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JOCの就職支援「アスナビ」:日本社長会と説明会を共同開催

カテゴリ:就職支援
2017.10.16
JOCの就職支援「アスナビ」:日本社長会と説明会を共同開催
プレゼンを行った7選手。左から毛利選手、藤田選手、小武選手、上田選手、渕瀬選手、高橋選手、中島選手(写真:アフロスポーツ)

 日本オリンピック委員会(JOC)は10月10日、ホテルニューオータニ ガーデンタワーで、トップアスリートの就職支援ナビゲーション「アスナビ」の説明会を行いました。

 アスナビは、オリンピック・パラリンピックや世界選手権などを目指すトップアスリートの生活環境を安定させ、競技活動に専念できる環境を整えるために、企業の就職支援を呼びかける活動。2010年から各地域の経済団体、教育関係機関に向けて本活動の説明会を行い、これまでに118社/団体176名(※来春採用内定選手含む。2017年10月10日時点)の採用が決まりました。

 今回の説明会は一般社団法人日本社長会との共催で行われ、28社28名が参加しました。


JOCの就職支援「アスナビ」:日本社長会と説明会を共同開催
日本社長会の大林剛郎会長(写真:アフロスポーツ)
JOCの就職支援「アスナビ」:日本社長会と説明会を共同開催
荒木田裕子JOC理事(写真:アフロスポーツ)

 最初に、共催者を代表して日本社長会の大林剛郎会長が登壇し、過去に関西経済同友会の代表幹事としてアスナビ説明会を開催したこと、またその中で、イメージしていた以上に様々な形でアスリート支援ができると気付いた経験を語りました。そして、アスリートが日々のトレーニング費用の捻出に苦労しているという現状を紹介し、参加企業に「われわれのできる範囲で支援ができればいいかなと考えて説明会を開きました。ぜひ皆さんも前向きにお考えいただけたらと思います」と呼びかけました。

 続いて、主催者を代表して荒木田裕子JOC理事が挨拶を行いました。荒木田理事はまず、10月8日に閉幕した体操の世界選手権で、男子の白井健三選手が種目別の床運動と跳馬で金メダル、個人総合では銅メダルを、女子の村上茉愛選手が種目別の床運動で日本女子63年ぶりの金メダルを獲得したことを報告しました。そして、「今回の体操選手たちは私たちばかりではなく、日本国民を本当に元気にしてくれました。でも、元気にする力だけではありません。個々の選手には集中力、個々の目標に向かって進む力、いろいろな力が培われています」とスポーツを通じてアスリートが様々な素質を養っていることを強調し、「今日は7名のアスリートが登壇します。ぜひアスリートのプレゼンに耳を傾けていただき、皆様の会社経営のお役に立てるようなアスリートがいましたら、ぜひサポートいただきたいと思います」と参加企業に訴えました。

 次に中村裕樹JOCキャリアアカデミー事業ディレクターが、資料をもとにアスナビの概要を説明。夏季・冬季競技それぞれの採用人数、採用された競技、アスリート採用後の雇用形態や給与水準、勤務スケジュール、選手活用企業のポイントなどを報告しました。

「アスナビ」採用企業の事例紹介では、2012年2月にスキー・スノーボードの家根谷依里選手を採用した株式会社大林組の大林剛郎代表取締役会長が登壇し、採用の経緯や現在の勤務状況、一般社員にもたらす好影響などを報告しました。


JOCの就職支援「アスナビ」:日本社長会と説明会を共同開催
株式会社大林組の大林代表取締役会長が採用事例を紹介(写真:アフロスポーツ)
JOCの就職支援「アスナビ」:日本社長会と説明会を共同開催
日本テコンドー協会の岡本依子副会長が応援メッセージ(写真:アフロスポーツ)

 その中で、大林会長が特に強調したのが、家根谷選手の競技・仕事での活躍が、社員の士気向上に大きく貢献していること。家根谷選手は今年2月の札幌冬季アジア大会の女子大回転で金メダル、女子回転で銀メダルを獲得するなど競技で好成績を残す一方で、オフには新入社員や土木の大会などで講演し、話を聞いた社員からは「非常に元気をもらった」「ぜひ応援したい」と好評を博したことを紹介。そして、「企業によって(アスリートの)迎え入れ方も違うと思いますし、選手や競技・種目によっても時間のつくり方は違うと思いますので、アスナビのマッチングシステムを利用して、実際に面談をしながら、もし雰囲気の合う選手がいたらぜひ採用していただだき、支援していただけたらと思っています」と、アスリート採用への協力を呼びかけました。

 続いて行われたオリンピアンからの応援メッセージでは、2000年シドニーオリンピックのテコンドー女子67キロ級銅メダリストで日本テコンドー協会の岡本依子副会長が登壇し、自身の経験談を語りました。21歳の時にテコンドーを始めた岡本副会長ですが、当時は競技成績があっても企業に支援を求めるのが難しく、大学卒業後は就職せずにアルバイトをしながら練習に打ち込み、経済的に不安定な競技生活を続けていました。しかし、99年9月にシドニーオリンピックの出場権を獲得すると、翌1月に知人の手助けもあり就職が決定。企業のサポートを受けて迎えたシドニー大会では、3位決定戦を1ポイント差で勝って銅メダルを獲得したことに触れ、「その1ポイント(の差)は自分の力ではできなかったと思います。自分を練習に集中させてくださったこと、また応援してくれるということが気持ちの面でもすごく力になりました」と振り返りました。そして、この日登壇する7選手に向かって「皆さんは自分のために(競技を)頑張りますが、それが会社の役に立つということを力にして、また頑張っていただけたらと思います」とメッセージを送りました。


JOCの就職支援「アスナビ」:日本社長会と説明会を共同開催
毛利衛選手(左)、小武芽生選手(写真:アフロスポーツ)
JOCの就職支援「アスナビ」:日本社長会と説明会を共同開催
中島大輔選手(左)、上田ゆい選手(写真:アフロスポーツ)

 最後に、就職希望アスリート7名がプレゼンテーションを実施。スピーチをはじめ、映像での競技紹介で自身をアピールしました。

■毛利衛選手(水泳/競泳)
「私は2歳のときに喘息を患い、医師に水泳を勧められたことが競泳を始めるきっかけになりました。進学した東洋大学では、入学してからの1年間、今までよりも高い質や内容の練習をしているにも関わらず、試合では結果を出せずとても苦しい時期がありました。そんな中、当時相部屋だった萩野公介先輩から『ただひたすら練習するだけでは結果には結びつかない』と、これまでとは全く違うアドバイスをしていただきました。この言葉から、正しい努力とはどういうことか、また出場する試合の大切さや心構えを改めて見直すことができました。私の強みは、人の意見を真摯に受け止め、相手や自分自身を様々な角度から見つめ直し、視野を広く持つことです。この長所を武器に、3年後には日本人のライバルに打ち勝ち、リオデジャネイロオリンピックで途絶えてしまった平泳ぎのメダル獲得に向けて、東京オリンピックに出場します。そして、メダルを取るという強い気持ちを持ち、競技者として、企業を代表するアスリートとして前進してまいりたいと思います」

■小武芽生選手(スポーツクライミング)
「私がクライミングと出会ったのは小学5年生の時、何か新しいことを始めたくて、習い事のひとつとして始めました。1年後の小学6年生の時に、ユースでの全国大会JOCジュニアオリンピックカップに初めて出場しましたが、その時は決勝からも程遠く、自分の力のなさを実感しました。その悔しさをばねに中学生になってからは目標をしっかり設定し、トレーニング内容ももう一度考え直して、2回目のJOCジュニアオリンピックカップに挑みました。結果は準優勝になり、ユースの日本代表に選ばれました。高校になってからは語学留学を決意し、1年間米国フロリダに語学留学しました。その時に養った語学能力が、現在の海外遠征でも対応できるという長所になっています。私は強くなりたいという気持ちが人一倍強いです。いつか世界で一番になりたいです。もしご採用いただいた際には、トレーニングも大会も、今まで以上に努力し、オリンピックを目指します。もちろん、仕事も社員様とともに一生懸命やらせていただきます。どうか私に競技に専念できる環境を与えてください」

■中島大輔選手(陸上競技)
「私の専門は走高跳で、現在の自己ベストは2m21cmと栃木県記録となっています。陸上競技を通じて学んだことは、協力の意義です。今年の日本インカレで、日本大学は学校対抗総合6連覇を達成することができました。これは団体で勝ち取った結果ですが、それと同時に個人の結果の集大成でもあります。個人で良い結果が出せるよう練習を頑張る一方で、チームで何ができるかも考えなければいけません。私は明るい性格で、小さな変化に気付くことができるため、練習のつらい局面で声を出して盛り上げたり、動きのずれや疲労などを指摘して、けがの防止に努めてきました。このようなことから、協力とは役割を持って行動することだと確信しました。この協力の心構えこそ、社会に出て大いに役に立つと考えています。2020年東京オリンピックの参加標準記録まで残り9cmです。この9cmをクリアーするためには、競技と仕事の両立できる環境が必要不可欠です。競技で得た活力で職場を盛り上げていきますので、採用のほどよろしくお願いします」

■上田ゆい選手(射撃/ライフル射撃)
「私は5歳から14歳までフィギュアスケートをしていました。ビールマンスピンが得意で、3回転ジャンプも跳んでいましたが、度重なるけがに悩まされていました。そんなとき、テレビで射撃を知り、魅力にひかれて、射撃に挑戦したいと決めました。射撃を始めて約1年後、地元福岡を離れ、JOCエリートアカデミーに入校しました。両親のいない生活を送り、自分自身で物事をこなすことで自立心がつき、また競技は違えども同じ目標を持った仲間やライバルと生活することで常に高い意識を持ち、切磋琢磨する大切さを学びました。私がなぜ就職を希望するのか。それはプロ意識を持ち、覚悟を決めて競技に専念したいからです。たとえこの先、逆境や困難にぶつかったとしても、絶対に諦めません。強い気持ちで立ち向かい、成し遂げます。そして東京オリンピック、その先々のオリンピックでメダルを獲得し、ご支援くださる企業様をはじめ、応援してくださるたくさんの々に感動を与え、恩を返したいと思っています。私をぜひオリンピックに行かせてください」


JOCの就職支援「アスナビ」:日本社長会と説明会を共同開催
藤田隆之介選手(左)、渕瀬真寿美選手(写真:アフロスポーツ)
JOCの就職支援「アスナビ」:日本社長会と説明会を共同開催
高橋和樹選手(写真:アフロスポーツ)

■藤田隆之介選手(体操/トランポリン)
「私の強みは、諦めずに最後まで努力できることです。私は過去に2回大きなけがをしました。それでも、オリンピックを諦めることができませんでした。諦めることができないからこそ、けがをしてしまった自分の現状をいち早く受け入れ、今の自分に何ができるのか、何をするのが正解なのかを考え、行動してきました。 決して順風満帆ではなかった自分の人生の中で一番大切にしているものがあります。それは、経験です。けがをし、復帰をする、大会で成績を残す、そしてここでこうしてスピーチをしている、その全ての経験が私にとってかけがえのないものです。その経験が私に観察力や分析力、実行力を与えてくれました。また、それに伴いコミュニケーション能力や発案能力も備わっていきました。もし、私を採用いただけるのであれば、通常業務に加え、トランポリンの実技指導や競技を生かした仕事もできます。また、企業様の元で東京オリンピックやその後のオリンピックでのメダル獲得に向けて全力で頑張ります。少しでも社員の皆様の活力となり、企業様に恩返しができればと考えております」

■渕瀬真寿美選手(陸上競技)
「私の強みは、自分に妥協がなく最後まで諦めずに努力ができることです。その根拠として、高校2年生から12年間、競歩を続けてきて、日本記録更新や、世界選手権やオリンピックに出場することができました。夢であったロンドンオリンピックに出場できた際には、日本人最高の順位である11位でゴールすることができました。しかし、ロンドンオリンピック以降、度重なるけがで結果を残すことができず、今年5月に所属企業を退職せざるを得なくなってしまいました。しかし、今一人になってみて、あらためてたくさんの方の支えがあったからこそ、競技に専念できていたと感じています。また、会社を辞めたと同時に、競技も辞め時かと考えたこともありましたが、辞めなかった理由はまだ限界を感じていないからです。まだ勝負できる自信があります。私の最大の目標は、東京オリンピックでメダルを取ることです。今は来年のアジア大会出場を目指し、2月と3月の選考会に向けてトレーニングをしています。採用していただいた企業様と力を合わせ、会社や社会に大きく貢献できる影響力のある選手になりたいです」

■高橋和樹選手(ボッチャ)
「私は今から4年前、東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まった時に、私自身がパラリンピックに出場すると決めました。何の競技に出られるかと考え、その中で唯一私が出場できるボッチャと出会い、ボッチャをすることになりました。リオ・パラリンピックでは、私は当然出る以上はメダル獲得という目的で出場しましたが、世界の強さを肌で感じ、つらく苦しいもので終わってしまいました。そのつらく苦しいものを経験として、東京パラリンピックに必ずつなげ、結果に結び付けたいと思っています。私は東京パラリンピック出場を目指してボッチャを始めましたが、今は出場が目的ではなくて、金メダルを取ることが一番の目的です。そのためには競技力を上げていくことが一番ではありますが、同時に2020年に向けて、パラリンピックスポーツを通して社会を変えていきたいという思いもあります。そのため、今は積極的に講演やボッチャの体験などの普及活動を行っています。企業様に雇っていただけましたら、広告塔となり、結果を残していくことを一番に考えて精進していきたいと思います」

 説明会終了後には、選手と企業関係者との名刺交換、情報交換会が行われ、企業と選手がそれぞれ交流を深めました。





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