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長野1998


注目選手インタビュー 長野への道

このコーナーでは長野オリンピック候補選手のインタビューを随時掲載していきます。

NAGANOへのチャレンジャー(3)
スキージャンプ
船木 和喜
(デサント)
日本人最高のW杯通算6勝
恐るべき22歳が臨む初のオリンピック・ロード

W杯優勝4回、個人3位できることはできたまずまずの昨シーズン

7月の全日本合宿で、今シーズン初めて船木のジャンプを見た時に、"もう完成している"という印象を受けた。低い飛行曲線と、微動だにしない空中フォーム。22歳という若さながら、自分のジャンプに自信をさえ持って飛んでいるようにみえたのだ。昨シーズンはW杯優勝4回、個人総合3位。W杯での日本選手通算優勝回数も、これまでの葛西紀明(地崎工業)の5回を抜いて6回にのばした好調さを、そのまま維持しているようだった。

「冬のイメージのままサマージャンプにも入れて、考え方もけっこう固まってきました。でも、まだ波があるんですよ。岡部さんとか原田さんなどは、全然形を崩さないじゃないですか、微妙なところを調整するだけで。でも僕の場合は、空中姿勢でもアプローチの滑りでも、けっこう波を感じてたけど、シーズンに入ったらそんな大きな波は来ないな、という感覚はえられました。もちろん、それは最終的にですけど」

 W杯で総合3位といっても、まだ上がある。しかも、優勝した次の試合で、1本目で30位に入れず2本目に進めないなど、不安定な面があったと反省する。だから全体的に見れば、「できることはできたから、まずまずのシーズンだった」というのが船木自身の評価だ。「世界選手権では、普通に飛べばメダルを取れるという自信はありました。でも、やっぱり、その場になってみなければ分からないものですね。シーズンの最初から飛ばし過ぎで、いい結果は出なかったけど、内容的にはけっこう良かったと思っているんです」

試行錯誤できるのは自分のジャンプに自信を持っているから

船木のジャンプの持ち味は、極端に低い飛び出しである。
 「落ちるか浮くかのギリギリの線」と本人は言うが、そんな微妙なジャンプだけに、ちょっとした狂いで数mは飛距離がちがってくる。リスキーとも言える飛び出しだけに、本人が波を感じることが多いのだ。
 「理想は、もっと許容範囲の大きなジャンプだと思うけど、それをやったら僕は飛べなくなると分かっているんです。だから、今のジャンプを完成させていく方がいいんじゃないかと思っています。違うものを探すには時間もかかるし・・・・・そういう時間はないし、試合もどんどんあって、冬も近づいてきますから」

だが、自分のジャンプを、よりパーフェクトに近づけるための試みも忘れることはない。練習中でも、夏場の試合でも、細かいところではいろいろ試行錯誤している。「ほんの小さなことですから、第三者が見ても分からないと思いますよ。見た目では全然変わらないと思いますから。とにかく試してみないと。1回やって失敗したら、それ以降は、もうやらなければいいんですから」

9月21日の白馬サマージャンプ大会では、この夏の宮の森大会に続く2回目の優勝を果たした。その時も前日のジャンプのビデオを見て、「上半身が反っていて、あごで引っ張っているようなジャンプになっていたんです。それでその日は背中の丸味を付けるため、頭から始動するのではなく、肩から始動するようにしました」と自分のジャンプに微調整を加えていた。少しだけ考え方を変えただけで飛べた、と船木は言うのだ。

 「その原因は、サマーグランプリの最終戦のシュタムスだったんですね。癖のあるジャンプ台もあるから、それに対応しようと、やってはいけない腰をいれてしまう滑りをやってしまった。特に、その時は試合の間隔があったから、飛び込んでいるうちにフォームを崩してしまったんですね」

そんな実験ができるのも、船木が自分自身のジャンプスタイルに自信を持っているからだと言える。

何でもやってみて、駄目だったら、元に戻せばいい。戻すことは簡単だという自信。それに、戻すべき明確なものを持っているのが、今の船木の強みでもある。

 

普通、不調に陥ると自分のジャンプに自信を失い、その時に飛べている選手のジャンプスタイルに目がいきがちである。あの原田でさえ、一時は船木のような低い飛び出しを意識してしまい、自分のジャンプを狂わせてしまった時期がある。船木自身もW杯に参戦するようになって2年目に、前シーズンの総合4位から33位に低迷したシーズンがあった。その時彼は、飛べる選手のジャンプというより、自分と同じようなジャンプをする選手が飛ぶのを見ていた。アプローチの尻の位置や、飛び出しの動作など、自分とは何が違っているのかを観察していた。そんな経験が、昨シーズン生きていたのだ。「身体も違うし、昔からやってきたものも違うじゃないですか。だから、全然違うものをいきなりまねしても、絶対に飛べませんよ。原田さんの場合でも、同じように上半身を使っている選手はいっぱいいるけど、それ以上に使うすごいジャンプをしているじゃないですか。飛び出しで身体を高い位置に持っていって、そこから前傾する。あれは原田さんにしかできないんだと思います。いくらまねをしてもだめなんですね。それだったら、その人より上に行けないから。そう考えるようになったのは、海外に出るようになってからです。いろいろな飛び方の選手を見てからですね。日本にいるだけだったら、そういう考え方は持てなかったと思います」

身体のメンテナンスとパワーアップ

社会人になった1年目は、とにかく本数を飛ぶことで、身体にジャンプを覚えさせようとしていた。だが、海外を転戦するようになって、移動中での疲労の抜き方も学んだという。以前の船木は全くと言っていいほど身体のメンテナンスをしていなかったが、周りの選手がやるのを見て、自分でも風呂上がりにストレッチなどをやるようになった。そのため昨シーズンは、以前より疲労の蓄積を抑えられるようになった。しかし、まだ何か足りないという思いも残っている。

 

「身体も硬かったし、筋肉も柔軟性に欠けていると思うんです。それで、他人より疲労回復が遅いのだと思うんです。これまでは、その時の体調に合わせてジャンプを変えるということもやっていたけど、そんな面倒臭いことをするより、身体をキチンと管理すればいいんですね。それで今年は陸上トレーニングを主体にして、筋肉の"質"を作り直そうとしてるんです。それにパワーも他人に負けていたから、バランスを考えたパワーアップもしようと」

例年と同じ気持ちで臨むオリンピック・シーズン

大きな波を感じることもなく、いろいろなものを試してみることができたこの夏は、船木自身も満足しているという。また、初めて迎えるオリンピック・シーズンにも、いつものシーズンと同じような意識で向かっていけるとも言う。「リレハンメルの時は(94年)、あまり興味がなくて見ていなかったし、オリンピックがどういうものかまだ分かりませんでしたからね。だから、今は長野に照準を当てるというのと、シーズンの中の一つの試合だと考えて見ている二人の人間が自分の中にいるような感じです。別に迷っているのではなく、その場にあわせていけばいいと思っているから」

今シーズンは、取りあえずW杯で15位以内を維持していくのを目標にしている。そこで調子の波がどんどん落ちていくようなら、W杯を辞退して国内で調整すればいいし、上位をキープできていれば、流れの中の一つの試合と考えればいいだけだ。「長野で楽しみなのは、観客ですね。日本の試合で、そんなに大人数が多く集まったことはないじゃないですか。ノルウェーの大会のような数の観客が集まったら、どういう状態になるか見てみたいですね。もしそういう経験ができるようになったら、緊張するというより、楽しみますよ。どんな方法でも」

どうせ勝つなら、観客がたくさんいる所で勝った方が気持ちがいいと船木は言う。W杯でも、ほとんど観客のいない所もけっこうあり、優勝しても何かあっけなさ過ぎる場合もあるというのだ。

社会人になってから4年目。長野に向けた歩みは、着々と進んでいる。
 「一歩も後退することなく、すべて、前進しているから。ジャンプ以外の内面的な部分でも」
 と笑顔を見せる。
 長野で何を狙う?と質問した。
 「まず出るのが先決。その前に結果を出していないと、代表にもなれないから」
 と船木は答える。
 オリンピック代表選手は8名。さらに、その中から出場できるのは1種目4名だけ。船木の言葉を聞いて、日本ジャンプ陣の出場権争いの厳しさを、改めて思い出した。

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