位の水谷隼/岸川聖也選手組を下すなどの番狂わせを演じて優勝をしたペアだ。

Kenta1_2  優勝した松平選手

Niwa1_2  16歳ながら決勝へ進んだ丹羽選手

ともに前日までのリーグ戦は2位通過。準決勝で、松平選手は塩野真人選手のカットに苦しんで13とセットを先行されながらも、最後は競り勝った。丹羽選手は予選リーグ無敗と好調だった松平健太選手の兄・賢二選手を4対1と危な気なく下して決勝へ進んできた。

Shiono_2カットで松平選手を苦しめた塩野選手

Kenjimatudaira_2  リーグ戦をトップで通過した松平賢二選手

ともにプレースタイルは前陣速攻型。男子ナショナルチームの宮崎義仁監督が「世界でも特に打点の速いふたりだから、非常にスリリングな試合になった」というような大接戦。ともにセットを取り合い、最終第7セットもジュースから点を取り合い、1513で松平選手の勝利が確定する熱戦となったのだ。

アジア大会男子の試合による代表内定基準には3種類ある。まずは今年1月の全日本選手権シングルス優勝者。そして2番目に、今年11日〜731日までの国際大会で、日本人以外の世界ランキング30位以内の選手3名以上に勝利した者を、強化本部が最大2名まで選出する。そしてこの選考会での優勝者だ。

すでに、今回出場しなかった水谷隼選手(明大)が全日本選手権で優勝しているため、松平選手は男子2人目の内定者となり、出場枠2のシングルス出場も有力となったのだ。

「接戦をものにして優勝できたのは自信になりました。以前は体力がないと周りからも言われていたし、自分でもそう思っていたけど、今回フルセットになった準決勝、決勝の2試合を勝てたのは、体力がついたからだと自信を持てます」

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激しい戦いとなった松平選手(左)と丹羽選手(右)の決勝戦

松平選手は06年の世界ジュニアシングルスで優勝して期待を集めた。しかし07年には世界選手権へ出場しながらも、12月には手首の手術を受けて長期離脱。それでも08年夏に復帰すると、09年の世界選手権では北京オリンピック金メダリストの馬琳選手(中国)とフルセットまで持ちこみ、敗れたもののベスト16進出の快挙を果たしたのだ。

だがその後は不振に陥り、今年1月の全日本選手権も、シングルスは初戦敗退という屈辱を味わった。その原因は、得意技だったオリジナルの“しゃがみ込みサーブ”が通用しなくなったことだ。フォームが傍目でも分かるくらいに変わってしまい、自分が思ったように球を出せなくなっていた。そのため、5月の世界選手権後は、普通のフォアサーブでのスタイルを模索し始めた。

そして、「いくら練習で普通のフォアサーブを使っていても、試合で出さないと自信につながらないと考えて、思い切って普通のサーブを出した」という前に攻める気持が、ジャパンオープンでのダブルス優勝や、この選考会の優勝につながったのだ。

宮崎監督も「しゃがみ込みサーブを1本も使わないで勝てたのは自信になる。ニュー健太が誕生したといえる。これを合宿で今の技術を詰めていけば、国際舞台でも活躍できるのではないかと感じた」と高く評価する。そして松平選手も、「下半身の強化が出来ていたから安定していたと思うし、動く練習もしてきたから今日は両ハンドを出し安かった」と強化の手応えを口にする。

Kenta3_2  新しいサーブスタイルで自信をつけたと語る松平選手

宮崎監督はアジア大会の目標を、団体戦での中国への挑戦と、個人戦での水谷選手の優勝だという。そして松平選手には、次の世界選手権のシングルスでランキング上位選手を23名倒してのベスト4へ進出をノルマにする。

松平選手の世界ランキングは52位(71日現在)。ロンドンオリンピック出場のためには、それを20位以内まで上げる必要もあり、急激なランキング上昇は上位選手に何度も勝たなければ果たせないからだ。アジア大会をそのきっかけにしてほしいという期待もある。

一方、準優勝に終わった丹羽選手も、松平健太選手とのペアでアジア大会代表になる可能性が高くなった。彼は青森山田中3年だった09年の全日本選手権シングルスでベスト16に進出して注目され、同年の世界選手権代表にもなった選手だ。宮崎監督も「丹羽もジャパンオープンで健太と組んでダブルスで優勝したように、才能では健太に匹敵するものを持っている。ロンドンオリンピックに向けて健太とのダブルスで使えるようになれば、チームとしても強くなるはず」と期待する。しかし丹羽選手もまた、156位(71日現在)で留まっている世界ランキングを松平選手以上に、どこまで急激に上げていけるかが大きな課題となる。

松平選手と丹羽選手、ふたりの成長は日本男子卓球のオリンピックでのメダル獲得のための、これからのキーポイントになりそうだ。

2010/07/16

デーランに参加したオリンピアンからメッセージが届きました

子供たちの笑顔あふれた「2010オリンピックデーラン喜多方大会」。実は、デーランを楽しんだのは喜多方の方々だけでなく、参加したオリンピアン自身もみなさんの笑顔に包まれ幸せな一日を過ごしたとのこと。参加した6人のオリンピアン、中村真衣さん(水泳・競泳)、黒木知宏さん(野球)、鈴木絵美子さん(水泳・シンクロナイズドスイミング)、川上直子さん(サッカー)、舛田圭太さん(バドミントン)、桧野真奈美選手(ボブスレー)から、温かいメッセージが届きました!

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◆デーラン・アンバサダー 中村真衣さん(水泳・競泳

◆デーラン・アンバサダー 黒木知宏さん(野球)

◆オリンピアン 鈴木絵美子さん(水泳・シンクロナイズドスイミング

◆オリンピアン 川上直子さん(サッカー)

◆オリンピアン 舛田圭太さん(バドミントン)

◆オリンピアン 桧野真奈美選手(ボブスレー)

喜多方の方々の温かい心や熱心なスポーツ欲に触れ、ジョギングやスポーツ教室を満喫した様子。それぞれ次のデーランに向けて意欲を高めていました。

2010/07/06

竹田恆和会長が第1回ユースオリピックについて講演

8月14日〜26日、シンガポールで開催される「第1回ユースオリンピック競技大会」について、日本代表選手団の団長を務める竹田恆和JOC会長が都内で講演を行いました。ユースオリンピックは14歳〜18歳までの若いアスリートが参加。26競技201種目の実施に加え、50を超える文化・教育プログラムが行われるのが特徴で、国際オリンピック委員会(IOC)にとって新しい試みとなります。

Takeda 講演した竹田会長(提供:フォート・キシモト)

竹田会長は、「若者のスポーツ離れが進む中、ユースオリンピックは世界中の若者にスポーツへの参加を促すとともに、オリンピック精神のすばらしさを普及することを目的とし開催されます。スポーツ、教育、文化をバランスよく提供するスポーツイベントとして、そして、オリンピックムーブメントをとおしたスポーツ、教育、文化の融合をさせる場としての新しい総合競技大会です」と、ユースオリンピックの意義を紹介しました。

大会の特徴の1つは、新しい競技種目です。オリンピックにはない種目として、3人対3人で行うバスケットボール3on3(スリーオンスリー)などのほか、陸上競技・テニス・馬術などでは他NOCとの混合チームで行う種目、また水泳やアーチェリーなどでは男女混成チームの種目があります。竹田会長は「『勝つ』ことへの目的のみならず、協力や尊敬の心を共感してもらうために新しい取り組みも行われます」と説明しました。

さらにユースオリンピックを特徴づけるのは、文化・教育プログラムです。竹田会長は「スポーツと文化・教育の融合を目指す大会であるユースオリンピックにとって、重要となるのが文化・教育プログラム。選手達は大会が開催される全期間滞在し、競技以外の日は文化・教育プログラムに参加します」と、その重要性を強調しました。

文化・教育プログラムでは、5つのテーマ(オリンピズム、技術向上、健康的なライフスタイル、社会的責任、表現力)に沿って、50種類以上のプログラムが行われます。オリンピアンらから話を聞く「チャンピオントーク」や、オリンピックの歴史学習やセカンドキャリアを考える「新発見プログラム」、205の国と地域の文化を紹介する「世界の文化村」、地元の人々と交流する「社会活動」、音楽や踊り、芸術作品に触れる「文化交流」、さらに離島でアドベンチャーに参加する活動などが行われます。

またオリンピックの理念を伝えるために指名されたユースオリンピック大使には、エレーナ・イシンバエワ(陸上競技・棒高跳び、金メダリスト)やマイケル・フェルプス(水泳、金メダリスト)が就任、テニス競技の模範選手には日本人の杉山愛さんが選ばれ、大会期間中にトークショー等で活動します。

竹田会長は、これらのプログラムを活性化する手段としてインターネットが活用されることを説明。「大会終了後も若者同士の交流が続くことを目指し、インターネット上での情報交換も盛んに行われます。同年代のレポーターによる記事掲載や、選手紹介は選手自らがネット上に書き込むなどの試みがあります」と話しました。

日本代表選手団は、竹田恆和団長、福井烈総監督、以下男子選手25名、女子選手44名、役員25名 総勢94名(6月28日現在)で編成し、大会に臨みます。竹田会長は「選手達は、将来を嘱望され、まさに次代を担うアスリートたち。日本代表として正々堂々と戦い、そして、文化・教育プログラムを通して自分のスキル向上を図ることで、将来の日本代表選手団の模範となる選手に育ってほしい」と締めくくりました。

Takedahana 団長として参加する大会に向けて激励を受けた竹田会長(提供:フォート・キシモト)

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