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クレー射撃

競技の歴史

トラップ <Trap>
トラップ射撃は1750年頃のイギリスで始まりました。トラップとは罠のことで、トラップ射撃では生きた鳥を罠のような箱に入れ、号令と同時に開けて鳥を飛び立たせ射撃しました。競技が盛んになるにつれ標的となる鳥が不足し、1866年ボストンのポートロックが空中で羽毛を充填したガラス玉の標的を考え出しました。さらに1880年代に英国のマッカスキーが石灰にピッチを混入して焼き固める現在のクレー標的を考案しました。トラップ射撃がオリンピック競技になったのは1900年第2回パリ大会からです。

スキート <Skeet>
狩猟用の猟銃を使って、猟の練習用にアメリカで考案されたのがスキート射撃です。標的放出機を半円の直径部分の直線上に2機設置し、1個あるいは2個のクレー標的を射撃するスタイルが1920年頃確立しました。「スキート」とは古いスカンジナビア語で「撃つ」という意味。競技の隆盛とともに名前が必要になり、1926年公募により定められました。提案者のモンタナ州在住のハールバット夫人は100ドルの賞金を獲得しました。スキート射撃がオリンピック競技のクレー射撃に追加されたのは、1968年第19回メキシコシティー大会からのことです。

ダブル・トラップ <Double Trap>
ダブル・トラップ射撃は歴史の新しい種目で、1996年のオリンピック、第26回アトランタ大会で初めて登場しました。この種目はトラップ競技の射面を兼用して使うことが多く、3番射台前方にある3基の放出機から2個の標的を同時に放出し、これを射撃します。男子は1番から5番射台まで順次2個ずつ5回繰返し、50個で1ラウンド。女子は4回繰返し、1ラウンド40個となっています。女子は2008年北京大会で実施種目から外れました。


日本での競技の歴史

日本でクレー射撃が始まったのは1922年(大正11年)のことで、猟友会主催でトラップの全日本クレー射撃選手権が行われました。1964年に開催されたオリンピック第18回東京大会のクレー射撃は埼玉県所沢射撃場で行われました。

1974年(昭和49年)にメキシコで開催された国際射撃大会では、現(社)日本クレー射撃協会の麻生太郎会長がスキートで個人優勝を果たしています。オリンピックでは、1992年(平成4年)第25回バルセロナ大会で渡辺和三選手がトラップ部門で銀メダルを獲得しています。

1996年第26回アトランタ大会にダブル・トラップで出場した吉良佳子選手が6位入賞、2000年シドニーのプレ・オリンピックでは中山由起枝選手がダブル・トラップで優勝。2004年の第28回アテネ大会では井上恵選手がダブル・トラップに出場決定と、女子選手の活躍に目覚ましいものがあります。

過去の入賞者、メダル獲得については、「オリンピック歴代日本代表選手全記録」で検索できます。

関連情報JOC年表オリンピックの歴史


Photo:(社)日本クレー射撃協会/AFLO SPORT




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