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TEAM JAPAN DIARY

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2010年11月

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2010/11/18

広州アジア大会でマルチサポート・ハウスを設置、日本代表選手団を支援

2012年のロンドンオリンピックへのトライアルとして、広州アジア大会での日本代表選手団のサポートを選手村の外で行う拠点「マルチサポート・ハウス」が広州市内のホテルに設置され、多くの選手団が利用しています。このハウスは、日本スポーツ振興センター(NAASH)が文部科学省委託事業『チーム「ニッポン」マルチサポート事業』の一環として設置11月5日から27日の期間中に、トレーニング、マッサージ、和食などによる補食、カウンセリングなど、選手団が最高のパフォーマンスで試合に臨めるよう、多岐にわたるサポートを行います。

 Pkb10y12_0934 くつろぐ選手たち(PHOTO KISHIMOTO)

 Pkb10y12_0984 マルチサポート・ハウスでトレーニングする選手(PHOTO KISHIMOTO) 

 

マルチサポート・ハウスは「日本代表選手団の競技者、コーチ及びスタッフが最終準備に必要なあらゆる環境を選択することができる」ことをコンセプトに設置。選手村の中にはADカードを持つ人しか入れないため、トレーナーや栄養士・医師などが集うことができ整ったサポート環境を、選手村の外に設置することになりました。場所は、選手村から専用シャトルバスで約15分。選手は、各競技場での練習後にマルチサポート・ハウスに立ち寄り、身体のケアや栄養サポート、リラクゼーションなどを受け、選手村に戻ることができます。

 

主なサポートは4つ。

 

(1)コンディショニング/リカバリーサポート

 医学、栄養補給、トレーニング、メンタル、リフレックス、リラックス

 

(2)分析サポート

 映像フィードバック、映像編集、簡易動作分析、結果集積・分析

 

(3)情報戦略サポート

 戦況分析・調査、日本選手団との連携・調整、現地―日本の連携・調整

 

(4)コミュニケーション/ロジスティックサポート

 選手・コーチ・スタッフのミーティング、競技機材の保管、サポート機器の保管

 

日本代表選手団の市原則之団長は、結団式の際に、「国の実施するマルチサポート事業を活用し、ロンドンオリンピックへのトライアルとしてサポート・ハウスが選手村の近くに設置されます。ぜひ有効活用し、ロンドンオリンピックにつなげていただきたい」とあいさつ。陸上競技の村上幸史主将は「やり投げのフォームを確認するなど分析のために活用したい」、バドミントンの潮田玲子旗手も「身体のケアとして利用したい」と話していました。

 

今回の取り組みから、ロンドンオリンピックでのサポートにつながる情報や知識を1つでも多く蓄積し、選手のパフォーマンス向上につなげることが期待されています。

2010/11/17

柔道 前回ドーハ大会の4個を上回る、金メダル7個

文・高野祐太

柔道は13日から16日までの4日間、男女16階級が行われ、前回ドーハ大会の4個を上回る7個の金メダルを獲得した。

13日には、杉本美香選手が女子78s超級で金メダルを獲得。男子100s級の穴井隆将選手は銀メダル、世界選手権無差別級で世界タイトルを獲得し、男子100s超級に出場を果たした上川大樹選手は銅メダル。また、女子78s級の緒方亜香里選手は決勝で一本負けを喫し、銀メダルだった。14日は、男子90s級の小野卓志選手と女子63s級の上野順恵選手が、ともに決勝で一本勝ち。男子81s級の高松正裕選手は銅メダル。15日は、女子52s級の中村美里選手、男子73s級の秋本啓之選手、女子57s級の松本薫選手が優勝を飾った。一方、男子66s級の森下純平選手は3位だった。最終の16日は、男子無差別級の高橋和彦選手が一本勝ちで金メダル。女子48s級の福見友子選手は呉樹根選手(中国)との決勝で延長にもつれ込み、微妙な旗判定で敗退。男子60s級の平岡拓晃選手は銀メダル、女子無差別級の田知本愛選手は銅メダルだった。

■杉本選手、相手に研究されるも2階級女王の意地見せる
 Tr2010111300811 杉本選手(共同)

杉本選手が世界選手権2階級女王の意地を見せた。女子78s超級決勝は、9月の世界選手権の再現となる秦茜選手(中国)との対戦。3カ月前の反省を踏まえて向かってくる相手がなかなか組ませてくれず、難しい戦いを強いられる。だが、塚田真希選手の引退表明を受けて名実ともに女子重量級のエースとなった杉本は、勝利への強い意志を持ち続けた。

「(世界選手権の勝利で)ライバルが研究して来るけど、短期間で技術の習得は難しい。だったら組み手で根負けしないように考えました。ここで勝たないと、世界選手権で優勝したこと(の意味)も半減すると思っていたので、絶対に勝ちたかったです」。両者決め手を欠いたが、消極的な相手に指導1つが与えられる。延長戦に入っても打開策は見出せなかったが、旗判定で勝利を納めた。

気迫できっちりと結果を残したが、「内容がかなり悪かった。もっと考えて、内容を良くしたい」と厳しく自己採点。このあたりは、ロンドンオリンピックを見据えるエースとしての自覚と責任感の芽生えでもある。園田隆二監督も「世界選手権では秦茜選手を投げており、簡単に組ませてくれないのは分かっていた。それでも相手をつかんで自分の技まで持って行けるかが今後の課題。勝ったことを自信につなげると同時に、自分に何が足りないかを常に考えていってほしい」と期待を掛けた。

■穴井選手「まだまだ弱い、まだまだやることがある」
 Tr2010111300678 穴井選手(左)(共同)

男子100s級の穴井選手は、念願の世界選手権優勝をものにした良い流れを生かし、アジアタイトルも獲っておきたかった。準決勝までの3試合はすべて一本勝ち。だが、落とし穴は「どんな形でも勝ちたかった」という黄橲太選手(韓国)との決勝に待っていた。

掛け逃げのような仕掛けをして来る相手を封じるため、穴井選手は意識的にすくい投げの体勢に。だが、そこを袖釣り込み腰で返され、一本を取られてしまった。上川選手と合わせ、初日に男子で金メダル2個のもくろみが外れてしまった篠原信一監督は「世界選手権後の気持ちの盛り上げさせ方が足りなかった」と反省した。だが、2年後のロンドンオリンピックを想定したこの国際総合大会で、得たものも多かった。「移動や選手村の生活も経験できた。ロンドンに向けて何が足りないのか勉強になった。まだまだ弱いということ。まだまだ強くなれるし、まだまだやれることがある」と、意欲をかき立てた。

■上野選手、顔面パンチに闘志をかき立てられ結果を出す
 Tr2010111400678 上野選手(上)(共同)

世界選手権2連覇の上野選手が、初の国際総合大会でアジアに敵なしを宣言する堂々の優勝だ。1回戦と次の準々決勝を一本勝ち。そして迎えた北朝鮮選手との準決勝、いきなり、相手が拳で顔面を打つという考えられない攻撃に出る。しかも5、6発。上野選手の左目はみるみるうちに腫れ上がり、目が開かないほどの状態に。この大会は得意の大外刈りを補う技のバリエーションを試す舞台でもあったが「それどころではなくなった」。

そんな不測の事態にも、闘志をかき立てかつ冷静に対処したあたりに、強くなっていく上野選手を印象づけた。結果は延長戦に入ってからの反則勝ち。「パンチされてイラッと来て、何が何でも勝ってやろうと思いました。でも反則とは思わず、これが相手の手だなと。そういうことをされても勝とうと思いました。本当は投げて勝ちたかったです」との言葉に充実ぶりをうかがわせた。

園田監督も「精神的にどうかというところがあったので、ロンドンに向けて神様が試練を与えてくれたのだと思う。世界選手権の準決勝でも首を痛めるなど、試練が多い中で結果を出している。少しずつでも強くなってくれれば」と評価。決勝は内股から崩れけさ固めへの合わせ技一本で、万全の勝利を収めた。

■中村選手、北京オリンピックの借りを返す金
 Tr2010111500731 中村選手(共同)

2年前の北京で受けた借りを広州で返す――。この大会で掲げた最大の目標を、中村選手は強くなった柔道で見事に果たした。宿敵アン・グムエ選手(北朝鮮)との準決勝。先に技ありを取られたが、間合いを取りながらの足技がさえ小内刈りで追い付く。延長戦に入ってからは投げ技も入れながら攻め立て、旗は3本全部が中村選手の青に上がった。中村選手は「負けたままでは終われないので、リベンジできてよかった」と胸をなで下ろした。

園田監督も戦いぶりを讃えた。「しっかり組んで、投げることも出来て勝てた。2年間の成長です。あのときは勝ち目がなかったが、今は五分五分になった。組み手からのパターンの幅が広がっている。最後は自分が勝つんだという気持ちが上回った」。

高校を卒業した年に臨んだ北京オリンピックでは、「何もさせてもらえずに」敗退。銅メダル獲得にも笑顔はなかった。現在、そのメダルは自宅のベッドの下に。ほとんど手に取ることはないが悔しさを忘れないための起爆剤だ。そんな思いが中村選手に強さを与えた。「2年間でずっと組み手を練習して来た。足りなかったパワーも筋トレを毎日やって鍛えている。今、自分の成長を感じています」。だが、この金はあくまで通過点に過ぎない。「この試合にも反省点はたくさんあるので改善したい。自分の組み手にできれば、投げられる心配もないし技も効いて来る」と話す中村選手には、2年後の金メダルへの道程がしっかりと見えているようだ。

■松本選手、金にも満足せず立ち技での一本を模索
 Tr2010111500707 松本選手(共同)

決勝を勝利で終えたのに、笑顔がなかった。初戦と続く準々決勝は一本勝ちしたが、準決勝と決勝は有効1つの優勢勝ち。「一本を取ってもおかしくない相手に、そうならなかった」(園田監督)。松本選手は「(9月の)世界選手権以降に克服しようと思っていた組み手ができていなくて、全然ダメでした。今のままだと(相手と)五分五分なので、いつ負けてもおかしくない。」今日の試合ほど勝ってもうれしくない試合はありませんでしたと厳しい表情で語った。

09年のロッテルダム世界選手権では、準々決勝で右手の甲を骨折。「それでもそれなりの戦い方があったのに、できなかった」とメダルに届かなかった自分の至らなさに悔し涙を流した。だが、その経験を肥やしにステップアップ。「視野が広がって、相手に対応することができるようになった。相手の技が見えて、こうしたらこう来るだろうなと先が読めるようになっています」。その成果は、9月の東京世界選手権の金メダルに結びついた。

だからこそ、今回の無念も新しい松本選手の柔道を生むはずだ。攻撃的な組み手で相手を追い込み、寝技で息の根を止める柔道で強さを発揮。だが、「1秒で終わるから」と、立ち技でも一本を取れるスタイルへの進化を模索する。園田監督は「寝技のコツを知っている。今の柔道はそのまま伸ばせばいいし、組み手のいろいろなバリエーションを覚えれば、立ち技が生きる場面は出て来る」と、飛躍に期待をかけた。

2010/11/16

競泳は中国と肉薄の争い 金メダルを確実に狙う我慢の大会

文・折山淑美

 

日本競泳陣が勢いのあるスタートを切った初日。今年7月からフォーム改良を始めている泳ぎで前半から積極的に突っ込んだ男子200mバタフライの松田丈志選手が、狙い通りに今季世界最高記録の1分54秒02で、3大会目にして初めてのアジアタイトルを獲得。その3ース前には今季急成長している男子400m個人メドレーの堀畑裕也選手が、平泳ぎで激しく追い込んできた黄朝升選手(中国)とのデッドヒートを0秒03差で制して優勝した。

 Tr2010111300803堀畑選手(共同)

 Tr2010111300826 優勝を喜ぶ松田選手(左)(共同)

だが2日目には中国の強さを嫌というほど味される結果になってしまった。特に、寺川綾選手と酒井志穂選手ともに優勝を狙っていた女子200m背泳ぎは、150mまでは酒井選手が優位に進めながらも、ラスト50mを30秒45という驚異的なラップで泳いだ趙菁選手(中国)に捲くられて破れた。しかも中村礼子選手が持っていたアジア記録を0秒67も更新する2分06秒46メダルに近い種目と自負していた日本チームの自信を打ち砕くような結果だった。

 

そんな流れを変えるべく臨んだ3日目は、男子100m平泳ぎ北島康介選手の登場で期待が盛り上がった。だが調整が十分ではない北島選手は、見事な復活劇を演じたパンパシフィック選手権の時のような伸びのある泳ぎではなかった。「気持ちを盛り上げたけど、無理やり感はあるよね」というように、前半の50mは19ストロークと焦りのある泳ぎに。結局ラスト25mで失速して4位に終わってしまった。

 

だがそれを救ったのはポスト北島を以前から期待されていた立石諒選手だった。余裕のある大きな泳ぎで50mをトップで折り返すと、そのままじわじわと北島選手や予選トップのポリャコフ選手(カザフスタン)を引き離し、ただひとりの10秒台となる1分00秒38でゴール。「スタートが上手くはまったので、前半から気持ちよく泳げました。久々に自分の泳ぎが出来て素直に嬉しいですね。昨日の50mは0秒53差で負けたしチームにとってもあまりいい流れじゃなかったから、今日は康介さんと二人でいい流れを作ろうと思っていたんです」と笑顔で話す。記録こそ59秒台に入らずもうひとつだったが、ここで勝ったことがこれからの立石選手にとっては大きな財産となるはずだ。

 Tr2010111500726 男子100m平泳ぎで優勝した立石選手(共同)

 

そんな男子平泳ぎに続いて流れを引き寄せたのは、男子200m背泳ぎの入江陵選手だった。泳ぎ込みが十分に出来ていない状態だったという彼は、勝つことを最優先した。スタートから十分に余裕を持った滑らかな泳ぎをし、30mでトップに立つと、50mを折り返してからは体ひとつ分にリードを広げる。結局、2位の張豊林選手(中国)に2秒以上の大差を付ける1分55秒45で前大会に続く連覇を達成したのだ。「今年はケガもあったりして体調が上がらずなかなかいいタイムを出せなかったけど、1分55秒台を安定して出せたのは良かったと思います。来年はそれを『もっといいタムが出せる』という自信にして頑張りたい」と、来年以降のレベルアップへの意気込みを口にした。

 Tr2010111500969 連覇を達成した入江選手(共同)

 

この大会、近年は世界に目を向けて積極的に海外から良いところを吸収しようとしている中国勢の強さに圧倒されている日本競泳陣だが、勝つべく選手が確実に勝っておくことこそ、次のチャンスでの飛躍を確実にするためには重要なことだ。我慢の大会で何個の金メダルを獲れるか。それこそがロンドンオリンピックへ向けての重要なポイントになってくるはずだ。

2010/11/15

男子カヌースラローム、羽根田卓也選手と矢澤一輝選手がそれぞれ悔しい銀メダル

文・折山淑美

 

大会3日目の11月14日、インターナショナルローイングセンターで行われたカヌースラローム。男子カナディアンシングルの羽根田卓也選手と男子カヤックシングルの矢澤一輝選手はともに、悔しさを覆い隠すような表情をしていた。


2レースで行われた前日の予選は、羽根田選手が2回とも2矢澤選手は1回目2位で2回目1位という成績でこの日の準決勝へ進んでいた。今年のW杯ランキングは羽根田選手が7位で、矢澤選手が13位。この大会に出場する選手の中では最高順位で、優勝候補の筆頭と目される存在だった。それだけにともに中国選手に後れをとっての2位通過は、納得いかないものがあった。


この日の準決勝も共に2位で通過。決勝で最初に登場したのはカナディアンシングルの羽根田選手だった。だが前半で、流れの下流から通過する赤ゲートに入る時にカヌーの先端をわずかにバーに当てるミスを犯してペナルティー2秒を受ける。その後は丁寧に攻めて、ゴールタイムも準決勝より2秒近く上げる93秒06に。ペナルティーを加えて95秒06で競技を終えた。


それに対し、地元開催での優勝を狙う中国の膝志強選手は積極的に攻め、しかもペナルティー0で92秒53でゴール。羽根田選手は悔しい2位に終わったのだ。「実力をまったく出せなかった大会ですね。体だったり心だったりにズレがあったのが原因だと思います。そのズレの修正が大会までに間に合わなかったのが、今回の数秒の差になって表れたのだと思います」こう話す羽根田選手は、高校卒業後は強い選手が多く刺激になると、スロバキアへ留学して指導も受け。世界のレベルにいち早く近づこうとする意識からだ。その中で今年は速さよりミスを少なくしてタイムに安定性を持たせることを課題にしてきたという。だがこの大会ではその課題を活かせず、4回ともミスをしてしまったと悔しがる。コース自体は難しいといわれるレベルではないが、ゲートの設定が少し難しめだったこともあり、それに対応し切れなかった。

Aflo_jyfa064070 ミスを悔やむ羽根田選手(アフロスポーツ)


続くカヤックシングルでは、矢澤選手が攻めのパドリングをした。各ゲートも最短コースをき、ゴールタイムはそれまでのトップタイムを2秒以上上回る87秒83を出した。だが前半のゲートで腕が僅かにバーをかすっていたために2秒減点で結果は89秒83になった。結局、最後にスタートした黄存光選手(中国)が、ゴールタイムこそ88秒15と矢澤選手を下回りながらもノーミスで終えて優勝を決めたのだ。


矢澤選手は「タイムはソコソコだったけど1回バーに当ててしまったから。それが一番悔しいですね」と苦笑する。世界で戦うためにもアジア大会は勝たなければいけないと思って臨んだ試合だった。いつもなら優勝しようと思うと焦るような面もあったが、今回は最初から優勝するつもりで来たため、そのようなことはなかったという。


「タイム差があまり開かないコースだから、ミスをしないことが一番重要だと思っていただけに悔しいですね。本番のコースでの練習期間も4日しかなかったので、そういう影響もあると思います」と矢澤選手は話す。選手達はそれを否定するが、中国勢地の利を活かした結果だともいえるだろう。

Aflo_jyfa064077 悔しい銀メダルとなった矢澤選手(アフロスポーツ)


チームを率いる馬場昭江監督によれば、コース設定で難しかったのは流れに対してゲートが正面を向くのではなく、斜めになっていて隙間へ入るような感じの設定が何カ所かあった部分だという。そこを強引に攻めればバーに触れしまい、慎重になるとタイムが伸びない設定だという。通常の世界大会ならコース設定者が複数いるが、この大会ではひとりだったためにその傾向が変わらなかった。比較的技術よりパワーを必要とされる設定でもあり、中国選手有利になったという。


春園長公チームリーダーは「ここで金メダルを獲っても、褒めるほどではないと思っていただけにガッカリしましたね。でも選手の方が、もっと悔しがっていると思います。ただ、世界と比べてもセンスの面では劣っているとは思わないし、羽根田は23歳、矢澤は21歳とまだ若いですから、これからもっと国際大会の経験を積んでいけば、勝負できるようになる」と話す。また、水中に置かれた人口構造物の深度が浅くてカヌーにぶつかるところもあるため、パドリングなどで深く攻めきれず、思い切っていけない部分もあったともいう。


カヌースラロームは筋力というより、水の流れを見極める眼や俊敏性などが重要な競技だ。技術もメンタルも、強い選手と戦う経験を積めば積むほど高められる。その点では日本人も、これからもっと世界に通用することが出来る競技といえるだろう。勝って当然と思って臨んで破れたこの大会。その悔しさが、二人に勝利への執念を今まで以上に植えつけるきっかけにもなるだろう。


この大会でシーズンを終えた選手達の来年の最大の目標は、まず世界選手権でオリンピック出場枠を確保すること。そこへの向かっての決意は、この敗戦でさらに強まったといえる。

2010/11/14

トライアスロン女子、金・銀メダル! ロンドンオリンピックへの大きな弾みに

文・折山淑美

 

大会初日の11月13日の午前9時(現地時間)にスタートしたトライアスロン女子、足立真梨子選手はランに入って1.25qの最初の折り返しで、自分の勝利を確信した。バイクのラストとランへのトランジットで5秒だけ先行していた張充貞選手(韓国)を最初の上りであっさりと捕えて抜き去る。呼吸はきつかったが相手が離れていくのは分かった。

「このまま自分のペースでいけば勝てる」そう思ったのだ。大会前から足立選手は、優勝候補と注目されていた。世界ランキングは昨季の31位から大きく上げた9位。出場11選手中でそれに続くのは30位の土橋茜子選手で外国勢は韓国の張選手が101位という状況だった。

「正直、広州へ入ってからは期待されていることも感じて不安にもなりました。でも自分がやるべきことはここでメダルを取ることだと考えていたので…。最後に飯島監督から『大丈夫だ。いける!』と背中を叩いてもらった時に、普段通りのレースをすればいいと覚悟を決めました」

スイムでは最初からトップに立ったが、1周目のトランジットで2位に付けた土橋選手との差が開いていると見て2周目からはペースを押さえ目にしたという。バイクをひとりで走るより、ふたりで協力しながらローテーションをしていった方がランには楽に入れると考えたからだ。バイクの3周目で後ろのふたりが追いつき、6周目には7人のトップ集団になったのも想定通りだった。

飯島監督も「4通りくらいのパターンも考え、最初からふたりで飛び出していくという選択肢もあった。だがスイムで余裕を持って上がり、バイクでも集団でパックを作っていってランに持ち込んだ方が一番硬い勝負に持っていけると思った。狙いどおりにいけたのが勝因だった」と話す。

日本チームの目標は金、銀の独占だった。それを確実にするために、ふたりがスイムをそのあとのトランジットで少しミスをしてもいいくらいの余裕を持ったタイム差で上がり、他の国の選手にバイクで追わせて自信のあるランでの勝負をもくろんだのだ。それはピタリとあたり、ランにはトップと4秒差で入った土橋選手も、2周目に入ったところで帳選手を抜いて2位に上がった。「バイクからランのトランジットで少しもたついたけど、状態は良かったしランでは勝負できると思っていたので不安はありませんでした。勝利を確信してからのラスト2周は本当に気持ちよくて。今まで支えてくれた人たちの顔を思い浮かべながら走っていました」

こう話す足立選手はかつては競泳の選手だった。だが飯島監督に誘われて大学2年からトライアスロンに転向。04年には大会中にバイクで転倒して左手首を骨折し、恐怖心を抑えられなくなったこともある。大学を卒業した06年から上京してトーシンパートナーズ・チームケンズに所属して競技に打ち込み始めた。08年北京オリンピックでチームメイトの井出樹里選手が5位入賞を果たしたのを見て、「このままでは終わりたくない。そのためにも自分が変わらなくてはいけない」と思うようになった。それが今季の成長にもつながっているのだ。

「競泳ではなかなか勝てなかったけど、自分は遠回りをする人間だと思うから。その中でいろんな勉強をさせてもらって、ようやくつかんだ日本代表で金を取れたのは大きな一歩だと思います。海外の選手と比べるとまだバイクが弱いから強化していかなくてはいけないが、プレッシャーの懸かる大会でしっかりと狙って結果を出せたことは。ロンドンへもつながる大きな金メダルだったと思います」

2年後のロンドン大会の出場枠は最大3。世界ランキング50位以内に6人の選手がいる日本の女子選手たちはは、代表になるために厳しい戦いを強いられることになる。

2位になった土橋選手も「金メダルを狙っていたから正直悔しい。途中でどんな展開になっても最後のランでは足立さんとの対決になると思っていたので。1周目で離されてしまったのは悔しいが、最後まで諦めずに走れたのは良かったと思います」

こう言いながらも「今回は世界一のチームということを証明したかったので、この結果をきっかけにこれからは、アジアではなく世界を目指したいと思います」と、強いプライドを覗かせた。

これから始まるオリンピック代表の座をかけた激しい競り合いこそが、日本女子を世界で戦えるアスリートに育てていくのだろう。今回の金、銀独占は、そこへ向けての大きな弾みになる結果だった。
Aflo_lkga985897 金・銀のメダルを獲得した足立選手(左)と土橋選手(AP/アフロ)
Aflo_lkga985908 ゴール後笑顔を見せた土橋選手(左)と足立選手(AP/アフロ)

2010/11/13

ライフル射撃松田知幸選手、予選8位から追い上げての銅メダル

文・折山淑美

 

「よりプレッシャーがかかる中で結果を出さなければいけないという思いもあって…。点を狙いすぎて空回りして得点が上がらないという結果になってしまいました。射撃特有のメンタルなものが出てしまいましたね。調子は良かったけど、最後の最後のトリガリングの部分で力が入ってしまい、グラム単位のズレが出てしまったんです」

 

冷静に試合を振り返る松田知幸選手。彼は 今年の世界選手権で2冠を獲得して、早々とロンドンオリンピック代表を決めている選手だ。だが、優勝を期待された大会初日の50mエアピストル予選では、決勝進出ぎりぎりの8位という結果に終わった。1回に10発撃つシリーズ6回の合計は556点。トップには10点差をつけられる苦戦だった。

 

だが「メダルを狙っていて8位だったので、もういくしかないと思っていた」という決勝になるとガラリと変わった。10射中10点台を3回出し、9.9点も3回という安定した射撃で、決勝ラウンドダントツの1位となる97.7点を出して予選との合計得点で、3位まで順位を上げたのだ。

 

「予選で3位につけていた選手が5点台を出したのも知っていたし、他の選手も8点台を出していたから、『もしかしたら』と思いました。終わってみるまで結果はわからなかったけど、上の選手が落ちてきてくれたので何とか勝負できたというところですね。満足はしないけど、8位からスタートしてメダルがれたから最低限のことは出来たかなと思います」

 

この試合には、北京オリンピック50m優勝の泰選手(韓国)や、同10m優勝の廃選手(中国)など、W杯などで活躍する選手も多く出場していた。世界選手権優勝で一気に注目されてプレッシャーがかかり、なおかつ強敵が揃っているという中で銅メダルを獲得できたという結果は、これからのことを考えたら自信になるともいう。

 Tr2010111300691 予選8位から一気に追い上げた松田選手(共同)

 

神奈川県警に勤務しながら競技をする松田選手は、射撃の練習時間を豊富に取れない環境だというが、これからもそれを変えるつもりはないと言う。「射撃が出来ない分、日常のあらゆることがそれ以外の練習だと考えるようにしています。何か嫌だなと思っても、それをやることでメンタルの練習になるし、子供とキャッチボールをするのも肩回りを柔らかくするトレーニングだと思えるし。日常生活の中で色々利用できることがあると思うんです」

 

ただ漫然としてW杯などに出るのではなく、戦うために出ようと思うようになって以来、365日射撃のことを考えようとしてきたことの答えが、決勝の土壇場で順位を上げられたという形になって表れたのではないかという。「2位になった泰選手とは6点弱の差だけど彼は世界記録も持っているし、オリンピックで金メダルもとっているから絶対的な経験値の差があると思っています。今回のようにメディアに注目されてプレッシャーを感じながらも結果を出していって経験値を高め、彼らと対等に戦えるところまで持っていきたいですね」

 

サッパリとした表情で冷静にこう話す松田選手は、10mエアピストル(14日実施)での発奮を誓っていた。彼にとってこのアジア大会は、世界チャンピオンを経験するという新たな立場になって臨む、最初の大会となったのだ。

Tr2010111300713 意味ある銅メダルを獲得した松田選手(共同)

2010/11/12

広州アジア大会開会式、日本は13番目の入場

文・松原孝臣

 

11月12日、アジア地域で4年に一度行なわれるアジア最大のスポーツの祭典、アジア競技大会の開会式が行なわれ、開幕しました。今月27日まで続く、熱戦の始まりです。

 Aflo_jyfa063986 入場行進する日本代表選手団(アフロスポーツ)


Aflo_jyfa063982 盛大な演出がされた開会式(アフロスポーツ)
 

今大会の開催地は中国の広州。大会のテーマは、「激情盛会 和諧亜洲」(アジアの調和)です。大会には、IOC(国際オリンピック委員会のロゲ会長も出席しました。

 

開会式は、広州の中心を流れる川、珠江の島「海心沙」に設けられた特設会場で開かれました。広州は、交易の拠点として発展してきた都市だそうです。その歴史にふさわしく、会場は帆船をモチーフにしたもの。夜になっても春のように暖かく感じられる穏やかな気候のもと、午後8時(日本時間午後9時)が過ぎ、約4万発の花火が盛大に打ち上げられ、開会式はスタートしました。

Aflo_plra030397 盛大な花火が上がり開会式がスタート(アフロスポーツ)

 

開会式のテーマは、やはり広州の歴史を象徴する「水」。各国の選手団の一部も、船で川をパレードしての会場への到着です。

 

会場は、競技に使用せず、開会式専用に作られたものです。その特徴をいかし、モチーフの水を演出に絡ませ、青をはじめとするきらびやかな光が飛び交う、華やかなショーが展開されました。帆をイメージした8つの巨大なスクリーンに流れる映像、ステージ前のプールで行なわれたシンクロナイズドスイミング、ワイヤーで吊るされた大勢によるパフォーマンス。「アジアのオリンピック」にふさわしい、壮大な演出です。中国を代表する女優、チャン・ツィイーさんの歌の披露もありました。

 

ショーのあと、いよいよ選手団の入場行進です。最初に登場したアフガニスタンから、アルファベット順での登場です。日本は「さくらさくら」の演奏が流れる中、13番目の入場となりました。13日に始まる柔道や、競泳、さらに体操の選手たちは競技に備えるため、出席を控えましたが、それでも旗手を務めるバドミントンの潮田玲子選手を先頭に、約300人の選手団が続きました。潮田選手をはじめ、選手や役員の表情には、笑顔がこぼれています。日本選手団が手にした帽子を振りながら進んでいくと、観客席からは拍手が聞こえてきました。

Aflo_lkga985872 入場行進する日本代表選手団(アフロスポーツ)

 

そして最後に登場したのは開催国の中国。ひときわ大きな歓声が沸き起こりました。

 

選手団の入場後、温家宝首相が開幕を宣言し、中国国内をひと月ほどかけて運んできたアジア大会の火が会場に到着しました。日本からは、日本代表選手団の市原則之団長とバスケットボールのアトランタオリンピック日本代表で、今大会の本部役員を務める原田裕花さんランナーを務めました。

 

到着した火はさらに場内をリレーされ、最後に受け取ったのは、北京オリンピック男子3飛板飛込み金メダリストで、広州の属する広東省出身の何衝選手。中央に据えられた高さ26mの点火台の下に向かうと、子ども2人とともに、据えられていた花火に点火。花火は、はじめは小さく、やがて大きくなっていき、導火線をたどり、点火台に火が灯りました。

 Aflo_jyfa063988 台に大会の火がともった(アフロスポーツ)

 

旗手の大役を終えた潮田選手のコメントです。「日本代表選手団の旗手として参加させていただいて、本当に感謝しています。大歓声の中、旗手という大役をいただいたので身を引き締めて歩きました。さらに気を引き締め、試合に臨んでいきます」


Aflo_owda499823 旗手を務めた潮田選手(ロイター/アフロ)

 

日本は、2006年のドーハ大会の50個を超える、金メダル60個以上を目標に掲げています。潮田選手をはじめ、結団式で熱い抱負を語った日本代表選手たちの活躍に期待したいと思います。


2010/11/11

広州アジア大会トーチリレー、市原則之団長と原田裕花本部役員がランナーを務める

広州アジア大会のトーチリレーが11月10日、広州市の大夫山森林公園で行われ、日本代表選手団の市原則之団長とアトランタオリンピック・バスケットボール女子代表で同選手団の本部役員を努める原田裕花さんの2人が、ランナーを務めました。

Dsc02853_3 原田本部役員(左)と市原団長

 

この日のリレーには約80人が参加し、原田さんが17番目、市原団長は47番目に走りました。市原団長は「沿道は満員の観衆で、多くの声援を送っていただきました。私自身、トーチリレーに参加するのは初めてで非常に感動し、改めてオリンピックをもとに開催されている大会だと思いました」とコメント。原田さんは「まさか引退してからトーチランナーをするとは思いませんでした。日本選手の頑張りを祈りながら走りました」と話しました。

トーチリレーは10月12日に北京郊外の万里の長城で採火式が行われ、長春などを経由して、11月5日に広州市入り。12日に開会式会場に到着します。

Pkg10y100064 トーチランナーを努めた市原団長(PHOTO KISHIMOTO)

2010/11/10

2010JOC女性スポーツフォーラムを開催、スポーツ界における女性リーダーの更なる増加と前進について考える

女性とスポーツに関する課題をJOCと各競技団体が共有し、解決に向けたネットワークをつくろうと、「2010JOC女性スポーツフォーラム」を10月25日、味の素ナショナルトレーニングセンターで開催しました。各競技団体の関係者など約50人が参加。スポーツ界における女性の活躍について考える良い機会となりました。

Panerisutoimg_2790第2部で行われたパネルディスカッション

 

フォーラムの開会にあたり、JOC女性スポーツ専門委員会の平松純子委員長は「女性アスリートが引退したあとも活躍する受け皿を考えるのも私たちの役割です。また2010IOC助成スポーツ賞にアジアから有森裕子さんが選ばれました。素晴らしい目標の人がいることは嬉しいことです」とあいさつ。IOC助成スポーツ委員会委員も務める猪谷千春JOC理事は「女性の地位向上に積極的に取組もうと、1996年にIOCは女性スポーツ委員会を設置しました。JOCは、年に1回は理事会と合同会議を開き、委員会の活動を理解してもらうような取り組みをしていくことが必要だと思います」と述べました。

Img_2748_2Img_2750挨拶をする平松委員長(左)と猪谷JOC理事

 

■宮嶋泰子氏、第1部:基調講演「組織の中の女性」

続いて、スポーツ界にも深く関わりのあるテレビ朝日の宮嶋泰子さんによる基調講演「組織の中の女性」が行われました。宮嶋さんはまず「自分が人より優れていると思う点は何?」という質問を参加者に投げかけました。参加者は「選手の気持を分かってあげられる」「ポジティブなところ」など回答。すると宮嶋さんは「スポーツの現場でそれぞれが自己と戦ってきたことで、自分を見る目がしっかりしている方々ばかりですね。しかし一方で、それは『私が一番正しい』と思いがちになります。一般の会社以上に、スポーツの場合は一番になりたい人が集まり、足の引っ張りあいにもなりかねない。その気持を読んで、どこが悪いか瞬時にみて直していくのがコーチの役割になります」と話しました。

また、女性は組織に向かないのか?といった疑問を投げかけた上で、「会社や組織にいると、組織のための仕事をしなければなりません。しかしスポーツは職人集団なので、それぞれに自信がある。誰もが組織のマネジメントを勉強し、『交渉、会議の進め方、決断』などを経験を通して身に付けていくことが大切です」と訴えました。

Miyajimaimg_2760 基調講演を行う宮嶋さん

 

■第2部:パネルディスカッション「スポーツ文化発展に資する女性リーダー」

まず冒頭に国際武道大学准教授の佐藤正伸氏が、JOC委嘱女性強化スタッフや競技団体を対象にしたアンケート調査(2010年8月実施)の結果について報告。スタッフ自身は「今後もJOC委嘱女性強化スタッフを続けていきたい」が92%と多いのに対し、「(さらに)中核的な役割を担いたい」は51%と少なく、女性リーダーへの意欲は現段階では決して高くないことが分かりました。

続いて4人のパネリスト(文部科学省スポーツ・青少年局体育官の森岡裕策氏、JOC女性スポーツ専門委員の小谷実可子さん、同・田辺陽子さん、JOC強化スタッフの知念令子さん)によるパネルディスカッションが行われ、佐藤正伸氏がコーディネーターを務めました。

まず森岡体育官は、平成23年度に54億円の予算を概算要求している「元気な日本スポーツ立国プロジェクト」について、女性に関わる施策を説明。「女性のスポーツ参加促進が女性アスリートの戦略的強化につながり、さらに女子のスポーツ習慣が形成されることが目標」と話しました。そして「今年策定したスポーツ立国戦略では、人とネットワークがキー。スポーツコミュニティ内でコミュニケーションを図りながらリーダーシップを養っていくことを目指します」と話しました。

田辺さんは、柔道の指導者養成の現状について触れ、「女性は引退後、指導者に登録せず、一線に関われずに埋もれていく人材が多い」と、女性が指導者に登録するためのプログラムの必要性を訴えました。また、各競技団体でも教育と普及に関わるシステムをきちんと作り、女性が引退後に活躍できる分野を作り出していくことが大切だと話しました。

また知念さんは、JOCの国際人養成事業について紹介。「国際大会におけるパーティーでの服装意識の問題や、日本人だけ固まっているなど、スポーツ人に国際的常識が備わっていないケースがあります。日本の発言力を向上させるためにもマナーを覚え、自分達の話を聞いてもらえる人を作る必要があります」と発言。さらに自身が国際ウエイトリフティング連盟でテクニカル委員会セクレタリーに選出されたエピソードに触れ「旧ソ連の地域が強いことから、英語だけでなくロシア語を勉強したことで、色々な情報を入手できるようになりました。また人のやりたがらない仕事を進んでやることで、認められたんだと思います」と話しました。

小谷さんは「初めて国際会議に出るときに、猪谷さんに相談したところ『会議で積極的に発言し、目立つ服装をするように。日本女性のイメージを打破して』と言われました。その通りにしたら、海外の方から『日本にこんな女性がいたなんて』と覚えられ、多くの会議に呼んでいただく機会を与えられ、さらに勉強して視野を広げようと思えるようになりました」と説明。また「与えられた立場を100%でやることが次のチャンスにつながりました。日本人女性は海外から求められています。自分の後を育てていきたいです」と、日本人女性としてのオピニオンリーダーを育成する意欲を語りました。

それぞれが、スポーツ界における女性の活躍について、熱心な意見を交換。参加した各競技団体の担当者にとっても考えさせられる時間となりました。

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それぞれの意見を述べた(左上から)森岡氏、田辺氏、知念氏、小谷氏

2010/11/09

スピードスケート全日本距離別、長島優勝、加藤2位、バンクーバー組の好タイムに沸く

文・折山淑美

バンクーバー冬季オリンピックで3個のメダルを獲得したスピードスケート。次の2014年ソチ冬季オリンピックへ向かう第一歩となる戦い、全日本距離別選手権が10月30〜31日に長野市のエムウェーブで開催された。

この大会の初日、格の違いを見せつけたのが男子500mのメダリストコンビ、長島圭一郎選手と加藤条治選手だった。この夏からは新しい靴やブレードを試していたが、新しい靴が合わずギリギリで去年の靴に戻したという長島選手は、1回目に34秒88の大会新をマークしてトップに立った。

すると2回目は、1回目2位で自身が持っていた大会記録を破られた加藤選手が、100m通過は1回目と同じ9秒69ながら、後半で同走の長島sんしゅを突き放し再び大会記録を取り返したうえに、長島選手が持っている国内最高記録に並ぶ34秒81を出した。

2本合計タイムでは長島選手が加藤選手を0秒04上回って優勝を決め、加藤選手は2位。3位にはバンクーバー代表の及川佑選手が入ったが、合計タイムは加藤選手より1秒以上遅れと、二人の強さが際立つ結果だった。

「1本目は思ったよりタイムが良くてビックリしました。7〜8割の感じで滑っていたから35秒5くらいだと思っていたんです。それで2本目はわざと力を入れて体を硬くして滑ってみたんです」と長島選手。オリンピックの500mは2本の合計タイムで競うため、両方のタイムを揃えなくては勝てない。1本目で好タイムが出たために本番を想定し、「守ってもミスがでて勝てない。ミスを恐れずに攻めなければいけない」と自分に言い聞かせ、プレッシャーをかけた状態でどのくらいで滑れるかを確かめたというのだ。その結果、加藤選手を僅かに抑えての優勝。長島選手は予想以上の成果に笑みをこぼした。

Pkg10x301075 優勝した長島選手(PHOTO KISHIMOTO)

 

一方、加藤選手は今季、前半戦はのんびりやって後半で調子を上げていく構想を持っていた。だが1本目で長島選手に好記録を出されて燃えたという。「1本目のタイム差は0秒22だったが、その差だと、W杯では長島さんが優勝したら僕は10番くらいになっちゃうタイムだったので。さすがにノンビリやってられないと思ってリミッターを外したんです。だから2本目は勢いだけでいったようなレースでしたね。僕の場合はスケーティングが目茶苦茶でも、体さえ動けばタイムが出るというのが持ち味なんです。でも体だけに頼ったレースをしていると、後半戦でレベルが上がってくると不安なんで。もうちょっと完成度を高める必要があると思っているんです」と課題を口にした。

Pkg10x300741 2位になった加藤選手(PHOTO KISHIMOTO)

 

長島選手は2日目の1000mでも、「長距離系の練習をやっていないからダメですよ」といいながらも、1分10秒18の大会記録で優勝した。だが、「実力だとは思うんですが、なんでこんなにいいタイムが出たかわからないですよ。けっこう氷が滑っていたから、管理をする係の人に挨拶をしておきました」と周囲を笑わせた。

二人を指導する日本電産サンキョーの今村俊明監督は「加藤も長島も去年よりいいくらいで、これが去年ならと思うほどですよ。特に長島は外から見ているとほとんどミスがなくて安定している。トップスピードの精度も去年よりいいと思う」と評価した。

女子の場合はバンクーバーへ出場した選手のうち、短距離の岡崎朋美選手と自転車競技に挑戦する中・長距離の田畑真紀選手が休養。さらに吉井小百合選手と新谷志保美選手が引退と、一気に手薄になったといえる状況だ。

その中で安定した力をみせていたのが、バンクーバーは500mと1000m、1500m、パーシュートに出場して大車輪の活躍をした小平奈緒選手だ。「バンクーバーで負けた瞬間から、次の戦いは始まっていると思ったから。ここで休むかやるかが4年後に結果となって出てくると思うので、休みたいという気持はなかったですね。清水宏保さんも長野の後は休もうとしなかったというから、同じような感じだと思います」。

こう言う彼女は今年、ブレードをいくつも試したり他競技の選手に会ったりと様々なことにチャレンジしている最中だ。まだ新しい道具にも違和感のある状態だが、初日の500mは2本ともトップタイムで優勝し、2日目の1000mでも2位に0秒5以上の差をつけて優勝と底力を見せつけた。「まだブレードに不安があって、氷に力を伝えきれていない滑りになっているけど、500mを2本滑ったあとに乳酸値を計ったら、以前に同じくらいのタイムで滑った時の値に比べると全然出ていないくらい低かったんです」と小平選手。疲労の指標である乳酸値が低く出たことで、体力面の向上を実感している様子だ。「1000mは去年よりタイムは1秒遅いけど、いろんなことに挑戦している最中なので心配ないというか、これから上げていける感じです」と余裕を見せていた。

Pkg10x300943 500mと1000mで優勝した小平選手(PHOTO KISHIMOTO)

 

他にも、初日の1500mでは振るわなかった穂積雅子選手も、得意種目の3000mでは自身が持っていた国内最高記録を大幅に上回る4分07秒89で優勝と、昨年以上の期待ができる状態だ。またスーパー中学生と注目された木美帆選手も、500mと1000m、1500mの3種目に出場したが、すべての種目で初のW杯代表に選ばれ、昨年の勢いがフロックではなかったことを証明した。さらに、バンクーバーには代表になれなかった中・長距離の石野枝里子選手も、所属を変えて8月くらいまではあまり練習をできなかったというが、1500mで優勝、3000mは2位と、悔しさをバネにした再挑戦を始めている。

大会終了後には11月12日から始まるW杯前半戦の代表メンバー全25名が発表されたが、うち初代表は13名。そのうち高校生は4名というフレッシュな顔ぶれになった。スピードスケート界の今後の飛躍が楽しみになる結果だった。

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